カテゴリー: 自動車・製造業, ASEAN・中国・インド
連載: 経済ジャーナリスト・増田の眼
公開日 2023.09.19
バンコク日本人商工会議所(JCC)の自動車部会は9月4日に開催した総会で、2022年のタイ国内での四輪車販売台数のうちハイブリッド車(HV)と電気自動車(EV)の合計シェアが9.4%(HEV8.2%、EV1.2%)と、2021年の5%(同4.8%、0.2%)から上昇、さらに2023年上半期の伸び率が17.7%(10.0%、7.7%)まで急加速したことを明らかにした。ちなみに2023年上半期の総販売台数は前年同期比5.0%減の40万6000台で、2023年通期では80万~85万台の水準にとどまる一方で、輸出は106万台に増加するとの見通しだ。
このようにタイにおける中国勢主導のEVシェア急増はデータ的にも鮮明になりつつある。これまでタイの自動車市場をほぼ独占してきた日系メーカーの問題意識はどの様なものか。このTJRIニュースレターでは日産自動車と三菱自動車のタイ現法トップのインタビューを掲載したが、そこでは本音も見え隠れしながらも、まだトレンドを冷静に見極めようとしている印象だ。そうした中で、製造業系ユーチューバーの「ものづくり太郎」氏が最近、タイの自動車市場を現地調査し、リポートする動画を配信していることを知り、製造業の専門知識を駆使したその的確で、本音のトークに大いに触発された。今回は同氏の「タイ現地速報」を紹介する。
ものづくり太郎氏の現場リポートを紹介する前に、先のJCC自動車部会でのデータなどをもう少し詳しく報告しておこう。同部会は四輪車市場のホットトピックとして改めてEVの販売トレンドを取り上げ、2022年度(2022年4月~2023年3月)は「2022年2月のEV補助金と中国メーカーの新車投入」により、EV販売台数は2万2102台(シェア2.6%) に大幅増加した後も、2023年4~7月には「BYDやNETAが市場をけん引し」2万2380台(同9.2%)となり、すでに昨年度の1年間の販売台数を上回ったと報告した。
そしてEVブランド別のシェア順位は、2022年度は、①MG=30%②BYD=23%③GWM=15%④NETA=13%⑤TESLA=10%⑥VOLVO=4%⑦NISSAN=1%-だったが、2023年4~6月期には、①BYD=32%②NETA=21%③MG=19%④TESLA=16%⑤GWM=12%⑥VOLVO=0%⑦NISSAN=0%-と上位が大きく変動している。その後も、中国系EVメーカーのタイ市場への新規参入、および参入方針の表明は相次いでおり、タイ市場での競争は激しさを増してきそうだ。
今回のJCC自動車部会総会での質疑応答で、タイ自動車産業協会(TAIA)のスワット会長は、EV市場の現状と見通しについて、2030年までにEV生産台数を全体の30%までに引き上げるというタイ政府の「30@30」目標では、2023年時点の目標は5万台になっているとした上で、「今年1~7月のEV登録台数は3万6000台まで大幅に増加した。TAIAの今年年間の予想は6万台と、30@30の目標は達成できる」との見通しを示した。
「ものづくり太郎」氏は、8月上旬に実施したタイ日系自動車産業の現地調査の内容をユーチューブ番組として配信したが、今回は8月25日に配信された3回目の番組の主な内容を紹介する。「タイのEVトレンド 現地視察で見えてきた現状-日本の試練」というタイトルの同番組の前半は2回目の報告の要約で、工業団地大手アマタ・コーポレーションのヴィクロム会長との面談、そして「アマタシティー・ラヨン工業団地」の調査報告の振り返りから始まる。同工業団地では現在、7万7000人が働いており、中国企業448社が入居し、全体の36%(日本は30%)を占めトップになっているなど中国企業の「怒涛の進撃」ぶりを紹介。特に比亜迪(BYD)が総面積63万平方メートルの工場用地を確保、2024年3月末にはサンプル1台目を製造、同年の生産規模15万台を目指し、2025年にはEVのピックアップトラックを投入する計画だと報告している。さらに関連中国企業が続々進出する予定だと驚きをもって伝えている。
同番組は続いて、今年6月にバンコクで開催された間接材展示会(Manufacturing Expo)では、出展企業1149社中496社が台湾を含む中華系企業だったと紹介。筆者も以前は日系企業中心だったと記憶しているこの展示会を今回も覗いた時、中国系企業のブースばかりが目立ったことに驚いた。そして、中国系EVメーカーがタイ市場をメーンターゲットにしていることはその価格帯設定からも明らかだとし、中国製自動車の輸入関税がゼロであることもあり、例えば合衆新能源汽車のEVブランド「NETA」の価格は約60万バーツと、日本車のエントリーモデル(ガソリン車)とほぼ変わらず、「価格的なボトルネックはない」と明言している。
このほか、タイのEV市場の急拡大の背景として政府助成金や充電装置の増加、天然ガスが国内で産出され、電気代が日本に比べ安いことを指摘。一方で、タイでは洪水リスクがあるほか、中古車が高く売れるためにリセールバリューが重要であり、EVはバッテリーの交換が高額なため、特に3~4年後に判明するバッテリーの劣化問題などがボトルネックになるとの見方を示した。
ものづくり太郎氏はこのタイ現地リポート3回目の後半でいよいよ、こうした中国EVメーカーの攻勢に直面する日本企業の課題に切り込んでいる。同氏はまず、タイ市場が日本の製造業にとって極めて重要であり、「失うことは絶対にできない」との認識を示すとともに、日本の生産技術レベルが非常に高いことを日系大手自動車部品メーカーの製造現場で確認する。
その上で、なぜ中国がEVでタイに進出してきているのかについて、①ASEANの国内総生産(GDP)成長率が5%と世界平均の3.5%より高い②デカップリングを避けることができ、日本だけでなくどこの国にも「親善」だ③日本が作り上げた製造業基盤がある、悪く言えば、その経験・人材・サプライチェーンを「かすめ取る」ことができる④サプライチェーン網が既にあり海外に出るには格好のチャンスだ―とし、「中国にとって革新的利益がタイに存在し、すでに泥臭い人材獲得合戦が始まっているが、日本の多くのメーカーはあまり気にしていない」―と報告し、警鐘を鳴らしている。
その上で、同氏は「日本の急所」がどこにあるかを深掘りする。まず、製造業の専門家の視点として「ジャスト・イン・タイム」はOEMメーカーでは在庫の無駄がなくなるかもしれないが、「サプライヤーでは在庫が恐ろしく積み上がっている」という弊害を指摘。また、製品設計は本社が全て受け持っていて、タイは単なる製造だけ請け負う出先機関に成り下がっていることも問題だとする。「BYDなど中国メーカーが設計・製造をすべてタイに持ってきたらどうなるか。しかも、中国系自動車会社は開発の企画から製造までのサイクルが相当短くなっている。これを現場で高速回転させたら日本はやばいのではないか」と強調する。これは、タイ日産自動車の關口勲社長の問題意識とほぼ同様だ。
ものづくり太郎氏はさらに、「日本は製造が難しそうなものでも現場の製造技術や工機が強く、何とかしてしまう。上流を変えなくてもよかった」という日本の現場の強みが、今後諸刃の剣になるかもしれないと見方を示す。これらの結果、「中華系EVにタイが奪取されれば日本の製造業にとって致命傷になりかねない」と警告。BYDはピックアップを投入する2025年には22万台以上をタイで売る気であり、「日本勢はタイ市場の20%以上のシェアを食われることが現実味を帯び始めている」との見通しを示している。
このほか同氏は、日本企業の駐在員は「3年ぐらいで本社にトンボ帰りしてしまう“参勤交代”」であり、「日本人同士でビジネスし、ゴルフし、ナナプラザに行く」という行動ばかりで、中華系の企業などに情報を取りにいかない、情報断絶があると皮肉混じりに指摘。また、トヨタ自動車は「マルチパスウェイ」と呼ぶ全方位戦略を打ち出しているが、タイでは日系はハイブリッド(HV)とガソリン車のみで、 EVは1台もなく、実際には選択肢がまだないことも問題視する。
そして、半導体産業にも精通するものづくり太郎氏は、日本政府が半導体産業を強力に支援していることはうれしいものの、「足元の産業基盤はさらに重要だ。われわれ日本人は何で飯を食っているのか。自動車だ。タイを失ったら日本のサプライチェーンが終わり、日本の食い扶持がやられてしまう。今回の訪タイではその基盤を揺るがすシグナルが発せられた」と厳しく叱咤する。同氏のこうした日本の自動車産業への警鐘に耳を傾けるとともに、今後は中国本土での不動産バブルの崩壊がタイを含む世界のEV市場に与える影響も注意深く見守っていく必要がありそうだ。
THAIBIZ Chief News Editor
増田 篤
一橋大学卒業後、時事通信社に入社。証券部配、徳島支局を経て、英国金融雑誌に転職。時事通信社復職後、商況部、外国経済部、シカゴ特派員など務めるほか、編集長としてデジタル農業誌Agrioを創刊。2018年3月から2021年末まで泰国時事通信社社長兼編集長としてバンコク駐在。2022年5月にMediatorに加入。
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