「東洋のデトロイト」で日中激突 ~ピックアップEVが日系反撃の狼煙となるか~

「東洋のデトロイト」で日中激突 ~ピックアップEVが日系反撃の狼煙となるか~

公開日 2024.04.01

3月27日から始まった「第45回バンコク国際モーターショー」には日本の大手メディアも大挙押し寄せ、「東洋のデトロイト」と呼ばれるタイでの中国系メーカーの電気自動車(EV)の怒涛の攻勢は日本でも報じられている。今回のモーターショーで中国系は8社が出展、日系4輪車メーカー数7社をついに上回った。そして、従来タイでは存在感が薄かった韓国系でも現代自動車に続き、起亜が本格参戦。そして新興でありながら一気呵成に海外進出に挑むベトナムのビンファストも出展し、非日系EV勢が日系の牙城を崩そうとしているかのようだ。タイはにわかに、自動車の動力源が今後、本当に電気が中心になるのかという世界的テーマの「テスト場(Testbed)」になりつつある。

中国系メーカーのプレゼンス上昇加速

「NETA AUTOは小型EVを普及させる役割を果たし続ける。われわれはすべての人にテクノロジーを利用する機会を提供し続け、世界中の人々が手頃な値段で高品質EVのイノベーションを享受できるようにする」

NETA V-Ⅱ - 第45回バンコク国際モーターショー
「タイで生産・販売を行っているNETA V」出所:NETA

「NETA」ブランドのEVを製造する中国の合衆新能源汽車のタイ法人「NETA Auto Thailand」のWang Chengjie氏は今回のバンコク国際モーターショー出展に関する記者発表で、NETAのEV業界における立ち位置をこう説明した。2023年のタイでのバッテリーEV(BEV)の乗用車新規登録台数で「NETA V」は比亜迪(BYD)の「ATTO3」に次ぐ2位に急浮上。また、同社は2023年のタイの自動車メーカー別ランキングでも10位に入ったとのデータもある。NETAがタイ現地法人を設立したのがちょうど2年前の2022年3月で、同年8月に初のEV販売を開始後、わずか2年でベスト10に食い込んだ形だ。

Wang氏のコメントにもあるように同社の強みは価格が安いことだ。NETA Vの価格は約55万バーツと日系の小型内燃機関(ICE)車すら下回る水準だ。この低価格戦略で、世界市場でEVをこれまでの累計で40万台、2023年だけで12万7500台を販売。さらに、タイ市場ではNETA Vを2月末までの累計で1万5000台販売している。そして今年は世界で30万台、そのうち海外市場で10万台を売ると意気込む。しかし今年1~2月になってタイ市場での同社の販売は急減している。そして今回、モーターショーに初参加した長安汽車が小型EV「Lumin」をNETAを下回る約48万バーツで発売、タイでも中国同様に価格競争がさらに激化しそうだ。

小鵬汽車(XPENG)の展示ブース
小鵬汽車(XPENG)の展示ブース

今回のモーターショーでの中国系は、NETAのほか最古参の上海汽車(MG)、BYD、長城汽車(GWM)、今年から参加した長安汽車(Changan)、広州汽車(AION)、吉利汽車(Geely)、小鵬汽車(XPENG)の合計8社が出展。高級EVブランドの販売も本格化しつつある。さらに、昨年11月末に開催されたモーター・エキスポには上汽通用五菱汽車(WULING)が出展、販売を開始。奇瑞汽車(Cherry)も販売だけでなくタイ国内生産計画を発表しており、中国系のタイ市場参入は10社に達する。

また、今回のモーターショーでは韓国系で従来から参加している現代自動車の傘下企業で、先ごろタイのサイアム・モーターズ・グループと販売・サービス面での合弁事業を発表した起亜も初出展。さらに、ベトナムのベトナム複合企業ビングループ傘下の自動車会社ビンファストも、今回のモーターショーにブースを出し、注目を集めた。

日系もようやく反撃の狼煙?

「タイ政府の『30@30』政策については「ステップ・バイ・ステップ」でやっていく。・・・タイで生産したハイラックスのBEV(ハイラックスREVO)12台をパタヤのソンテオで使って貰うため、4月25日に半数を提供する。さらに2025年末までには量産のハイラックスBEVを販売する計画だ。それ以降も、乗用車のBEVなどの現地生産もしっかり検討していきたい」

タイ国トヨタ自動車の山下典昭社長は3月26日にモーターショーの会場内で行った記者会見で、タイの自動車業界で最も注目を集めているピックアップトラックの電動化の見通しについてこう明言した。一方で、EVピックアップの実用性については「少し未知数の領域」とし、「HEV(ハイブリッド車)やBEVが今のディーゼルエンジンに比べてどこまで優勢を保てるかが大きなポイントになるだろう」との慎重な見方も示している。そしてBEVについて、「Tank to Wheelでは(CO2)排出ゼロだが、Well to Wheelでは、タイはまだ天然ガスなど化石燃料に依存しているので、CO2削減では(内燃機関車と)大きくは変わらないのでは」とこれまでのトヨタ自動車の見解を繰り返した。

山下社長はさらに、HEVはインフラがいらないので、既存のサプライヤーの多くを利用できるなど優位性があり、周辺国への輸出面でもBEVより、HEVの普及が進みつつあり、ポテンシャルがあるだろうと指摘。実際、タイの昨年の全市場に占めるHEVのシェアは12%だったが、現在は22%まで上昇しており、トヨタのHEV販売台数は3万1000台と、HEVの全販売台数の3割のシェアを占めたという。さらに投入したHEVの新モデルの販売も好調で、今年1~2月のトヨタの販売台数に占めるHEVの比率は4割まで上昇しているという。

欧米などでの最近のHEVの好調さはタイでも同様のようで、タイ国トヨタ自動車の販売台数の全市場に占めるシェアはHEVにもけん引され、昨年33%と2015年以来で最も高くなった。今年1~2月の実績でもトヨタのシェアは34.8%まで上昇しているという。ちなみに、昨年のピックアップ市場でのトヨタのシェアは2011年以後では、最多の40%で、1~2月のシェアは47%まで上昇したと好調を維持しているようだ。

ピックアップが東南アジアのEVの試金石に

D-Max・EVコンセプトとEFL EVを披露したいすゞの記者会見
D-Max・EVコンセプトとEFL EVを披露したいすゞの記者会見

一方、タイのピックアップトラック市場でのトヨタの最大のライバルであるいすゞ自動車は電動化推進方針をアピールし始めた。今回のバンコク国際モーターショーでも、BEVピックアップトラックのプロトタイプ「D-Max・EVコンセプト」と、既に昨年3月に日本で発売した電動トラック「エルフEV」を披露。特にD-MaxのBEVについては、タイ国内に生産設備を導入し、2025年以後にノルウェーなど欧州への輸出、タイ市場への投入を検討していることを明らかにした。

いすゞは商用車の脱炭素化に取り組む目的でトヨタ自動車などが2021年9月に設立した「コマーシャル・ジャパン・パートナーシップ・テクノロジーズ」(CJPT)にも参加しており、自動車の動力源の戦略について、トヨタ自動車同様に「カーボンニュートラリティーに向けたマルチパスウェイ(全方位戦略)」という表現を使い始めている。

ホンダも今回のモーターショーで、「タイで生産する最初の100%電気自動車(BEV)」となる「e:N1」を発表
e:N1を発表したホンダの記者会見

また、ホンダも今回のモーターショーで、「タイで生産する最初の100%電気自動車(BEV)」となる「e:N1」を発表。ホンダ・オートモービル(タイランド)の川坂英生社長兼最高経営責任者(CEO)は同社の「xEVセグメントにおける重要なマイルストーンになる」と強調した。このe:N1はタイ国内の大手レンタカー会社でレンタル利用できる。ちなみに、ホンダは「e:HEV」と呼ぶ独自のハイブリッド車のラインナップを持っており、「タイのxEVの販売では2年連続でトップ」だとアピールしている。また、ホンダはタイの2輪市場で8割近い圧倒的なシェアを占めており、モーターショーでは従来、2輪と4輪の展示スペースが分かれていたものの、今回初めて統合し、モビリティー企業としての総合力をアピールした。

1年後、2年後、3年後のタイ自動車市場の姿

筆者は過去5年間、毎年3~4月に開催されるバンコク国際モーターショーはほぼ毎回、また年末に行われるタイランド・インターナショナル・モーター・エキスポは時々、ウォッチしてきた。そして、2021年頃から、中国メーカーの新規出展が出始め、特に2023年から進出ラッシュとなり、展示会場での中国勢のプレゼンスは一気に高まっていった。欧米、そして本国の中国でもEVブームが踊り場を迎え、あるいはかげりが出始める中で、タイでは今回、EVブームがさらにヒートアップした印象だ。2023~2024年は特にタイの自動車産業は歴史的場面に遭遇しているようだ。

特に中国メーカーが、日本企業では考えられないぐらいの猛スピードで事業展開しており、直近では、中国スマートフォン・家電大手の小米科技(シャオミ)が3月28日に、EV参入の第1弾となる小型セダン「SU7」を中国で発売し、その価格設定が中国市場のさらなる激震を予感させている。1年後、2年後、3年後のタイの自動車産業はさらに大きく変貌しているのか、それとも一過性のものに終わるのか。今回のモーターショーが中国勢の進出ラッシュのピークとなる可能性もあるのか。すべてはタイの消費者の判断に委ねられている。

(取材協力・サラーウット・インタナサック)

THAIBIZ Chief News Editor

増田 篤

一橋大学卒業後、時事通信社に入社。証券部配、徳島支局を経て、英国金融雑誌に転職。時事通信社復職後、商況部、外国経済部、シカゴ特派員など務めるほか、編集長としてデジタル農業誌Agrioを創刊。2018年3月から2021年末まで泰国時事通信社社長兼編集長としてバンコク駐在。2022年5月にMediatorに加入。

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