カテゴリー: ビジネス・経済, バイオ・BCG・農業
連載: 経済ジャーナリスト・増田の眼
公開日 2022.10.26
アフターコロナを見据えたタイ経済の成長軌道復帰をめぐる議論が活発化しつつある。そこではバイオ・循環型・グリーン(BCG)経済モデルが主役になりつつあるが、従来の主要経済戦略「タイランド4.0」と東部経済回廊(EEC)開発も、EECiなど7つの特定産業投資奨励ゾーンの計画を改めて紹介し、健在ぶりをアピールしている。ただ、最近の産業ニュースではエネルギーと電気自動車(EV)関係以外では農業・食品・バイオ(化学)、そしてヘルスケア分野が目立つ。
そこで、今号のFeatureでは、7月26日号でも紹介した国営タイ石油会社(PTT)のライフサイエンス子会社イノビック(アジア)の幹部に改めてインタビューし、その狙いを語ってもらった。また、このコラムではタイ投資委員会(BOI)東京事務所が実施したウェビナーを紹介することで、同じヘルスケア産業でも、タイに強みがある分野、ない分野を浮かび上がらせ、日本企業との共創が可能なフィールドを探る手掛かりとしたい。
BOI東京事務所は9月15日、タイの医療機器産業に対する投資を促すウェビナー「タイと共にアジアの医療ハブへ」 を開催。BOI投資促進専門官、グリッサナー氏がタイの医療機器産業の現状を紹介した。
同氏はまず、タイのヘルスケア産業全体について、国内医療機関数は1万4762カ所で、このうち私立病院は386カ所、国際的な医療機関認証機構であるJCIの認定を受けた病院数は62カ所だと報告。一方、2020年時点でのタイ国内の医療機器市場は72億ドルで、同市場の成長率は2022~2023年に5~7%になる見通しだ。タイに立地する医療機器メーカー数は約900社。また、タイがヘルスケア分野で最も強みを持つとされる医療ツーリズム(観光)市場の規模は世界5位で、新型コロナウイルス流行前のピーク時で年間350万人の訪問があり、医療観光収入は6億ドルに達したという。
また、米ジョンズホプキンス健康安全保障センターなどが算出している、グローバル・ヘルス・セキュリティー(GHS)指数では、2021年に、タイは世界195カ国中5位となり、アジアでは1位、上位中所得国でも1位にランクされたという。同指数は、パンデミックにつながるような感染症発生に対応する能力を高め、国家健康安全保障力向上を促進するのが狙いで、「予防」「検出」「対応」「健康」「規範」「リスク」の6カテゴリーでスコアを付け、ランキングしている。タイは「検出」で世界1位、「対応」で世界2位となっており、グリッサナーは「タイはヘルスシステムの(東南アジア)域内リーダーになっている」と評価している。
グリッサナー氏はさらに、「タイは川上から川下まで医療産業のすべてのサプライチェーンを持っている。農業では天然ゴムやハーブなどがあり、繊維も製造、医療機器の加工工場や製薬工場に原材料を供給できる」と指摘する一方、「教育機関、大学があり、良質な医療人材を育成できる」と強調。タイのヘルスケア市場は、①高齢化社会 ②病気になる患者の増加 ③健康用品や医療サービスの高い成長 ④医療ハブを目指す政府の政策 ⑤新規病院への投資 ⑥外国人患者の増加―という需要主導型の要因に支えられているとの分析を示した。
コロナ後の動向については、「ニューノーマル(新常態)で生活していく必要があり、ヘルスケア産業では予防的医療の方が治療的医療より伸び率が高くなる。遠隔治療の成長率は著しく高まり、ビッグデータやクラウドの活用が必要になる。世界的な研究開発とイノベーションの加速も求められる」などと指摘。さらにコロナ後の医療機器の動向では、パンデミックの診断、予防、治療に使用される医療機器へのニーズが高まっているとした上で、診断キット、人工呼吸器、個人用防護具(PPE)、外科用マスクなどの具体例を挙げた。
グリッサナー氏はタイの現在の医療機器産業の特徴について、「タイでの現地生産は消耗品と基本的な医療機器に限定されており、MRI(磁気共鳴画像装置)やCTスキャンなど高い技術を必要とする機械は海外から輸入している。タイの医療機器市場の85.2%は輸入に頼っている」と現状を報告。一方で、タイは手術用手袋やカテーテルなどのラテックス製品の主要生産国であり、国内生産の医療機器の80%以上が輸出されているとし、天然ゴムという豊富で安価な農産物資源を生かした産業を強みとしていることがうかがえる。
タイの医療機器製造業者900社以上の内訳では「使い捨てアイテム」が445社、「耐久アイテム」が225社、「試薬・検査キット」が39社、「ソフトウエアサービス」は47社、「その他」が138社となっており、いずれにせよ、タイの医療機器産業が依然、ローテク製品が中心であることが確認できる。また、メーカーの規模別社数では、小規模企業が90%以上で、中規模企業が5.9%、大企業がわずか3.5%で、一方、金額ベースでは大企業が71%を占め、中規模が14%、小規模が15%となっていることも明らかになった。
今号で社長インタビューを掲載したイノビックのように異業種による医療分野への新規参入や事業強化の動きも一段と目立ってきている。最近でも電力大手Bグリム・パワーの医療子会社 Bグリム・ヘルスケアは10月11日、メッドライン、ユニゾンなどを9月30日付で買収したと発表した。ユニゾンは家族経営で創業された製薬会社で、その後、タイのヘルスケア産業の大手の一社に成長。そして、医薬品輸入業者として31年以上前に設立されたメッドラインは1995年にユニゾン・ラボラトリーズを買収し、輸入から製造まで医薬品のサプライチェーンを構築したという。
また、11日付バンコク・ポスト紙(ビジネス3面)によると、タイ最大の病院経営会社バンコク・ドゥシット・メディカル・サービス(BDMS)の子会社BDMSウェルネス・クリニックは、ホテル・外食チェーン大手マイナー・インターナショナル(MINT)と業務提携したと発表した。マイナーの高級ホテル「アナンタラ・リバーサイド・バンコク」内に「BDMSウェルネス・クリニック・リトリート」を開設し、コロナ収束をにらみ世界的に需要が高まっている医療ツーリズム事業を強化する。イノビックの事例を含め、タイのヘルスケア産業では今後、異業種との連携含め、事業拡大の動きが広がりそうだ。
THAIBIZ Chief News Editor
増田 篤
一橋大学卒業後、時事通信社に入社。証券部配、徳島支局を経て、英国金融雑誌に転職。時事通信社復職後、商況部、外国経済部、シカゴ特派員など務めるほか、編集長としてデジタル農業誌Agrioを創刊。2018年3月から2021年末まで泰国時事通信社社長兼編集長としてバンコク駐在。2022年5月にMediatorに加入。
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