中国製EVの脅威と衛星測位 ~テクノロジーの親和性とイノベーション~

中国製EVの脅威と衛星測位 ~テクノロジーの親和性とイノベーション~

公開日 2024.06.10

2023年3月、中国では首都北京でも完全自動運転のタクシーサービスが始まり、実際に公道を走り始めた。2022年8月に重慶と武漢で中国初のサービスが開始されていたが、短期間の間に首都にも波及、急速に国内に普及しつつある。

この自動運転を支えるテクノロジー/インフラのひとつが衛星測位システムだ。中国では北斗(Beidou)と呼ばれるシステムを構築し、2020年7月にサービスが始まった。全地球をカバーする測位システムとしては、米国のGPSとロシアの「グロナス」に次ぎ3番目だ。

電気自動車(EV)の話題は「ガソリンか、電気か」という問いに始まるように、動力源や環境性能など、自動車に直接的に関連するエネルギーや環境問題をめぐる話題が注目されがちだ。今回はイノベーションの視点で、EVが宇宙やデジタルと“新結合(new combination)”することでもたらされる新しい価値とその脅威を考察してみたい。

モビリティーと宇宙をつなげた米テスラ

EVと自動運転に関し、米国ではテスラが取り組み、世界市場を牽引するリーダー的存在となっている。テスラのイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)は、宇宙事業を行う民間企業スペースXのCEOでもあり、ロケットを低コスト化し、低軌道衛星群によるインターネットサービスをグローバルに提供するなど、宇宙空間を社会経済圏化し始めている。

テスラの企業スローガンは、“Electric Cars, Solar & Clean Energy”、そしてミッションは“To accelerate the world’s transition to sustainable energy”であり、同社のウェブサイトにはソーラーパネル関連の商品も掲載されている。テスラは、自動車を移動手段としてだけでなく、モバイルでスマートなエネルギー・エコシステムの一部として再定義して事業を行っている。そして、そのようなテスラのEVテクノロジーとスペースXの衛星のテクノロジーはバッテリーなどとも親和性があり、両社の事業はシナジー効果を発揮している。モビリティーと宇宙の革新的な関係の一例だ。

中国では吉利集団が衛星の打ち上げに成功

このようなEVと衛星の事業シナジー例は、中国でも見ることができる。中国のコングロマリット、浙江吉利控股集団(Geely Group、吉利集団)は、グループ内に自動車メーカーの浙江吉利汽車有限公司(Geely Auto、吉利汽車)を持っている。吉利集団は自社開発の自動車を製造しながら、2010年には当時、米フォード傘下だった自動車メーカーのボルボを買収。2017年には英国の自動車メーカーのロータスを買収して事業拡大を図っており、いまや中国を代表するモビリティー企業に成長している。

その吉利集団は2022年6月、四川省西昌市の西昌衛星発射センターから同社の子会社である浙江時空道宇科技(Geespace)が開発したIoT衛星9基の打ち上げに成功した。IoT衛星は、テスラの「スターリンク」のようなブロードバンドの低軌道通信衛星と異なり、通信レートが低いデメリットはあるが、超低消費電力と比較的安価なコストで衛星群を構築し、リアルタイムで地上と宇宙の間の直接通信を提供できるのが特徴だ。今後、同衛星群の基数を増やしながら中国インターネット検索大手の百度(バイドゥ)と連携した高精度な位置情報システムを構築し、自動運転やスマートシティ整備などに応用する計画だ。Geespaceは、吉利集団の中で宇宙事業をけん引するグループ企業として2018年に設立された。上海に本部があり、江蘇省南京市と陝西省西安市に研究開発センターを置いている。

モビリティーと衛星群をつなぐ AIデジタルインフラも整備

Geespaceは、衛星の打上げに合わせ、中国初の衛星ベースの人口知能(AI) クラウド「OmniCloud」を立ち上げた。低軌道に同衛星群を配置し、OmniCloudとセットで運用し、高精度のセンチメートル精度の測位サービスをユーザーに提供する。まず、都市交通マネジメントのサービスを提供、車両の高精度測位データ、公共交通機関の運行管理、配車サービスなどに順次適用され、同マネジメントをより効率的、効果的に行い、スマートシティ化に貢献するという。また、自動運転において、OmniCloudは交通系のインフラと車両を常時接続してモニタリングやマネジメントができるため、安全で高度な自動運転をサポートすることができる。

他の産業部門でも、OmniCloudは例えば工場の製造機器のセンサーと連携してサポート環境を提供できるため、機器の運用者はいつでもどこでもリモートで機器を監視、制御、保守でき、IoTシステムとしてスマートな運用に応用できる。

そして将来的には、このIoT衛星ベースのAIクラウドプラットフォームによって、新たなインフラとして自動運転車をサポートするだけでなく、他のモビリティーへの適用、自動生産、ドローン運用管制、電力供給マネジメントをはじめとしたスマートシティ化など、多様なアプリケーションにも応用していく。

吉利集団はモバイル、そして宇宙にも進出

吉利集団は衛星を打ち上げた2022年6月に、同じ中国のモバイル企業(スマートフォンメーカー)のMeizuを買収した。吉利集団では、2021年9月に子会社としてモバイル企業のXingji Technologyを設立しており、2022年7月には、MeizuとXingjiが統合され、新しいベンチャー企業Xingji Meizu Holding Co.としてスタートした。

吉利集団では、スマートフォンが今後のモビリティーの「新しい鍵」になるとし、ドアのロック解除やエンジンの始動、コンテンツ配信等をはじめ、さまざまな場面でモバイル機器とEVが相互に付加価値をより高めていくとしている。

さらに2022年9月、吉利集団は地球低軌道衛星通信テクノロジーの事業化に向けた研究開発を開始すると発表した。同社では、低軌道通信衛星とスマートフォンとが追加の特別な機器を要さずに直接接続し、インターネットできる製品とサービスを世界に先駆けてリリースする方針だという。

なお、吉利集団は2021年には台湾の電子機器受託生産大手の富士康(フォックスコン)科技集団とベンチャー企業を設立し、製造分野でのパートナーシップにも取り組み、ハードとソフト両面からモバイル・デジタル関連の強化を図っている。

中国通信大手の民間企業、中国電信(China Telecom)が2023年11月に開催したスマートフォン向けの衛星通信機能、衛星通信のワンストップサービスの発表会には、華為技術(ファーウェイ)や、小米(シャオミ)をはじめ、Honor、OPPO、Vivo、ZTEなど中国の主要なスマホメーカーが参加したが、Meizuの関係者の姿もあった。

さらに、この発表会には中国のEV大手比亜迪(BYD)の関係者も参加していた。同社は2023年8月には米国のEMS(エレクトロニクス機器の受託製造サービス)企業Jabilの中国事業の一部を買収し、モバイル事業に参入している。

中国が生み出す新しい価値と市場創造

中国は、独自に衛星測位システムを整備し完全自動運転車による配車サービスを提供し始め、その市場を拡大している。また、同国のモビリティー企業はEVに加えて小型衛星も開発し、さらにはモバイル事業にも参入し、EVと衛星群そしてスマートフォンとを連携したサービスを提供する動きとなっている。提供される商品やサービスをテクノロジー中心に見ると、それらを支えるテクノロジー同士の親和性の高さが融合を促進している姿が見えてくる。

モビリティー企業が宇宙事業に参入し、さらにはモバイル事業にも参入する姿があり、業種に壁や境をつくることなく、商品・サービスを提供。そして親和性あるテクノロジーの「新結合」によりイノベーションが進み、新しい価値と市場を生み出しつつある。

中国EVの本当の“脅威”とは

2024年2月、吉利集団は西昌衛星発射センターから新たに11基のIoT衛星の打ち上げに成功したと発表した。同社では、2025年までに衛星の数を72基とする計画を表明。そして、2024年に入り発売された吉利汽車のフラッグシップ・セダンのEV「Geely Galaxy E8」から衛星と連携したサービスの提供を開始した。

今回紹介したような中国EVメーカーの戦略的なイノベーションの動きは、今後多くの車種にサービスが適用拡大され、われわれはこれから中国の本当の強さと“脅威”を体感することになるだろう。

日本でも、トヨタ自動車が月面探査車開発で、ホンダが月面での水素を用いた循環型再生エネルギーシステムの開発や再使用可能な小型ロケット開発で、それぞれ「宇宙」を目指している。また、エレクトロニクス企業では、ソニーがホンダとのパートナーシップによりEVへ参入し、さらにCDプレーヤーの技術を応用した宇宙空間での光通信技術の研究開発、エンターテインメント系の小型地球観測衛星の研究開発と打上げと観測のデモンストレーションを始めた。ソニーはさらにタイでも自然災害対応のために地上IoTセンサーと衛星群の組合せによる災害対応アプリケーションの事業化を目指した実証にも取り組んでいる。ただ、そのイノベーションへの投資は、進展度合いもスピード感も、日本と比べ中国が優位に見える。

イノベーションの時代、本当に恐ろしいのは、相手自身が持つ強さや脅威ではなく、既存事業とイノベーションとの間で自らがジレンマに陥り、既存事業の壁や谷を乗り越えられず、相手の強さと脅威を相対的に増大させ、脅威を助長してしまう自らにあるのかもしれない。

JAXAバンコク駐在員事務所 所長

中村 全宏 氏

2001年NASDA(現JAXA)採用。これまでに種子島でのロケット打上げから宇宙教育まで幅広く担当。経営企画部企画課(経営戦略・事業計画の策定)、有人宇宙技術部門(「きぼう」利用の民間事業化)、文科省(ISS計画調整担当)と外務省(日米経済担当)の2度の省庁出向などを経て、2019年よりバンコク勤務。アジア太平洋の宇宙イノベーションを目指して中東からオセアニアまでの幅広い国と地域の多様なプレーヤーとの連携窓口、そして各国の調査分析を務める。

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