
カテゴリー: 対談・インタビュー
連載: 在タイ日本人駐在員の挑戦
公開日 2026.06.10
時代の移り変わりに伴う事業戦略の変化に、日本人駐在員はどう対応すべきなのか。タイ拠点の役割が大きな転換点を迎える今、この問いに直面している駐在員は多いだろう。
近年、タイにおける事業が大きくシフトした富士通タイランドの杉村采香氏は、データやAIの活用といった新たな領域を通じて、在タイ製造業の変革支援を牽引している。同氏は「新たな取り組みで成果を出すには、地道なコミュニケーションが鍵を握る」と語る。

杉村 采香氏
Fujitsu(Thailand) Co., Ltd.
Deputy Director
Manufacturing Sales
2016年に富士通へ入社。公共分野を担当した後、製造業分野においてソリューション提案に従事。2024年より富士通タイランドに赴任。現在、日系製造業向けにデータやAIを活用した提案等を行っている。
当社は1990年に設立され、当初は製造業のお客様向けの生産管理システムや公共分野におけるPOS(販売時点情報管理)システム、金融機関向けのATMなど、ハードとソフトを組み合わせた形でソリューションを提供していました。
しかし、今は大きな転換期に差し掛かっています。現在はサービスを主軸としたビジネスへとシフトを進め、企業の事業基盤を支える基幹システムの構築やクラウド基盤の提供に加えて、データ活用やAI活用といった領域に注力しています。単なるシステム導入だけではなく、お客様のビジネス全体にどう貢献できるかという視点でサービスを提供しています。
現在のお客様は、自動車産業を中心とした製造業が大半を占めていますが、金融機関や小売業、公共分野のお客様も一定数おり、非常に幅広い領域で支援させていただいています。
2016年に富士通に入社し、当初は自治体など公共分野を担当していました。もともとモノづくりに関わる仕事に興味があり、社内のポスティング制度を利用して製造業担当に異動しました。製造業は効果や利益に敏感で新しい取り組みにも積極的だと考えたからです。
その後、さらに視野を広げたいと思い、同制度に手を挙げてタイ赴任を希望しました。東南アジアは成長市場であるうえ、特にタイは日系企業も多いので、多種多様なお客様に関われる点に魅力を感じました。
富士通タイランドとしては日系企業だけでなくタイ企業とも取引をしていますが、私自身はセールスとして日系製造業のお客様を中心に担当しています。基幹システムやクラウド、データやAI活用といったサービス提案を中心に既存のお客様を支援する一方で、新規開拓に向けて、商工会議所や会合などにも積極的に足を運んでいます。新たなお客様との接点をつくり、提案へとつなげている最中です。
従来の基幹システムやクラウド基盤の領域は競合他社も多く、差別化が難しいというのが正直なところです。一方、この1〜2年でデータとAIの活用についてはお客様からのニーズや関心が急速に高まってきました。富士通はこの領域で日本およびグローバルでの事例を豊富に持っているため、実際に成果が出ている事例をベースに提案ができる点は当社の強みだと考えています。
製造業のお客様の多くが、サプライチェーン全体の最適化に関する課題を抱えています。部品の調達から生産、出荷までのプロセスが分断されていて、Excelや紙など複数の媒体で管理されているケースが珍しくありません。その結果、過剰在庫や、逆に必要な部品が足りずに生産が止まってしまうといった問題が発生しています。こうした課題に対して、データを一元的に集約し、AIを活用して全体を最適化するプラットフォームを提案しています。
ご提案の際は、具体的な事例を示しながら、たとえば「イラン情勢や災害等の影響で生産調整が追い付かない企業が増えていますが、似たようなお話はありませんか」といった形でヒアリングを進め、課題認識のすり合わせを図っていくアプローチを意識しています。
AIやデータ活用は特に経営層の関心が高く、さらなる詳細を求められる形で次の商談につながるケースが多いです。以前は「日本での成功事例があれば導入を検討する」といった受動的な姿勢が多く見受けられましたが、現在は「使わなければ競争に勝てない」という切実な危機感を持つ企業が増えてきたと感じます。
本社より、タイで先行して新しい取り組みを始める企業も増えています。まず成功事例をタイで作り、それを本社に展開するという流れが目立ってきました。富士通としても、東南アジアの事例を蓄積できるという観点で、喜ばしい動向だと考えています。
特に大きいのは、現場への負担と心理的なハードルです。データを活用するためには、既存のシステムや業務の中に散在している情報を一度整理してつなぎ合わせる必要がありますが、その過程ではどうしても現場の業務負荷が一時的に増えます。「何を実現したいのか」を明確にし、現状の業務と照らし合わせながら設計していく作業も必要です。
AIに対する不安も見られます。特に現場では、「自分たちの仕事がなくなるのではないか」といった懸念を持たれがちなので、導入にあたっては、「現場の作業がどのように軽減されるのか」「どのように利益につながるのか」といった点を丁寧に説明することが欠かせません。
AIは人の仕事を奪うものではないこと、単純作業を代替することでより価値の高い業務に人を振り向けるためのものであること。その意識を組織全体で共有してもらうように根気強く働きかけています。
文化的背景や商習慣、価値観などの違いは大きいと感じます。お客様の企業の中でも、日本人とタイ人で重要視するポイントが異なるため、求められる内容に差異が生じることもあり、当社内でも日本人とタイ人の中でどう着地すべきか意見が分かれる場面が多くあります。
そのような時は、お客様にとって何がベストなのかを第一に考え、地道な対話を通じて最適な解を見つけていくようにしています。場合によっては新しい選択肢を一緒に作ることもあります。
グローバルで働くことは華やかなものではなく、むしろ地道なコミュニケーションの積み重ねだと日々、実感しています。異なる文化の中で対話を続けながら、本社の方針をしっかり伝えて同じ方向を向いていく。そのプロセス自体に価値があり、その先に新しいビジネスの可能性が広がっていると感じるようになりました。

タイ全体の市場が伸び悩む中で、新しい市場の開拓は必須です。当社にしかできない製造業務の高度化・先進化のためのご提案を行い、単なるシステム導入企業ではなく「事業パートナー」として、お客様と共にタイを盛り上げたいと考えています。
その先の展開としては、製造業にとどまらず、例えば金融や物流など他業種との連携にも興味があります。現時点ではまだ構想段階に過ぎませんが、これまでにない価値を生み出せる余地があると考えており、こうした新しい取り組みにも挑戦していきたいと思います。
筆者:三田村 蕗子

THAIBIZ編集部
白井恵里子


名義貸し規制に関する告示の発出について
会計・法務 ー 2026.06.10

ASEANの自動車DX 競争軸はデータ活用へ(前編)
自動車・製造業 ー 2026.06.10

バンコクの高層化は なぜ“線状”に進むのか 〜建築規制と鉄道がつくる都市のかたち
ビジネス・経済 ー 2026.06.10

消費者の行動変容および日系企業が直面するチャレンジ
食品・小売・サービス ー 2026.06.10

【人・組織編第2回】「任せたのに動かない」を終わらせる 〜意志と仕組みの両輪で回す変革
DX・AI ー 2026.06.10

タイの会議はなぜ「あれ、どうなった?」が起こるのか
組織・人事 ー 2026.06.10
SHARE