THAIBIZ No.150 2024年6月発行味の素が向かう究極のバイオサイクル
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カテゴリー: 対談・インタビュー, 特集, バイオ・BCG・農業
公開日 2024.06.07
目次
⽯川 浩平氏|タイ味の素のT-TEC(発酵素材系の技術開発センター)長と味の素FDグリーン社長。バイオ・ファイン研究所でアミノ酸発酵の基盤研究、工業化研究開発業務に従事した後、社会人大学院博士課程を経て2012年にフランスに出向。2017に帰任し、本社事業部にて技術統括を担う。2023年7月より現職。
味の素FDグリーンでは、アミノ酸の製造過程で発生する栄養豊富な副生物を、「AJI-NO-MOTO」の主原料であるキャッサバの農場に農業資材として販売することで、持続可能な調達と農家の生産性向上、そしてサプライチェーン全体を対象としたGHG削減に貢献している。
タイ味の素のT-TEC(発酵素材系の技術開発センター)長と味の素FDグリーン社長を兼務する⽯川浩平氏に、同社の取り組みや今後の展望について話を聞いた。
味の素FDグリーンは、キャッサバの国内生産量第二位を誇るカンペンペット県内に位置している。同社は、アミノ酸の製造過程から派生する副生物コプロを、有機質を含む農業資材として販売するために2001年に設立された。石川氏は「アミノ酸の需要が高まり、生産量が向上したことで、副生物の量も増加の一途を辿っていたことから、栄養豊富なコプロをどう効率的に有効活用するかが最初のミッションだった」と説明する。
キャッサバが畑で収穫された後、スターチ工場でタピオカスターチに加工され、それを原料に「AJI-NO-MOTO」が生産される。この工程で生まれるのがコプロだ。同社は設立当初、コプロを液体農業資材「AmiAmi」として安価かつ大量に、キャッサバやサトウキビ農家に販売。
アミノ酸が豊富に含まれるAmiAmiは作物の成長を促進し、収穫量の増加にも繋がったという。この持続可能なバイオサイクルの関係は、まさに理想的と言えるだろう。
「しかし、企業努力でアミノ酸の製造がより効率的に行えるようになると、副生物の量も減少していった」と石川氏は続ける。コプロを販売する味の素FDグリーンとしては、副生物の減少は死活問題だ。そこで同社は農業資材の価値見直しを行い、より高付加価値のある製品を開発、販売へと踏み切った。
具体的には、AmiAmiに有機混合物などを足すことで、ルートプロモーターの「Rootmate」、土壌改良剤の「Super Ash」などの農業資材を開発。飼料として効果を発揮する「A-Tein」の販売も開始した。
同社が販売する農業資材には、主に二つの特徴がある。一つは、一般的な化学肥料には含まれないアミノ酸を豊富に含有していることだ。通常植物は、光合成を行い体内でアミノ酸を合成しているが、天候不良等の影響で光合成を行えない場合にアミノ酸を含む農業資材を使用することで、品質の向上や収穫量の増加が期待できるという。
石川氏によれば、タイ国内にあるタピオカスターチの会社でも生産工程で副生物は出るが、アミノ酸は含まれていない。アミノ酸を意図的に添加する場合、通常はかなり高額な製品になってしまうそうだ。
もう一つは、コプロに他の有機物質などを混合することで、豊富な種類の農業資材を作ることができる点だ。例えば、タイ味の素のコジェネレーションシステムで発生した燃料の燃え殻をAmiAmiに混合することで、土壌改良剤である「Super Ash」が生まれた。グループ内における生産工程で生まれるあらゆる副生物を有効活用することで、数々の作物に適した農業資材が開発できた、ということだ。
石川氏は「味の素グループは、あらゆることに『アミノサイエンス』を適合して合理性を高めていくことを目指しており、味の素FDグリーンの事業は、まさにそれを体現している。一般的にアミノ酸を作るには高度な技術が必要だが、味の素は、炭水化物しか含まれていないでんぷんから、発酵法を使ってアミノ酸を効率よく作っている。派生する副成分にも大量にアミノ酸が含まれている。これを使った多種多様な農業資材を安価に提供できるのは当社の一番の強みだ」と強調する。
なお、同社はタイ味の素の副生物だけに頼らない事業運営を目指し、社外との積極的な連携強化も図っている。例えば最近では、タイ農業局(Department of Agriculture)から「PGPR」という微生物肥料のライセンス譲渡を受け、近々同社の新製品として販売予定だという。
タイで約90%のシェアを持つ「AJI-NO-MOTO」はキャッサバ芋由来のタピオカスターチを原料としている。タイで生産されるタピオカスターチ約500万トンのうち、タイ国内で消費されるのは約100万トンだ。実は、その15~20%をタイ味の素が購入している。そのためキャッサバの安定的な収穫は、同社にとって必要不可欠なことだ。そこで、味の素FDグリーンは2020年より、キャッサバ農家の生産性向上を目的とした「タイファーマー・ベターライフパートナー・プロジェクト」(以下、TFBLP)を展開している。
キャッサバ農家が抱える課題として、農家の高齢化や後継者不足、そして2018年頃からまん延している「キャッサバモザイク病」による収量の減少等が挙げられる。キャッサバがこのウイルスに感染すると、葉にモザイク状の白い斑点ができ、最終的には枯れてしまうため、深刻な被害に繋がってしまう。その他にも、栽培に関する知識の不足や水不足、良質な種茎の不足など、課題は多岐に渡るという。
TFBLPでは、キャッサバ農家に味の素FDグリーンの農業資材を提供するほか、キャッサバモザイク病の被害を最小限に食い止めるための教育プログラムの提供を行っている。また、タイ国農業省土地開発局との共同で無償の土壌診断を実施したり、タイ国科学技術開発庁BIOTECとの共同で健全な種茎を提供したりと、タイの公的機関とも連携しながらプロジェクトを推進している。
石川氏はプロジェクトの成果について「プロジェクト実施前の1ライ(1,600㎡)当たり収量は3.04トンだったが、2022年は3.86トン、2023年は4.10トンに増え、大きな成果が見られている。農家の方々の収入増にも貢献し、トライアル農家の数も1,500以上にまで増加した」と説明する。
一般的に「タイの農家は新しい取り組みに否定的」と言われるが、TFBLPではどのように農家を巻き込んでいったのだろうか。石川氏によれば、味の素FDグリーンの設立当初から、アミノ酸を豊富に含む栄養価の高い農業資材を、安価な値段設定で農家に提供してきた歴史が大きく影響している。
ただ、それだけではない。同氏は「当社にはカンペンペット県出身の従業員が多く、彼らの実家の多くは農家だ。事業活動を通じて家族の収入アップに貢献できるということで、従業員のモチベーションは当初から高かった」と、地元出身の従業員を持つ強みも明かした。
TFBLPは、「農家の収入アップやキャッサバの安定的な供給に繋がるだけでなく、タイ味の素が取り組むスコープ3にも大きく貢献することが期待される」という。どのようなロジックなのだろうか。石川氏は、「キャッサバ農家が化学肥料を使用して、そこで収穫されたキャッサバをタイ味の素が使用する場合、化学肥料の生産において排出されるGHGが原料由来のスコープ3排出量としてカウントされる。
しかし、味の素FDグリーンの有機質を含む農業資材は生産過程におけるGHG排出量が極めて低い。そのため、キャッサバ農家が使用する肥料や農業資材のうち、当社製品の割合が上がれば上がるほど、スコープ3に当たるGHG排出量の削減に繋がる」と解説する。
サプライチェーン全体において全てが連鎖し、持続可能なバイオサイクルが完璧に確立されている印象を持つが、「実は大きな課題がある」と石川氏は続ける。「ベストな形は、TFBLPでサポートした農家で収穫されたキャッサバを全てタイ味の素が購入できることだ。しかし実際、このトレーサビリティの担保は確立できていない」と表情を曇らせる。
その背景には、キャッサバ農業に根付く収穫体制の問題があるという。本来あるべき姿は、キャッサバ収穫後、農家が自らスターチ工場に運搬し、そこで加工されたタピオカスターチをタイ味の素が購入する流れだ。これが実現できれば、支援した農家のキャッサバを100%買取ることも可能だろう。しかし、実態は大きく異なる。
「キャッサバ農家は経済的な問題から、運搬のためのトラック等を有していないことが多く、村やコミュニティの『ハーベストコレクター』と呼ばれる中間業者が代わりに収穫を行い、スターチ工場に運んでいる。運搬の道中には『Chipyard』という中間加工業が複数存在しており、問屋のような役割を担っているため、どのChipyardで取引されるかによって値段が変化する。最終的に高く買い取ってくれる買取先にキャッサバが売られることとなるため、トレーサビリティーを担保することが非常に困難」だという。
石川氏は「農家の所得水準や、タイのサプライチェーンの構造から成る問題のため、解決は極めて難しいと思っている」としつつ、「しかし、社内や他社との連携を通じて、例えば追跡可能なアプリの開発など、トレーサビリティーの構築を実現すべく挑戦を続けている」と、前向きな姿勢を見せた。
味の素グループでありながら、実は今年3月末まで同社の社名は「FDグリーン」だった。4月から社名に「味の素」が追加された背景について石川氏は、「当社の活動が味の素の目指す方向と合致してきたことが主な理由だ。『味の素』という社名が追加された今、企業ブランドの強化、ひいては事業拡大にも繋がるだろう。また、従業員の『グループの一員である』という意識を育てることで、エンゲージメントの向上にも寄与できると考えている」と説明する。
「ただ、設立当社から、基本的な行動としては変わっていない」と石川氏は続ける。「行動や目指すゴールは同じままだが、それらが味の素の指針と深く一致してきたということだと思う」と、社名は変わっても本質的な部分に変化はないことを強調した。
同社の取り組みは、まさに「日本企業が誇る技術力で、持続可能なタイ社会の実現に大きく貢献している」好事例だ。根底にあるのは、味の素グループが掲げる『ASV(Ajinomoto Group Creating Shared Value)』という経営の基本方針だろう。事業を通じて、社会価値と経済価値を共創する取り組みにより成長していく、という考え方だ。
最後に石川氏は、「私の目標は、『アミノサイエンス』でASVを実現すること。まだ乗り越えるべき課題はあるが、自分の経験やグループ内外の知見、技術、そしてタイの豊富な資源をうまく繋げながら、社会価値を創造し事業成長にも貢献していきたい」と力強く今後の豊富を語った。
執筆・編集:THAIBIZ編集部 白井恵里子
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