
カテゴリー: 食品・小売・サービス
公開日 2026.08.10
第一回(4月号)・第二回(6月号)ではタイにおける消費財市場、流通構造、競合環境、そして消費者の変化を整理し、日系消費財企業が直面するチャレンジを考察した。今回は、バリューチェーンの中でも「商品企画・開発」に焦点を当て、タイ市場で選ばれる商品を生み出すために、日系企業に求められる変革について考える。
タイの日本に対する好感度は極めて高く(約99%)※1、訪日タイ人数も約123万人と、世界第6位を誇る※2。また、「Made in Japan」は、安全性・品質を想起させる存在であり、日系ブランドへの信頼感は根強い。
実際、タイ市場では「オイシ(Oishi)」のように日本らしいネーミング、日本技術を訴求する化粧品メーカー「SRICHAND(シーチャン)」、桜など日本特有のパッケージを採用するローカルブランドも多い。つまり、ローカル商品においても「日本」はすでに信頼や品質を連想させる共通資産として活用され、日本製というだけでは差別化しにくくなっている。
したがって日本や日本品質に対する好感度が高いことは、必ずしも「日本製商品がそのまま売れる」ことを意味しない。日本商品がそのままでは成功しにくい背景には大きく三つの要因がある。
まずは消費者の嗜好が違う。タイ消費者の生活習慣や飲食習慣は日本人とは異なり、味・香り・容量・パッケージ・使用頻度等、商品に求める要素も異なる。このため、日本市場で評価される商品であっても、タイの生活文脈に合わなければ、日常的に使われにくい。
二つ目は価値の感じ方が違う。日本企業の「口どけ」、「なめらかさ」、「肌触り」といった感覚品質への細かいこだわりは日本市場では高付加価値や差別化要素になりうる。しかしタイ市場では、その微細な違いが購買理由として伝わりにくく、消費者からは「高いが違いがわからない商品」と受け止められるリスクがある。
最後は競争環境が違う。タイ市場ではローカル企業、中国・韓国企業、グローバルブランドが強く、「必要十分な機能・品質×低価格」で競争している。日系企業は価格だけでの勝負が難しく、提供価値と価格の最適なバランスをより緻密に設計する必要がある。
参考:※1 第14回アウンコンサルティング親日度調査 ※2 観光庁
タイ市場で選ばれ、買われ、日常的に使われる商品を作るために、①商品のローカライゼーション、②提供価値・価格の最適化、③使用シーン起点の商品設計の三つが重要である。
まず、「日本製」「日本品質」に過度に依存するのではなく、現地消費者の嗜好やペインポイントを起点に商品を再設計する必要がある。例えば、甘いお茶、香水レベルの洗剤のように、日本の常識を破った商品開発が求められる。
次に、「消費者が価値として認識できる品質」への翻訳である。消費者が価値として感じる部分に投資を集中し、伝わりにくい「過剰品質」についてはコスト最適化を図ることで、価格を抑えながら、消費者に伝わる価値を最大化できる。
最後に、消費者が、いつ・どこで・どのように使うかまで設計することで、商品はタイ消費者の生活導線に自然に入り込み、継続的に使われる可能性が高まる。
ここで、あるグローバル消費財メーカーによる、タイ向けボディソープの開発事例を紹介したい。同社は2022年後半から、電子商取引(EC)・SNS上の投稿を活用し、消費者のペインポイントを把握した。
ECレビューを分析したところ、「ลื่นเกินไป(滑りすぎる)」の出現率は12.3%、「ไม่สะอาด(清潔ではない)」は8.7%であり、使用後の洗い流し感への不満が確認された。タイは高温多湿でシャワー頻度も高く、消費者はさっぱり感や洗い流し感を重視する。また、肌への刺激や乾燥への懸念から、ラウレス硫酸ナトリウム(SLES)を含まない処方への関心も確認された。
加えて、同社はTikTokで「ベストボディソープ」の投稿コンテストを企画。レモンジュースを混ぜたボディソープの投稿が50万回以上視聴され、タイ消費者がさっぱり感を求め、弱酸性ボディソープに関心を持つことを把握した。
これらのインサイトを踏まえ、同社は数ヶ月という短期間で、香りやパッケージだけではなく、生活環境・使用習慣に合わせて処方そのものを見直した。pH値(水溶液の酸性・アルカリ性の度合いを示す指標)を調整し、「SLES不使用」を訴求することで、消費者が求める「洗い流しやすさ」と「肌へのやさしさ」を両立させ、日常的なシャワーシーンでの体感価値を高めた。
発売当時、通常商品より高い売価(1.1 ~ 1.3倍程度)でありながら、消費者が価値を認識しやすい訴求設計により受容され、新商品はブランド売上の30%以上を占め、カテゴリを大きく上回る成長に貢献した。
商品開発において重要なのは、消費者が「欲しい」と感じる価値、「払える」と納得できる価格、「日常で使う」シーンの三拍子揃いが重要とわかるだろう。
最後に、こうした商品開発を実現するための組織・基盤設計について考えたい。
図表1のように、従来の商品開発では、市場調査は時間がかかるうえ、サンプル数や調査対象者の属性に依存しやすい課題がある。また、味・香り・機能・成分等は本社承認が必要となることが多く、現地消費者のニーズと妥協が生じたり、訴求価値が十分に刺さらなかったりするケースも少なくない。本社との調整に時間を要し、新商品のローンチまで1〜2年かかる間に、市場ニーズが変化してしまうこともある。

このような課題を乗り越えるためには、大きく二つのポイントがある。まずはデータに基づく消費者理解である。ECやSNSの発達により、消費者のニーズを把握するためのデータは増えている。ECからは、商品の販売データに加え、購入者属性、カテゴリ別の販売状況、競合の売価・販売数、消費者レビュー等のデータを取得できる。SNSからも、関心トピックや消費者属性等を獲得できる。
これらのデータを分析することで、「どのような消費者」が、「どのようなペインポイント」を持ち、「どのような商品」を求めているかを、より早く把握できる。ただし、重要なのは、データ収集~分析~示唆抽出~アクション~効果検証までを一連のプロセスとして構築し、継続的に消費者変化を捉える仕組みである。
二つ目は、現地法人が商品開発をリードできる体制と権限の設計である。従来、商品の設計・承認権限は本社に置かれることが多かった。しかし、現地法人は市場の最前線に立ち、消費者のトレンドやニーズをいち早く把握できる立場にある。商品設計などの消費者接点に近い領域については、現地法人に一定の権限を移すことが重要である。
一方で本社は、ブランドポリシーや品質基準、守るべきポリシーの設計を担うべきである。このように、ブランドと品質を担保しながら、現地法人が「選ばれる・買われる・使われる」商品をスピーディーに設計できるよう、本社・(地域・)現地法人の役割分担を再設計する必要がある。
商品開発の変革とは、現地消費者が何に不満を感じ、何なら買いたいと思い、どの場面で使うかを捉え、それをスピーディーに商品へ反映できる力を組織として備えることである。

EY Corporate Services Limited
Partner
石黒 泰時 氏
事業会社におけるCEO経験および25年超のコンサルティング経験をベースに、近年では特にグローバル/ アジアで競争力の確立を目指す企業を支援。2016~2019年、中国・上海に駐在。2024年4月よりバンコク駐在。

EY Corporate Services Limited
Senior Manager
唐 辛鋭 氏
EYストラテジー・アンド・コンサルティングより2023年にEYタイ事務所へ出向。10年以上にわたりアジア主要国において、日系消費財メーカーを中心に、戦略策定、営業・マーケティング改革、組織再編等に関するコンサルティングサービスを提供。
