THAIBIZ No.159 2025年3月発行シンハーが明かす「勝てる」協創戦術
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カテゴリー: 協創・進出, 対談・インタビュー, 特集, 食品・小売・サービス
公開日 2025.03.10
タイといえば、日本人にとって最も馴染み深いブランドのひとつが「シンハービール」だろう。これは多くの事業を展開している老舗ブンロード・グループの主力商品だ。同グループは国内外の様々な企業との連携により着実に力をつけ、ビジネスの拡大を図っている。
日本企業との協業事例も多く持つ同社は、どのような戦略を持ち、どのような未来を目指しているのだろうか。今回は、同グループのブンロード・トレーディングの最高財務責任者(CFO)兼最高戦略責任者(CSO)であるヴォラパット・チャワナニクン氏にインタビューし、主力事業の枠を超えた同グループの協創戦術に迫った。
CFO/CSO at Boonrawd Trading
Managing Director at Singha Ventures
ヴォラパット・チャワナニクン 氏(Mr. Vorapat Chavananikul)
米国ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院でMBAを取得。ジョージア工科大学で産業生産工学修士、チュラーロンコーン大学で機械専攻学士を取得。ボストンコンサルティンググループのプロジェクトリーダー、テスコロータスの戦略・オペレーション開発ディレクターを経て、2015年より現職。
目次
ブンロード・グループの中で親会社となるブンロード・ブリュワリー(以下、「ブンロード」)は、90年以上にわたり飲食事業を展開している老舗タイ企業だ。これまでタイ全国に同社を含めた9つの製造会社を設立し、事業拡大と生産能力の増強を図ってきた。
1992年に設立した「パトゥムターニー・ブリュワリー」および「チェンマイ・ブリュワリー」では飲料水と炭酸水を製造。1994年には「レオビール」の製造を目的に「コンケーン・ブリュワリー」を立ち上げた。
翌年に設立した「ワンノーイ・ビバレッジ」では飲料水と炭酸水を製造しており、同社は2014年から2016年にかけて、生産品質向上と消費者への安定供給のため最新の製造工場と配送センターを整備した。1997年に設立した「ブンロード・アジア・ビバレッジ」では、ペットボトル飲料水の製造に注力している。
2001年には、「スラートターニー・ビバレッジ」を新設。敷地内には、水処理プラント、包装工場、倉庫、研究所、オフィス、約40ライ(6万4,000平方メートル)の排水処理施設、さらに約135ライ(21万6,000平方メートル)のパーム農園がある。
2007年にはシンハービールやレオビールなどのアルコール飲料を製造する「シンハー・ブリュワリー」を設立し、現在同社は年間9億2,500万リットルの生産能力を持つ。2013年には最新の技術と機械を用いて飲料水と炭酸水を製造する「マハーサラカーム・ビバレッジ」を設立した(図表1)。
これらの企業による強力な飲料事業に加え、ブンロードは多くの分野で他企業と緊密な協力関係を築き、事業の領域を広げている。日本企業との協業事例も豊富だ。例えば、亀田製菓との合弁による米菓輸出OEM(他社ブランド製品の製造)などの事業展開や、丸善製茶との合弁によるチェンライ県での緑茶製品の生産、そしてアサヒビールの生産パートナーとしてタイ国内での販売事業なども手がけている。
これらのコラボレーションは、単なる売上向上の策としてだけでなく、日本の技術やイノベーションとタイの資源の融合による新たな価値の創出という側面も持っている。
ヴォラパット氏は主力商品であるシンハービールについて、「タイの名門であるピロムパクティー家が生み出した、タイで初めて製造されたビールだ。シンハーとはタイ語で、タイの伝統を象徴する『ライオン』を意味している」と紹介し、「日本人にとって最も馴染みのあるタイビールはシンハービールかもしれないが、現在タイで売上第1位のビールは『レオビール』だ。この2つのブランドは、ブンロード・グループが誇る商品だ」と胸を張る。
ビール以外の食品・飲料展開については「90%のシェアを誇るシンハーソーダや首位ブランドであるシンハー飲料水とミネラルウォーター『ピュラ』、そして日本企業との合弁により米菓や緑茶なども製造している」と説明する。
近年のタイにおける食品・飲料ビジネスの潮流について、同氏は「より健康を重視した商品選び」を挙げ、「健康トレンドは一時的なものではなく、今後は市場のスタンダードとなるだろう。われわれも、ヘルス&ウェルネス分野における新しい技術やイノベーションに常に注目している」との見解を示した。
同グループはその他、パッケージング、エンターテインメント、ベンチャーキャピタル(VC)、物流、不動産開発などの事業も展開しており、柔軟な事業ポートフォリオの拡充が特徴の一つだ。
多角化した事業展開の背景には、同グループの国境を越えた他社との協創戦術がある。日本企業との提携の代表的な事例の一つが、亀田製菓との合弁会社であるSingha Kameda(Thailand)Co., Ltd.(以下、「シンハー・カメダ」)だ。
同氏はシンハー・カメダについて、「現在、順調に成長している。ブンロード・グループと亀田製菓は長年にわたって緊密に連携し、互いに訪問を繰り返して知識や技術を交換してきた。タイチームと日本チームの目指す関係は、単なるビジネス上の協力関係だけではなく、それぞれの強みを活かして共に成長していくことだ。
例えば、われわれは以前、欧州のネットワークしか持っていなかったが、亀田製菓はアメリカにも強いネットワークを持っている。また最近では、亀田製菓がベトナムで生産した製品を輸入してタイで販売しており、地場企業であるわれわれの強みも活きている」と両社の協創関係について語った。
合弁設立後は大きな問題は生じなかったものの、要所要所で詳細に協議する必要があったため、会社の一体感の醸成には時間がかかったという。同氏は「これが、タイ企業との合弁とは異なる点だった。将来に向けて地道に信頼関係を築き、一つ一つ合意していくことが重要だ」と、日系企業との合弁からの学びについて明かした。
2025年1月下旬、シンハー・カメダの長谷川光伸最高経営責任者(CEO)と同社のタイ人チームは日本を訪れ、亀田グループから最も急成長したグループ企業に贈られる「亀田グループ賞」を受賞した。この功績から、日タイ企業の協創が日本本社から見ても成功例として捉えられていることがわかる。
同グループはこれまで、パッケージングや不動産など多岐にわたる事業で日本のパートナーと協力してきた。大手総合容器メーカーである東洋製罐とは、共同投資によって缶のパッケージなどを開発・生産するパートナーに発展した。また、緑茶などの製造・販売を手がける丸善製茶とブンロード・ブリュワリーの合弁会社「丸善フード(タイランド)」は、チェンライ県の茶園「シンハーパーク」に緑茶製造工場を立ち上げた。ここで生産される緑茶は、世界各国に輸出されている。
レストラン事業では、10年以上前から日本のパートナーと飲食店「個室会席・北大路」を運営しているほか、現在はタイ国内外で不動産事業を展開するパートナーも探しているという。
ヴォラパット氏は「われわれは現在、モルディブに3つ、英国に21のホテルを有しており、今後も積極的な海外展開を計画している。さらにタイでは、高齢化社会に向けた不動産事業展開を検討しており、日本からのパートナーを歓迎している」と述べ、「パートナーとの協力により新規プロジェクトを開発することで、国際的なビジネスネットワークの構築を目指す」と、野心的な協創の意欲を見せた。そして「不動産分野では、戦略的なパートナーだけでなく、リターンを生み出せる資金力も必要だと考えている」と付け加えた。
2017年に設立されたVC「シンハー・ベンチャーズ」も、見逃せない協創戦術のピースだ。同氏は設立の目的について「グループの可能性を広げ、従来の価値観を覆すような画期的新技術や新事業を見出すことだ」と説明。
「これまで、将来の産業や新Sカーブ産業を見据えた事業展開に着目し、タイを含む東南アジア、米国、イスラエルの企業に投資してきた。また、生産効率の向上や持続可能性に貢献するフードテック、人工知能(AI)、小売りテック、クライメートテック(気候テック)への投資にも取り組んでいる」と投資状況について明かした(図表2)。
例えば同社は、日本のスタートアップ企業「ゼロボード」に投資し、ESG関連情報の収集・管理・報告のクラウドソリューション「Zeroboard」シリーズを、あるプロジェクトにおいて試験的に運用しているという。同氏は「スタートアップ含む日本企業のイノベーションとネットワークは、ビジネス領域拡大における重要な要素だと考えている」とした上で、「当グループは、タイやASEANで市場拡大を目指すスタートアップ企業とも、互いに成長し合えるパートナーとなることを歓迎する」とアピールした。
昨今注目を集めるサステナビリティ分野について、同氏は「タイでは消費者のサスティナビリティへの関心も高まっているため、プラスチック使用量を削減するパッケージの開発など、環境に配慮したイノベーションが加速している」とした上で、「われわれとしても、ソーラーパネル事業など再生可能エネルギーへの投資や低炭素包装の開発などを行っている。
さらに、最小限の紙の利用や、プラスチックごみ削減のためのラベルフリー包装の導入など、環境に配慮した製品の開発に取り組んでいる」と説明した。ブンロード・グループは、より効率的にリサイクルを行える技術を求めており、この分野に関心のあるパートナーとの提携・協力機会も模索しているという。
同氏は日本企業とのパートナーシップについて、「当グループは資本を問わず、技術、専門知識、ノウハウ、顧客ネットワークなど、あらゆる側面から日本との協力・提携機会を求めている」と強調し、「特に、急激に市場が変化している食品・飲料事業に対応できるイノベーションを最優先している」と考えを述べた。
最後に同グループのコラボレーションの考え方について、同氏は「全事業を自分たちだけで完結しようとは考えておらず、専門知識を持つパートナーや仲間を見つけて、共に事業を展開していくことを目指している。適切なパートナーを見つけられれば、お互いの強みを活かし、スピード感のある持続可能な成長を促進できると信じている」と説明した。
ビジネスチャンスを見つけた時、自分たちに技術やノウハウがないからと言って諦める必要はない。同じ方向を向くパートナーと共に挑戦すれば「不可能」が「可能」になるだろう。国境を超えた協創戦術で未来を切り拓くブンロード・グループの力強い姿勢は、この先日本企業がタイで事業を拡大するヒントにもなりそうだ。
THAIBIZ No.159 2025年3月発行シンハーが明かす「勝てる」協創戦術
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THAIBIZ編集部
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