
公開日 2026.10.09
中国系電気自動車(EV)メーカーの攻勢と、世界規模で激化する価格競争。次世代モビリティへの転換が進むなか、マツダは独自路線を貫く。
今年7月、マツダ・モーターとフォードの合弁会社(JV)であるオートアライアンス・タイランド(AAT)とマツダ・セールス・タイランド(以下、マツダ・セールス)は、タイの生産ライン刷新への投資を50億バーツから74億バーツへ引き上げると発表。「マルチソリューション戦略」に基づき、国内・輸出向け双方の生産を高度化する。価格競争ではなく、顧客との「絆」を選ぶマツダは、その一手に投じた74億バーツの先に何を描くのか。
本稿では、マツダ・セールスCEO、ティー・プームポンパン氏の言葉から、タイにおけるマツダの戦略と日本ブランドの針路を読み解く。「信頼」は「価格」に勝てるのか。その打ち手から、激動の自動車産業を生き抜く術が見えてくる。

マツダ・セールス・タイランド
CEO
ティー・プームポンパン 氏
Mr. Thee Permpongpanthi
2007年にマツダ・セールス・タイランドへ入社し、商品企画、マーケティング、販売促進、ディーラー開発など幅広い業務を経験。2025年1月より現職。
広島からタイへー。マツダの歩みがこの地で始まったのは1951年のことだった。「タイは常に、マツダにとって特別な市場であり続けた」と、CEOのティー氏は語る。当初は販売代理店「マツダ・スコソン」として事業を始め、その後、マツダ・セールスへと発展した。以来75年余り、マツダはタイの自動車市場の発展とともに歩んできた(図表1)。

初期に人気を集めたのが、ピックアップトラックの「ファイター」だ。その後、後継モデルの「BT-50」へ引き継がれる。1995年にはフォードとの合弁会社AATを設立し、以降も、タイを主要モデルの生産拠点として成長させてきた。第二世代の主力モデルとなったのが、エコカーの「MAZDA2」(日本名:デミオ)である。タイで生産されたMAZDA2は、国内販売だけでなく、海外にも輸出され、ASEAN域内でも高い評価を得てきた。
タイ市場で支持される人気モデルの投入を通じて培ってきたのが、世界基準の品質と、それを支える生産能力、サプライチェーンといった現場の力だ。今回の74億バーツの投資を決定づけた土台となる。タイを、小型SUVタイプのマイルドハイブリッド車(MHEV)の主要生産拠点として位置付け、国内販売に加えて、ASEANや日本への輸出をさらに強化するという構想だ。
なぜマツダはEVへ舵を切らないのか。ティー氏は、現在のバッテリー式電気自動車(BEV)の普及を、まだ初期段階のトレンドと捉えており、長期的に続くものとは見ていない。自動車は高額な商品であり、保有期間が6〜7年に及ぶ。消費者はインフラの整備状況やリセールバリュー、整備費用、保険料まで含め、購入後も含めたメリットとコストを考える段階にあるという。
政府によるEV支援策が終われば、一時的なインセンティブによって生まれた需要も落ち着く。すると、EVだけでなく、ハイブリッド車(HEV)や内燃機関(ICE)車も含め、消費者は自分の生活に合った自動車を選ぶようになる。そう考えるティー氏が導くのは、「さまざまなエネルギー形態に対応することが、長期的な答えになる」という見立てである。
これに基づき、マツダはBEV、ICE車、HEV、プラグインハイブリッド車(PHEV)まで、幅広い選択肢をそろえる「マルチソリューション戦略」を採る。その前提にあるのが、日本本社が求める「リーンアセット戦略」だ。既存の工場や生産設備、サプライチェーンをできるだけ活かし、新たな設備投資は必要な領域に集中することで、市場の変化に柔軟に対応するという考え方である。
成長を続けるタイのEV市場に対しては、長安汽車(Changan)との合弁会社「長安マツダ汽車」を通して、中国の自社工場で生産したEVを輸入して展開する。一方で、タイの生産拠点は手放さない。広島から受け継がれた熟練の技術と技能を活かし、世界水準で高品質な自動車を生産できる力を、タイは磨いてきたからだ。
EV市場のニーズは輸入で応え、タイの生産拠点は既存の強みを活かしていく。これがマツダの描く戦略である。さらにハイブリッドシステムも、マイルドハイブリッドからフルハイブリッドまで幅を持たせ、顧客への最適な選択肢を用意する。
この技術の幅広さはニーズ対応という側面だけの判断ではない。「数十年来のサプライチェーンに急激な変化を強いることなく、電動化の時代へシフトするための現実的な橋渡しなのだ」とティー氏は語る。
今年半ば、タイで存在感を強める中国系有力ブランドが、5年以内に世界首位の自動車メーカーを目指すと宣言した。米国市場に依存せず、欧州やASEANで成長させていくという。なかでも、タイは中国勢がスピードと価格を武器に攻勢を強める主戦場のひとつとなっている。
ティー氏は、中国勢がスピードと市場成長初期の収益化能力に強みを持つことを率直に認める。しかし、マツダが大切にするのは「コミットメント」、すなわち顧客に対する責任であり、誠実さであり、真摯さだという。「1台のモデルを世に出すからには、われわれは最大限の確信を持たなければならない。確信の持てないものをお客様にお渡しすることはない」。
この姿勢は、開発の現場にも表れている。デジタル技術や人工知能(AI)によって、計算や試験結果の算出を短時間で行える時代になった。開発スピードだけを求めるなら、マツダもその方法を選ぶことができる。しかし、同社は実走行による耐久テストを欠かさず併用する。国ごとに異なる路面環境のもとで、品質と安全性を確かめるために、必要な局面ではあえて時間をかける。これこそが、マツダのこだわりだ。
さらに、同社が重視するのがアフターサービスだ。ティー氏によれば、これは100年にわたりマツダが大切にしてきた考え方でもある。技術が成熟し、市場が飽和していけば、次に問われるのは顧客との関係をどう維持するかだ。同氏は、中国勢にとっても、日本ブランドが長年培ってきた顧客との向き合い方は参考になるとみている。開発スピードや価格の安さだけでは測れない価値を、時間をかけて積み上げる。それが、品質へのこだわりに続くもうひとつの勝ち筋だ。
マツダの姿勢を紐解くには、「マルチソリューション戦略」や「顧客へのコミットメント」という選択の根底にもある、同社の哲学を知る必要がある(図表2)。マツダの目標は「Joy of Driving(走る歓び)」を届けること。それは現在「Joy of Living(生きる歓び)」へと発展した。自動車を単なる移動手段ではなく、ハンドルを握るたびに人を元気にし、暮らしを豊かにする存在と考える。

もうひとつ、「チャレンジャースピリット」という発想も、マツダのDNAに刻まれている。戦後わずか3ヶ月で事業を再開し、社会の復興を支えた同社の経験から生まれた、屈しない挑戦者の精神だ。この経験は「乗り越えられないほど大きな壁はない」という信念となり、今日のマツダのものづくりや企業姿勢にも受け継がれている。
同時に、人間を中心に据えるという考え方「ヒューマン・セントリック」、日本流のきめ細かな「おもてなし」も大切にする。挑戦する、人を中心に据える、細やかに向き合うー。これらの考え方を、独自の構造で高い出力を生み出すロータリーエンジンや、エンジンや車体を総合的に見直すスカイアクティブ技術、生命感や躍動感を表した魂動デザインといった、技術面にも落とし込む。マツダが「匠(Takumi)」と呼ぶ領域だ。
こうして生まれるマツダ車には、時代を超えて共通するアイデンティティがある。技術が変わっても、マツダらしさを失わない。その一貫性こそが、価格や流行だけでは測れない価値を届ける礎となっている。
哲学は、現場が体現してこそ、初めて意味を持つ。「生産工場から販売網、アフターサービスまで、タイにはバリューチェーンの全行程が揃っている」とティー氏は語る。数十年前から築いてきたこの一貫した体制が、技術や企業風土を、世代を超えて受け継ぐ土台になっているという。
マツダの経営陣や従業員は、継続的に日本へ研修に派遣され、広島本社から直接、マツダの企業文化を学ぶ。同時に、マツダが大切にする価値観を共有し、日々の行動に落とし込む組織風土改革「マツダ・ブループリント」を通じて、マツダの精神やチャレンジャー・スピリットを現場に浸透させている。
その姿勢はマーケティングにも表れる。ティー氏が挙げる指針は、シンプルだ。「お客様の声に耳を傾けること」。たとえば、定期メンテナンス費用への不安には、延長保証や「マツダ・ケア・パッケージ」で応えてきた。点検時の工賃や部品、油脂類などをカバーし、都度かかる費用を抑えることで、車の維持費を見通しやすくしている。
「1台を売ることがゴールではない。2台目以降もお客様に選ばれ続けることはさらに難しい」。これは、同氏が営業担当者に繰り返し伝えてきた言葉だ。顧客データベースの整備やデジタルプラットフォームの開発、24時間以内に部品を供給できる体制など、アフターサービス面の充実も、この考え方に基づく。目指すのは、販売後も安心して乗り続けられる環境を整え、長く続く顧客との絆を築くことだ。
「自動車産業には、10年に一度、必ず大きな危機が訪れる」とティー氏は言う。それでも、日本ブランドの強みは、環境が変わっても簡単には撤退せず、適応しながら事業を続ける力にある。「受注が減ったから販売をやめる、といった短期的な考え方をわれわれは持たない」。長期的な成功と、パートナーへの責任を重んじ、撤退ではなく、どうすれば前に進めるかを考える。その姿勢こそ、多くの日本企業が100年にわたり続けてきた「シークレットソース」だと同氏は考えている。
さらに中国市場の最近の動きからも、技術をひとつに絞らないことの重要性を指摘する。中国政府によるEV支援策の変化などを背景に、BEVだけでなくHEVへの需要が伸びているという。「長期的には、多様な技術を提示し、消費者のニーズに応えられるかどうかで競争が決まる」と語る。
その考え方は、長安汽車との協業にも表れている。20年以上にわたるパートナーシップを築く両社は、中国のプラットフォームを活用した新型EV「MAZDA6e」を、今年タイ市場にも投入した。これは近道というより、並走策だ。自社の技術開発を止めず、市場に合った製品を届けるための戦略である。
変化に合わせて外部の力を取り入れながら、自分たちの強みは手放さない。その柔軟さと粘り強さこそ、マツダが考える「レジリエンス」の姿なのだ。
今回の取材を通じてティー氏が繰り返し使った言葉は「コミットメント」だった。販売目標に対してではなく、ショールームからマツダ車を走らせて帰って行った一人ひとりの顧客に対して交わす約束。それが同氏の言う「コミットメント」である。
販売価格や開発スピードが競争を左右する市場で、顧客との絆や信頼を築く道は、ときに遠回りに見えるかもしれない。だが、「もっとも速く進める道が、もっとも遠くまで行ける道とは限らない」と、ティー氏は考えている。自動車産業をマラソンにたとえるなら、序盤の速さではなく、最後まで顧客のそばに寄り添い続けられるかが問われるからだ。
マツダにとって、その力を測るのは販売台数だけではない。販売後も顧客を支え、次の一台まで関係をつなぐ。その積み重ねこそが、価格競争では代えられない価値になる。
価格でも流行でもなく、積み重ねた「信頼」こそが選ばれる理由になるー。自動車メーカーのみならずタイで戦う日本のブランド全体が、マツダの歩みから学べるひとつの姿勢である。

THAIBIZ編集部
サラーウット・インタナサック / 杉浦亜希子


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