THAIBIZ No.149 2024年5月発行総合商社の成長戦略
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公開日 2024.05.10
目次
「脱トレーディング」、「事業創出」、「エコシステム構築」。これらは総合商社の方針で聞かれるキーワードの数々であるが、ASEAN、タイにおける動向はどのようなものか考えてみたい。
足元、ASEANにおける日系総合商社の投資におおむね共通しているものとして「社会課題の解決」、「財閥企業との包括的な取り組み」、「新たな事業創出の探索」の3点が挙げられる。
一つ目の「社会課題の解決」としては農業(生産性改善、貧富格差の解消)、医療・ヘルスケア(高齢化社会)、環境問題(脱炭素、渋滞などの社会問題対応など)が主に挙げられよう(図表1)。
特に脱炭素分野は日本の技術や資金を活用した社会課題への解決としてASEAN各国の首脳からも要望度が高く、日本側も経済産業省を主としたアジア・ゼロエミッション共同体(AZEC)構想のもとで各商社も歩調を合わせている。また、三井物産のマレーシアにおける地場国営石油会社等との提携によるCO2貯留サイトの共同開発や、住友商事が公表したタイ電力大手EGAT傘下会社とのASEAN地域におけるグリーントランスフォーメーション(GX)推進にむけた取り組みなど、具体的な協業実績も着実に積みあがっている。
二つ目は「財閥企業との包括的な取り組み」である。代表例としては2014年の伊藤忠商事とタイCPグループの提携が挙げられる。これは「1.アジア地域を中心とした食料、化学品、情報通信、金融等を含む非資源分野における事業拡大機会の共同開拓、2.タイ・中国・ベトナムなどを中心としたアジア地域における飼料、畜産及び水産関連分野での共同取組の推進並びに同地域への原料供給体制の整備」(2014年7月24日同社プレスリリース)を標ぼうしたものだった。同様のものとして、2021年に公表された三井物産とインドネシア大手CTグループとの提携も挙げられる。
同グループは金融、小売、通信などの事業を展開する有数の財閥であるが、B2C分野を強化したい三井物産側との思惑が一致したものといえる。どちらの事例も資本提携を伴う踏み込んだものであり、かつ日系・地場財閥の持ち寄る事業とバリューチェーンを繋げていくスケールの大きなものとして注目を集めた。
一方で、財閥との大型包括提携は、広範すぎてシナジーが出しにくく、リスクを懸念する声もある。しかし、本特集で取り上げられている丸紅とB-Quik社やKarmarts社との提携のケースは、その突破口のヒントになるのではないか。地場で強固な事業基盤を持つ有力企業が、丸紅の持つ与信機能や財務基盤、海外展開ノウハウと相互補完することで、シナジーを生み出し、成長戦略を描きやすい提携となっている。
三つ目は「新たな事業創出の探索」である。冒頭に挙げた通り「トレーディングから事業へ」といわれるようになって久しいが、有望事業の探索や目利きは簡単ではない。このような中、PEファンド等を立ち上げ有望企業への出資を通じて目利きするケースも増えている。たとえば2014年に三菱商事がシンガポールで設立したAIGF Advisors Pte. Ltd.は、ASEAN域内で地場優良企業への成長資金の提供を中心に、長中期的な企業価値創造を支援している。具体的には小売、卸売、不動産などで投資実績を積み上げているが、出資先に対して自社グループの資源を活用し成長を志向することで双方のWin-Winの関係を模索する動きともとらえられる。
また別の事業探索の切り口として、提携先の地場企業を事業推進の主体として投資を展開させる動きもみられる。双日はヘルスケア分野での投資を近年強化しているが、2021年にプライマリ・ケア事業者であるQualitas社を買収して傘下に収めた。同社はマレーシア、シンガポール、オーストラリアの3ヵ国で300施設のクリニック、歯科クリニック、画像診断センターなどを運営しており、同社のネットワークや知見を軸にしてアジア太平洋における投資を活発化させることを志向している。
また、丸紅がサポートするB-Quik社やKarmarts社の海外展開もこれに当てはまるだろう。前述の通り、丸紅側も提携先の事業展開支援においては買収プロセスや財務、事業展開の各種サポートを進めることで相乗効果の創出を図っている。
域内周辺国と比較してみると、日系商社のタイ事業に懸念がないわけではない。成長市場であるインドネシア、ベトナムにおける新規案件の創出のウエイトは、タイより高くおかれてきた。さらに近年は地政学的に重要性が高まっているインドへ商社の投資の軸足もシフトしているようにも見うけられる。また、タイ国内の状況に目を向けると、人口の伸びが鈍化し、市場成熟が顕在化しており、抜本的な成長が見通しにくいという要素も見逃せない。このような中で商社各社にとっても非中核・不採算のタイ事業の清算や再編なども重点施策として重要性が高まっている印象がある。
一方、ポジティブな要素も見られる。最近注目されているのは、新しいビジネスモデルの構築をタイで行う動きである。たとえば三菱商事のコンケーンにおける取り組みもその一例だ。5万人の教職員・生徒を有するコンケーン大学を対象に研究・資金支援というCSR活動から派生し、キャンパス用の電動車と充電システム拡充やエネルギー分野に至るまで幅広い支援を行うことを目指している。
これらの取り組みはタイ政府の標ぼうする「BCG経済モデル」のコンセプトに呼応した事業といえ、冒頭で述べた「社会課題の解決」に当てはまる事業である。また、それと同時に、タイの人口の7割が集中する地方部におけるスマートキャンパスの取り組みを通じて、今後のアジアにおける地方創生を模索する実験的な取り組みともみなせる。
中国勢の進出や地場企業の台頭など、従来型のビジネスモデルでは難しさが増しており、タイ事業の方向性に関して悲観的な見方をする声も多く聞かれるが、一方でそのような環境こそ商社にとってはチャンスといえる。「相手が求めるものが何なのか、相手が商社から何を欲しているのか、それを感じなければならない」(前述丸紅泰国日高社長インタビュー)の言葉が示す通り、市場、顧客、ビジネスパートナーの声を汲むことの重要性が従来以上に増している。
このような中、親日かつ商社にとって事業の歴史・知見の特に深いタイという地をハブとしたチャレンジングな試みが今後も商社からでてくる動きは見逃せない。
MU Research and Consulting (Thailand) Co., Ltd.
Managing Director 池上 一希氏
日系自動車メーカーでアジア・中国の事業企画を担当。2007年に入社、2018年2月より現職。バンコクを拠点に東南アジアへの日系企業の進出戦略構築、実行支援、進出後企業の事業改善等に取り組む。
Consultant 池内 勇人氏
製造業全般の現場管理サポート、業務効率化サポートや新工場立ち上げなどを経験。2021年に MURCタイに入社、タイをはじめ周辺国へのビジネス展開支援、市場調査、企業ベンチマークなどの業務を担う。
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THAIBIZ編集部
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