バンコク都知事チャチャート氏に見る タイの若者が求めるリーダー像

THAIBIZ No.176 2026年8月発行

THAIBIZ No.176 2026年8月発行タイ企業が切り拓く、日本食の新時代

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バンコク都知事チャチャート氏に見る タイの若者が求めるリーダー像

公開日 2026.08.10

Question:タイ人を惹きつけるリーダーシップとはどのようなものでしょうか?

Answer:昔と今でタイのリーダー像は大きく変わっています。特に最近のタイ人の若者世代で圧倒的に人気なのはバンコク都知事のチャチャート氏のようなリーダーシップスタイルでしょう。

10年以上タイで仕事をする筆者から見て、「タイ人の価値観」は急激に変わっていると感じます。特にそれは求められる「リーダー像」の姿に象徴されているように思えます。昔と今で、どのように変化したのでしょうか。本稿では、タイ人の若者から圧倒的な人気があるバンコク都知事のチャチャート氏を、「リーダーシップのあり方」という観点から見つめ、新しいリーダー像について考えてみたいと思います。

イメージ画像:Magnific

以前のコラム(タイ人事お悩み相談室16回)で「伝統的なタイのリーダー像」について紹介しました。 

一般的にタイ人社員が求めているのは、「父親」のように優しく、「教師」のように教え導き、また「勇敢さ」を持ったリーダー像であると言えます。それはタイの基盤を作った歴代の王様のあり方に象徴されており、その代表的な存在が圧倒的な人気を誇った先代のラーマ9世、プミポン王でした。

しかし2016年のラーマ9世の崩御から10年経ち、人々の王室への意識は様変わりしました。特にタイ政治が混迷を極める中で、今の若者は「新しいリーダー像」を求めるようになっており(図表1)、その象徴と言えるのがバンコク都知事のチャチャート氏でしょう。

2026年6月に2期目の当選を果たした同氏は、約144万票、投票者ベースで約65%の支持を獲得しました。次点に115万票以上の差をつける圧勝で、100万票の大台を二度も超えた知事は、バンコクの歴史上ほかにいません。

彼の人気の秘密はどこにあるのでしょうか。今回は彼を政治的なスタンスではなく「リーダーシップのあり方」の観点から見てみたいと思います。それは「これまでのタイのリーダー像と真逆」の姿であると私の目には映ります。

圧倒的な謙虚さ―トム・トゥア

当社のスタッフの多くは20代なので、一人一人に彼の魅力を聞いてみると、とにかく「謙虚(ถ่อมตัวトム・トゥア)である」という言葉が多く出てきます。

彼はチュラーロンコーン大学を首席で卒業し、アメリカで博士号まで取得したというエリートな経歴の持ち主です。しかしながら、彼が肩書を盾に威張ることはほとんどありません。

数年前に、彼の飾らない姿がネットのミーム(ネタ画像)になりました。Tシャツ短パンで、鍛え上げられたムキムキの姿で買い物袋を下げながら、お寺でのタンブン(功徳)に向かうチャチャート氏の庶民的な画像です。それが冗談まじりに「最強の男」と呼ばれ、ネット上で一気に拡散されました。

10キロメートルのランニングを日課とする彼は、バンコクの公園をいつも走っています。週末になるとルンピニ公園などで彼をよく見かけることができ、私も実際に遭遇したことがあります。声をかけると気さくに写真を撮ってくれますし、市民に交じって走る姿は、人々のすぐ隣にいる「等身大のリーダー」として愛されています。

これまでのタイでは、リーダーとは「権威を持った、遠い存在」でした。それとはまったく異なる姿を見せているチャチャート氏の新しいリーダー像が、若い世代を惹きつけているのは間違いありません。

共感し、寄り添う姿勢―ヘン・オック・ヘン・ジャイ

そんな彼の人柄を表すもう一つのエピソードは「障害を持つ息子」についての話です。生まれて間もなく、息子に聴覚障害があるとわかり、彼は大きなショックを受けたそうです。「驚き、怖くなり、将来やっていけるのかと不安だった。あちこちの神仏に願掛けまでした」と、タイメディアでのインタビューで彼は述懐しています。しかし最終的に「自分たち以外に誰も助けてくれない。子どもの人生は親次第だ」と悟り、この問題に向き合うことを決意します。聴覚障害児についての本を読み、解決策を考えました。

当時チャチャート氏は大学教員で、教授職を目指す道もありましたが、「子どものことが最優先」と考え、いったんキャリアを犠牲にし、奨学金を得てオーストラリアへ渡り、息子に人工内耳の手術を受けさせました。その後息子は話せるようになり、文章も書け、学士号まで取得しました。そんな苦労体験を、彼はしばしば自身の原点であると語ります。

彼は、親から受け継いだ価値観として、 「เห็นอกเห็นใจ(ヘン・オック・ヘン・ジャイ)」、直訳すると「胸を見て心を見る」、つまり「共感」を重視していると語ります。息子のしつけにも困難はあったそうですが、一緒にランニングをしたり、厳しく言い聞かせたり、常に寄り添いながら彼と向き合って来たそうです。

「“I know how you feel”ではなく “I feel how you feel”。共感があれば社会でうまく生きていける」

「子どもにこうなってほしいなら、まず自分がそう振る舞うこと」

こうした言葉が彼の信念をよく表しており、その姿が家庭での父親としてだけでなく、市民のリーダーとしても多くの人を惹きつけることに繋がっていると私は思います。

日本人リーダーへのヒント

タイ人の若者の多くは「彼はとにかくこれまでのタイ人のリーダーと全く違う」と言います。タイの一般的なリーダーは、綺麗な身なりをして、高級なオフィスで仕事をする一方で、彼はそれとはまったく真逆の姿勢を見せている、とタイ人は感じています。

王室と上流階級を中心に構成されてきたタイのリーダー社会では、どうしても形式的な物言いや、立場を重視した言動、時に「表と裏」を感じさせる発言が見え隠れします。

そんな中では、自分の言葉で人々と触れ合い、インタビューにも本音で答えるチャチャート氏の姿はとても異質に映ります。「動画でいかに発信できるか」が勝負のネット時代においては、特に彼の本音で話す姿勢は人々を惹きつけるのでしょう。こうした「謙虚」「共感」の姿勢は、タイで働く多くの日本人のリーダーにも参考になるのではないでしょうか。

一方でチャチャート氏は、その仕事においても徹底した現場主義で多くの実績を上げてきています。彼の仕事のスタイルから学べる点についても、次回のコラムで掘り下げていきます。

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撮影:THAIBIZ編集部

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株式会社アジアン・アイデンティティー 代表取締役

中村 勝裕 氏(愛称:ジャック)

愛知県常滑市生まれ。上智大学外国語学部ドイツ語学科卒業後、ネスレ日本株式会社、株式会社リンクアンドモチベーション、株式会社グロービス、GLOBIS ASIA PACIFICを経て、タイにてAsian Identity Co., Ltd.を設立。「アジア専門の人事コンサルティングファーム」としてタイ人メンバーと共に人材開発・組織開発プロジェクトに従事している。
リーダー向けの執筆活動にも従事し、近著に『リーダーの悩みはすべて東洋思想で解決できる』がある。Youtubeチャンネル「ジャック&れいのリーダー道場」も運営。

人事に関するお悩み・ご質問をお寄せください。
「タイ人事お悩み相談室」コラムで取り上げます!→ info@a-identity.asia

Asian Identity Co., Ltd.

2014年に創業し、東南アジアに特化した人事コンサルティングファームとして同地域で事業を展開中。アジアの多様な人々を調和させ強い組織を作るというビジョンの実現に向けて、"Asia is One”をスローガンに掲げ、コンサルタントチームの多様性や多言語対応を強みに、東南アジアに展開する日本企業を中心に多くの顧客企業の変革をサポートしている。

◇Asian Identityサービスサイト
http://asian-identity.com

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