
連載: タイ・ASEANの自動車ビジネス新潮流 - 野村総合研究所
公開日 2026.08.10
マレーシアは、2026年7月からEV完成車(CBU)の輸入条件を厳格化し、国内自動車産業の保護を一段と強めている。その背景には、国民車メーカーのPROTON(プロトン)とPERODUA(プロドゥア)を軸に、エネルギー効率車(EEV)や次世代自動車(NxGV)の地域生産ハブを目指す国家戦略がある。吉利汽車(Geely、ジーリー)の出資を受けるプロトンは海外展開を加速しており、新興国発のブランドとして海外でプレゼンスを高められるかが注目される。
目次
マレーシアの自動車市場は、ASEAN主要国のなかで比較的順調に成長しており、昨年の販売台数(卸売りベース)は82万台に到達。インドネシアを上回り、域内首位に躍り出た。ブランド別にみると、国民車メーカーであるプロドゥアとプロトンの合計が6割を上回り、直近の2026年1~5月には68%まで拡大している(図表1)。ダイハツ工業が20%出資するプロドゥアは、「Myvi」「Bezza」など小型乗用車を中心に展開し、4割強のシェアで首位を維持している。シェア2位のプロトンは、ジーリーベースの新型EV「eMAS」の投入や1985年に初めての国民車として投入した「Saga」のフルモデルチェンジが奏功し、シェアが26%まで回復している。

一方で、トヨタ、ホンダ等の日系の2025年時点のシェアは2023年に比べて5.4%ポイント減の25.1%に縮小。中華系は6.2%ポイント増の7.3%に拡大している。しかし、マレーシアはガソリン代が安いこともあり、EV比率は5%程度にとどまっており、中華系のプレゼンスはタイやインドネシアに比べて低い。
今年7月以降、新規輸入するEVのCBUは、CIF価格(輸送費・保険料込みの輸入価格)20万リンギット以上かつモーター出力180キロワット以上であることが条件となる。一方、国内で組み立てる完全ノックダウン(CKD)車などの現地生産車については、2027年末までKD部品の輸入関税100%免除に加え、物品税および販売税の免税措置が継続される。これは、マレーシア投資貿易産業省(MITI)が策定した国家自動車政策(NAP)で掲げるEEVおよびNxGVの地域生産ハブ化を目指す方針に沿った政策であり、国内生産を担い、サプライチェーンの発展や雇用創出に貢献する国民車メーカーを軸に産業競争力の強化を図るものである。
一方で、廉価なEVで参入を進める中華系メーカーにとっては厳しい状況となる。タイでは、免税措置や補助金により低価格のEVのCBU輸入が急増し、EV販売は拡大したが、現地生産は想定したほど伸びていない。マレーシアは、こうしたタイの状況を反面教師とした可能性がある。

シェア首位のプロドゥアは2000年代初めから、ダイハツの強みである低価格で高品質な小型車の開発力に加え、国民車としての優遇税制を追い風に急速にシェアを拡大し、プロトンを抜き去った。商品ラインナップはダイハツ由来の内燃機関(ICE)車が中心だが、昨年12月には独自開発のEV「QV-E」、今年5月にはダイハツとして海外初となるHEVの現地生産を発表し、多様なパワートレーンを展開するマルチパスウェイ戦略を進めている。
プロトンは2017年5月、中国企業のジーリーが49.9%を出資したことで、事実上同社グループの一員となった。1985年にマハティール首相の主導で国民車メーカーとして設立された当初は、三菱自動車から技術・資本両面で支援を受け、日本色の強いメーカーであった。しかし、三菱自動車との資本提携解消後は市場シェアを急速に落とし、新たな技術パートナーを必要としていた。そうしたなかASEAN市場への足掛かりを模索していたジーリーの思惑と一致し、資本提携に至った。
近年注目されるのは、ジーリーによるプロトンへのテコ入れが一段と強まっている点である。プロトンは2024年12月にEV「eMAS7」、2025年10月に「eMAS5」を投入し、2026年2月には「eMAS7」のプラグインハイブリッド(PHEV)モデルも追加した。ただし、eMAS5とeMAS7はいずれもジーリーが中国などで販売する「EX2」「EX5」のリバッジモデルであり、現時点では中国から輸入したKD部品を現地で組み立てる方式にとどまっている。なかでもeMAS5はベースグレードで5万6,800リンギット(約47万バーツ)という比較的手頃な価格設定で販売されており、プロトンのシェア拡大に貢献している。2026年1~5月のブランド別EV販売シェアでは、プロトンが46%を占め、2位のBYD(18%)、3位のChery(8%)を大きく引き離している。
筆者が今年6月のクアラルンプール国際モーターショー(KLIMS)を訪れて印象に残ったのは、プロトンの展示内容である。eMASシリーズなどの新車に加え、HEV専用エンジン(DHE:Dedicated Hybrid Engine)やHEV専用トランスミッションシステム(DTS)、EV・PHEV・レンジエクステンダーなど多様なパワートレーンに対応するGlobal Modular Automotive(GMA)プラットフォームのカットアウトモデルを展示するなど、自社技術の発信に力を入れていた。特に、DHEはクラス最高の46.5%の燃焼効率を実現しており、高い技術力をアピールしていた。


ジーリーは今後、プロトンを自社の海外戦略を支える生産拠点として位置づける方針である。タンジュン・マリム工場の生産能力を、現在の年間20万台から2030年までに40万台へ引き上げる。プロトンはすでに、ICE車のSUV「X50」や「X70」のシンガポールへの輸出を開始しており、今後はパキスタンをはじめとする南アジア、アフリカの右ハンドル市場、中東などへ輸出先を広げ、2026年には輸出台数を5万台まで拡大する計画だという※。また、当初の生産能力を年間2万台とするEV工場も稼働を開始。ジーリーが持つICE車からEVまでの幅広いパワートレーンを生産できれば、プロトンはEVに特化するベトナムの国民車メーカーVinFastとは異なる形で、輸出市場を開拓できる可能性がある。
参考 ※ Automachi(2026年5月25日)
以上のように、マレーシアは国内市場向けの生産を中心とした産業構造から、プロトンを軸とする輸出拠点への転換を進めており、タイにとっては一部市場で競合する存在となる可能性が高まっている。マレーシアはタイと比べて自動車部品のサプライチェーンや量産規模で依然として差があり、現時点での競争力はまだ限定的との見方が強い。しかし、半導体をはじめとする電気・電子産業はASEAN域内でも高い集積を誇っており、電子部品を多く搭載するスマートカーやEVの普及が進めば、追い風になるとの見方もある。
また、マレーシア政府は国内外からサプライチェーンへの投資を呼び込むため、今年に入り国産化率の算定方法を厳格化し、部品の現地調達要件を強化している。日系自動車業界にとっては、こうした動きを国民車の生産拡大による脅威と捉えるのか、それとも部品供給ビジネス拡大の機会と捉えるのかは、各社の立場によって異なる。いずれにせよ、今後はマレーシアの政策動向や国民車の戦略をより注視しなければらないことは間違いない。

NRI Consulting & Solutions (Thailand)Co., Ltd.
Principal
山本 肇 氏
シンクタンクの研究員として従事した後、2004年からチュラロンコン大学サシン経営大学院(MBA)に留学。CSM Automotiveバンコクオフィスのダイレクターを経て、2013年から現職。
野村総合研究所タイ
ASEANに関する市場調査・戦略立案に始まり、実行支援までを一気通貫でサポート(製造業だけでなく、エネルギー・不動産・ヘルスケア・消費財等の幅広い産業に対応)
《業務内容》
経営・事業戦略コンサルティング、市場・規制調査、情報システム(IT)コンサルティング、産業向けITシステム(ソフトウェアパッケージ)の販売・運用、金融・証券ソリューション
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