
カテゴリー: ビジネス・経済, 食品・小売・サービス
連載: アジアのコングロマリット - 三菱UFJリサーチ&コンサルティング
公開日 2026.05.11
タイのエンターテインメント業界においてGMMグラミー(GRAMMY)と並ぶ二大巨頭と称されるRS Public Company Limited(RSグループ)は、長年にわたりタイのポップカルチャーを牽引してきた。音楽・メディアを重点事業として展開してきた同社だが、近年はその事業構造を大きく転換させている。

RSグループの原点は1976年に遡る。クリアンクライ氏とその弟スラチャイ氏の兄弟二人が、わずか5万バーツの元手でジュークボックスとカセットテープの販売業「Rose Sound」を立ち上げたのが始まりだ。
貧しい家庭の7人兄弟の一人として育ったスラチャイ氏は子どもの頃から金持ちになることが夢であり、その野心を象徴する常套句は「魚がいるところに俺は行く」であった1。1982年に同社をRS Sound Co., Ltd.として法人化し、タイのポップ・ルークトゥン(タイの伝統的な音楽ジャンルであり、日本の演歌に相当する)、ヒップホップなど幅広いジャンルで一時代を築いた。
自らを「音楽家ではなく、ビジネスマン」と称するスラチャイ氏は2、先の常套句の通り、チャンスのある市場に自社の強みを掛け合わせて拡張していくスタイルをモットーに、現在は「Entertainmerce(エンターテインメント×コマース)」という独自のビジネスコンセプトを掲げ、健康食品・美容・ペット・フレグランスにいたる生活消費財の領域にまで拡大する複合企業へと変貌を遂げている。
タイの一般的な財閥と聞いてチャロン・ポカパン(CP)グループやサイアム・セメント・グループ(SCG)が思い浮かぶ方も多いだろうが、RSグループは規模感こそ異なるものの、発想の鮮やかさという点では引けを取らない。
RSグループは現在、メディア・エンターテインメント事業とコマース事業の二本柱で運営されている。前者では「Rsiam」「FASH」「BRIQ Entertainment」の3つの音楽レーベル、ラジオ局「COOLfahrenheit」、テレビ局「Channel 8」、そしてコンサートや音楽フェスティバルを手がける興行部門を有する。1万3,000曲以上の音楽カタログ(楽曲の権利)を管理しており、ストリーミング・著作権ライセンス・イベントと収益源は多様化している。
コマース事業では、「RS LiveWell」ブランドを冠する健康食品・サプリメント・スキンケア、「RS Pet All」ブランドによるペット向けの展開、そして買収ブランドの「Erb」「Hato Pet Wellness Center」と幅広い展開を見せている。
近年の動向だが、2024年の総売上高は26億8,000万バーツ、2025年は18億8,000万バーツとタイ経済の低迷や投資の失敗などを背景に落ち込みが続いた(図表1)。一方で、2025年、エンターテインメント事業に対し、コマース事業が逆転し多角化が進んでいることを示した。

RSグループの変革の核心は、スラチャイ氏が自社メディアを販売チャネルとして再定義したことに始まる。テレビ・ラジオを通じて毎日数百万人の視聴者にリーチできる環境を、自社商品を直接届けるインフラとして活用しようとした。
RSグループの最高財務責任者(CFO)であるウィッタワット氏は、「スラチャイ氏はメディアチャネルを活用して視聴者の役割を『見る・聞く』から『買う』に転換させていくビジョンを持っていた」と語っている3。
この発想が具体化したのが「Entertainmerceモデル」だ。2020年に正式なリブランディングを実施し、スラチャイ氏は「2020年はRSの新時代の幕開けだ。異なるモデルで事業変革することは可能だと証明していく」と述べた4。
アーティストやタレントがコンテンツを通じて商品を紹介し、そのままソーシャルメディアやテレビで購買につなげる。ファンベース・コンテンツ制作力・メディア露出という3つのアセットを一体で動かせる点で、通常の電子商取引(EC)や通販とは性質が異なる。Channel 8だけで毎日500万人以上の視聴者を抱えており、この規模のメディア基盤を販売インフラとして内製する企業はタイでも多くない。
コマース事業の拡大においてRSグループが重視するのは、アライアンスの活用である。自社でゼロからブランドを育てるよりも、すでに顧客基盤と市場認知を持つ企業を取り込み、RSグループのメディアネットワークと組み合わせる。その考え方が一番よく出たのが、2023年末のErb出資だ。
Erbは2000年創業のタイ発プレミアムフレグランス・スキンケアブランドで、シャム宮廷文化にインスピレーションを得た製品づくりを続けてきた。現在142以上のSKU(最小在庫管理単位)を展開し、バンコク・チャルーンクルンにスパを1拠点運営している。
RSグループはこのErbの株式60%を約7,000万バーツで取得した。この出資はRSグループにとって単に商品ラインを増やす目的ではない。スラチャイ氏は「ErbのスパビジネスはRSグループがウェルネス・スパ産業に参入・拡大する機会を示してくれた。タイ政府が推進するメディカルハブ構想とも方向性が一致している」と述べている5。
Erb創業者のパットリー・バクディブット氏も「ホテルや有力なロケーションへのスパ出店・拡大、パートナーとの新たな協業、製品ラインの拡充を通じてより多くの顧客にリーチしていく」とコメントした。
Erbの「高品質・タイの伝統・ウェルネス」という世界観は、RS LiveWellが自社ブランドで訴求してきた方向性と重なる。スパという体験型の事業はRSグループのコンテンツやタレントとも組み合わせやすく、これまでリーチできていなかった顧客の取り込みが見込める。
コマース事業が拡大する傍ら、RSグループの原点である音楽事業にも動きがある。同グループで音楽事業を手がける「RS Music」は、Universal Music Group(UMG)との合弁会社「RS UMG Co., Ltd.」を設立し、保有するデジタル配信権を同社に集約した。
自社のもつ1万曲以上のグローバルコンテンツをUMGのネットワークを通じて配信可能にする経営判断で、この取引でRSグループが得た資金は6億バーツにも上る。
同時にRS Musicは、長年のライバルであるGMMグラミーとも「Across the Universe Joint Venture」という形でコンサート事業において協業している。競合同士が組むのは異例だが、市場全体を育てるという判断が先立ったと考えられる。
音楽事業の再編はRS Musicの新規上場株式(IPO)準備へと直結している。2027年を目処にRS Musicをタイ証券取引所(SET)に上場させる計画が推進中だ。上場で得た資金を新たな音楽コンテンツ制作や新規投資に充てる方針で、エンタメ事業を切り出して独立上場させることで、グループ全体の価値を引き出す「Value Unlock」戦略の一環と位置づけられている。
「Entertainmerce」という軸で事業を束ねることに、どこまで実効性があるのか。事業が広がれば広がるほど、専門性の維持・ブランド管理・人材の配置という問題が顕在化してくる。タイの健康・美容市場はグローバルブランドとローカル企業が入り乱れ競争が激化している。参入障壁の低さはRSグループにとって魅力だが、競合にとっても同じ条件であり、どこまで差異化を図れるかには課題が残る。

MU Research and Consulting (Thailand) Co., Ltd.
Managing Director
池上 一希 氏
日系自動車メーカーでアジア・中国の事業企画を担当。2007年に入社、2018年2月より現職。バンコクを拠点に東南アジアへの日系企業の進出戦略構築、実行支援、進出後企業の事業改善等に取り組む。

Consultant
裕樹 リラウォン 氏
大学卒業後、大手マーケティング会社、小売企業にてデータ分析、コンサルティングを経験。2022年にMURCタイ入社。
ASEAN 地域の市場調査、企業調査に従事している。
MU Research and Consulting (Thailand) Co., Ltd.
ASEAN域内拠点を各地からサポート
三菱UFJリサーチ&コンサルティングは、三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)のシンクタンク・コンサルティングファームです。国や地方自治体の政策に関する調査研究・提言、 民間企業向けの各種コンサルティング、経営情報サービスの提供、企業人材の育成支援など幅広い事業を展開しています。
Tel:092-247-2436
E-mail:kazuki.ikegami@murc.jp(池上)
No. 63 Athenee Tower, 23rd Floor, Room 5, Wireless Road, Lumpini, Pathumwan, Bangkok 10330 Thailand


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