カテゴリー: ビジネス・経済, 食品・小売・サービス
連載: 経済ジャーナリスト・増田の眼
公開日 2023.12.19
日本の農林水産省は12月5日、今年10月の農林水産物・食品の輸出額を発表した。10月単月では前年同月比9.5%減の1133億円だったが、1~10月累計では前年同期比4.1%増の1兆1664億円と、過去最高だった2022年を上回るペースで増加している。農水省は2015年に農林水産物・輸出1兆円という目標の達成期限を2020年に前倒したが、当時、農業雑誌の編集を担当し、農水省によく出入りした記者として、当時は7500億円程度でしかなかった輸出額で1兆円を目指すというのは非現実的だと思っていた。
しかし、2021年に一気に1兆を超え、2022年には1兆4000万円に急増したことには驚いた。そして日本政府は2025年までに2兆円、2030年までに5兆円との目標を発表したが、これはさすがに荒唐無稽だと思わざるを得なかった。一方、今年9月に1つの大きな異変があった。過去最速で年間累積1兆円を超えたものの、中国向け水産物が9割減となったことだ。これはもちろん東京電力福島第1原発の処理水放出に反発する中国が8月に日本産水産物の輸入を全面停止した結果だ。それが10月単月の全輸出額減少につながった。そして輸出市場を中国に頼っていた北海道産などのホタテ輸出が激減。こうした日本産農林水産物・食品の最新動向はタイ・バンコクにも明確に反映されている。
「(タイでの)日本食の浸透はデータにも表れている。2022年の日本からタイへの食品の輸出額は前年比15%増と、右肩上がりで伸びている。2023年も9月までの累計で昨年を上回っている(1.2%増)。近年特に伸びが大きい品目は、牛肉、いちご、さつまいも、梅酒などのアルコール飲料などだ」
日本貿易振興機構(ジェトロ)バンコク事務所の黒田淳一郎所長は11月19日にチェンマイで行った記者会見でこう報告した。ジェトロのデータによると、日本からタイへの農林水産物・食品の輸出額は2012年が265億円で、以後、ほぼ右肩上がりで増加し、2022年には前年比14.9%増の506億円(国別では世界8位)と、2012年比では約2倍増だ。そしてタイでの日本食人気に関し、タイ・アサンプション大学が2017年に実施したバンコク居住者の飲食行動調査を紹介。「一番好きな料理は」との質問に対し、「日本料理」と答えた人の比率は38.35%で、タイ料理の93.13%に次ぐ2位。以下、3位は中華料理(19.71%)、4位は韓国料理(10.22%)、5位はイタリア料理(7.20%)だった。
ちなみに2022年の日本からタイへの輸出額上位10品目は、①いわし(60億円)②豚の皮(45億円)③さば(35億円)④牛肉(32億円)⑤かつお・マグロ類(31億円)⑥ソース混合調味料(18億円)⑦アルコール飲料(15億円)⑧さけ・ます(15億円)⑨ホタテ貝⑩キャビアおよびその代用物(11億円)―の順だった。この中で目を引くのが「豚の皮」で、2016、2017年にはトップになるなど、過去10年ずっと上位にランクされているが、用途は鞄やスニーカー原料で、食用ではない。またホタテ貝はトップ10中ではまだ下位だが、今回のホタテキャンペーンもあり、今後上昇してくるか興味深い。
タイに初めて駐在して以来、個人的にフォローし続けてきたデータが、ジェトロ・バンコク事務所が毎年年末に発表している「タイ国日本食レストラン調査」だ。今年の調査結果の発表は来年初めにずれこむようで、昨年12月に発表されたものが最新で、2022年のタイ全国の店舗数は5325店で、前年比では21.9%増だった。2007年の同調査開始以来、毎年確実に増え続けてきたが、2022年の増加数955店舗は過去最大だ。地域別の増加ペースでは、バンコク都以外の地方は着実に増加する一方、バンコク都は2017、2018年にいったん小幅減に転じ、ついにバンコク都の日本食レストランは飽和状態になったとの見方が広がったが、2019年に再び増加して過去最高となった後、コロナ流行期でも順調に増えていったのには驚かされた。
業種別では2020年以来、①寿司②一般的な日本食③ラーメン④すき/しゃぶ⑤居酒屋―がトップ5を維持しているが、2022年は特にバンコク近郊とその他地方で居酒屋の伸びが目立っている。そして、今週紹介したジェトロの地方イベントにも反映されているように、タイ全国都県別の日本食レストランの分布図が興味深い。バンコク都と周辺県、そして日本企業が集積する東部経済回廊(EEC)地域に日本食レストランが多いのは納得で、北部、東北部など地方ではチェンマイが241店舗で4位に食い込み、都県別人口で2位のナコンラチャシマが87店舗で9位、コンケンが75件で11位と健闘している。
今回のジェトロの地方都市での商談会、販促イベントに参加した日本食品商社・卸売会社のダイショー・タイランドの加藤秀樹社長は「日本食レストランは周辺国を含めバンコク外での伸びが拡大する半面、バンコク内は飽和状態になる傾向は今後も続くだろう」とした上で、今回のジェトロの取り組みを評価。そして、「タイ国内での日本食の加工が増えており、これを含めた支援があっても良い。タイの地元食の中にも日本的なもの、日本食材が使用できる新たな文化が育ってくる」という興味深い指摘をしている。さらに、「タイ発の日本食の加工も今後、ますます伸びると思われ、それが国内だけでなく、周辺国や海外への輸出拡大につながれば良いと思う」と訴えた。
ジェトロ・バンコク事務所では「日本産食品を売り込むためのポイント」の1つとして「日本産食材はタイ現地産、他国産と競合する」ことを挙げる。具体的には、「タイ北部は山岳地帯で日本的な冷涼な気象条件のため、日本品種を含めた野菜や果物も多く生産されており、これらの農産品は価格が安く、品質も一定程度確保し、輸入日本産品と競争力を持っている」と指摘。さらに、「柿、桃、リンゴ、ナシ、イチゴなどタイ国内での生産が難しい高級果実でも、他国産の輸入物が中間所得層の手の届く価格帯(日本産の半値~数分の1)で売られている」ことに注意すべきとしている。
ジェトロ・バンコク事務所の谷口裕基ダイレクターは、農林水産省が、海外での模倣品等の対策に着手したことに言及し、「タイが先頭を切って相談窓口設置に至った。商標や地理的表示を取得できない品目での対応方針も研究中」と説明。さらにジェトロが取り組んできた食品商談会・販促イベントについては、既に民間企業が多数活動しているバンコクよりも、今後の展開が重要になる地方に軸足を移していく方針だとした。一方で韓国などの他国の政府機関も列車でのラッピング広告などの促進活動に力を入れており、他国との競争が激しい青果物については、JFOODOが行っているように今後もバンコクでの国単位での販促活動は必要だとの認識も示した。
タイ政府は最近、観光や文化、食などの「ソフトパワー」や「クリエーティブ経済」をタイの経済発展の新たな柱にすると繰り返し強調している。一方、タイ人にとって、かつて日本はさまざまな面であこがれの対象であり、漫画やアニメ、ゲーム、テレビ番組、そしてデパートなどの日本のコンテンツのファンとなり、旅行先、留学先として日本を選ぶことも多かった。それは日本が欧米と比べ近くて、コストも安かったこともあるだろう。しかし今や、コンテンツでは韓国勢に押され、所得向上とともに留学先でも欧米など西側諸国を目指すようになってきた。今でもタイ人に強くアピールできる日本のソフトパワーは「観光」と「食」ぐらいかもしれない。
タイでの日本食人気は当面揺るがない印象もあるが、バンコクの老舗和食店、日本亭の鈴木孝一郎ゼネラル・マネジャーはこうした楽観的見方に釘を刺す。「バンコクにおける日本料理の立ち位置が変わってきた。以前はショッピングセンターの入り口に日本食レストランがコア店舗として出店していたが、最近、その配置が変わりつつあり、韓国系や中国系が目玉店舗になりつつある。例えば、『海底勞』などの中国の火鍋店が増え、日系の『すき/しゃぶ』店は押されつつある」との見方を示している。もっとも地方は違う流れもあるとも指摘する。同氏はさらに日系のレストランチェーンも提携するタイ・パートナー企業の店舗運営能力次第で、顧客離れにつながりかねないことを危惧する。日本食の世界でも「日本のブランド力」だけに頼ることができた時代は終わりつつあるのかもしれない。鈴木氏は、タイ全土で156店舗を展開し、根強い人気の「8番らーめん」のような日タイのパートナーの連携による店舗運営力の維持がより重要になってくると警鐘を鳴らしている。
THAIBIZ Chief News Editor
増田 篤
一橋大学卒業後、時事通信社に入社。証券部配、徳島支局を経て、英国金融雑誌に転職。時事通信社復職後、商況部、外国経済部、シカゴ特派員など務めるほか、編集長としてデジタル農業誌Agrioを創刊。2018年3月から2021年末まで泰国時事通信社社長兼編集長としてバンコク駐在。2022年5月にMediatorに加入。
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