揺れ動くタイ政治、ペートンタン新政権は吉と出るか凶と出るか

THAIBIZ No.153 2024年9月発行

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揺れ動くタイ政治、ペートンタン新政権は吉と出るか凶と出るか

公開日 2024.08.27

2024年8月、タイの政治情勢は急激に変化し、タイ国内が大きく揺れた。8月14日に憲法違反を理由にセター首相が解任され、16日にタイ貢献党の党首でタクシン元首相の次女ペートンタン氏が第31代の首相に選出された。タイの政治不安は、国際社会にも影響を与え、特にビジネス関係者にとっては不安要因の一つであり、今後の動きを注視していく必要がある。

今回は、タイのメディアや世論の声をもとに今後の経済への影響について考察する。8月に起きた主要な出来事は以下の通り。

8月14日:タイ憲法裁判所は、今年4月の内閣改造で、タクシン元首相の弁護士で有罪判決を受けたピチット氏を首相府相に任命したことが憲法違反にあたるとして、セター首相解任の判決を下した。

同日夜、タクシン元首相は自宅に連立政権すべての党首を呼び出し、会議を行なった。

8月15日:8月7日に前進党の解党判決を下した憲法裁判所の裁判官が失言。

8月16日:タクシン元首相の次女ペートンタン氏が第31代の首相に選出。

8月22日:タクシン元首相がタイ大手ビジネスメディアNationグループ主催のディナートークショーイベント「Vision for Thailand 2024」に出演し、自身が考える「景気刺激策」を発表した。

なお、9月上旬には閣僚人事が決まり、新政権が発足する見通しだ。

セター氏の首相解任は「司法権を利用したクーデター」

セター氏が憲法裁判所の判決により首相を解任されたことは、タイ国内に大きな衝撃を与えた。直前までは、多くの人が「解任はされないだろう」と考えていたため、国民は驚きと失望を隠せなかった。さらに、その後の事態が急速に展開したことで、この解任劇は単なる偶然ではないとして、「司法権を利用した計画的なクーデターだ」という見方がタイ国内に広がっている。

また、今回の解任劇を受けて、セター前首相の「首相を変わって欲しい時はいつでも言ってよい」などの就任当初からの発言がメディアを通して改めて注目を集めている。これにより、セター前首相はタクシン元首相の「駒」に過ぎなかったことがより鮮明になり、タクシン元首相の影響力の大きさを改めて浮き彫りにした形だ。

前進党解党と憲法裁判官の問題発言で司法への不信感

セター氏が首相解任される1週間前の8月7日、下院第1党の前進党に対し、解党判決が下され、党の幹部11人に10年間の政治活動禁止が命じられた。これを受けて前進党の議員たちは速やかに対応し、9日に新党「民衆党」を結成。わずか7日間で約6万人の党員と2,500万バーツ以上の寄付金を集めた。

しかし、この事態に対する憲法裁判官の発言が新たな波紋を呼んでいる。前進党の解党判決を下した9人の裁判官の一人、ウドム・シッティウィラッタム氏が8月15日、スラーターニー県の自治体主催の講演会で「前進党の党員たちは昨日までは解党されて泣いていたのに、2,000万バーツ以上の寄附金を集めたから今は笑っているんじゃないか。解党判決を下した私に感謝しろ」など、前進党を侮辱する発言が報じられた。タイ国民からは裁判官としての「道徳と倫理」の欠如を指摘する声が広がり、憲法裁判所に対して問題発言をした裁判官の調査と処分を求める動きが出始めている。

タイは立法権(国会)、行政権(内閣)、司法権(裁判所)による三権分立を国家システムとして採用しているが、今回の一連の出来事により、国民は司法に対する不信感を募らせ、同時に「司法権を政治権力争いの道具として利用している」と指摘する見方も強まっている。

第31.5代首相?!タクシン元首相の復権

8月14日夜、タクシン元首相は連立政権の全党首を緊急会議に招集した。セター前首相の解任に対して慰労の意を表するよりも、権力争いを未然に防ぐための迅速な対応だったと見られている。

セター前首相と各党の主要人物には、「タクシン元首相のタイ帰国」というミッションがあったとされる。セター前首相が解任される前日13日の閣僚会議で「国王の恩赦によるタクシン元首相の正式釈放」が承認されたと報じられている。さらに16日にはタクシン元首相の次女ペートンタン氏が第31代首相に選出。

22日にタクシン元首相はタイ大手ビジネスメディアNationグループ主催のトークショー「Vision for Thailand 2024」に出演し、大規模な景気刺激策を発表した。この一連の流れは、タクシン元首相の緻密な計画だったとの見方が強く、タイメディアは彼を「第31.5代首相」と呼び始めている。同イベントには、CPグループのタニン上級会長をはじめ、タイを代表する企業の創業者や経営者が多数参加。会場全体が「祝賀モード」に包まれ、強い一体感があった。

しかし、タクシン元首相の支持者は以前と比べて減少しているのも事実だ。ペートンタン氏の首相就任も、連立与党内で100%の賛同を得たとは言い難く、保守派の反発も予想される。

ペートンタン氏の首相就任直後、タクシン元首相は「私がアルツハイマーになる前に娘が首相に就任したことは喜ばしいことだ」と祝福したと報じられており、「ペートンタン氏はタクシン元首相の最後の切り札であり、これがタクシン時代の最終章になるだろう」との見方が広まっている。

新首相就任はキリング・ゾーンに突入か

ペートンタン新政権の「継続性」と「リスク」について、連日タイのメディアでは活発な議論が展開されている。まず、保守派や軍事クーデターの可能性だが、タクシン元首相が「国王の恩赦で正式釈放」されたことを考えると、その可能性は低いと見られている。一方、政党間の権力闘争も注目されている。現在、最も有力視されているのは、アヌティン副首相兼保健相だ。75歳のタクシン元首相に比べ、58歳という比較的若い年齢を考えると、次期首相を狙ってくるだろうと予想されている。

このような状況下、ペートンタン政権は政治的には当面安定すると予測されている。一方で早期にこの政権を倒そうとする勢力の存在も指摘されている。特に注目すべきは、元タクシン支持派団体UDDの主要幹部だったチャトゥポン・プロムパン氏の発言だ。彼は「司法権を使った手法」が再び用いられる可能性を警告している。ペートンタン新首相の就任を「キリング・ゾーンに突入した」と表現し、「過去の些細な出来事さえも『道徳や倫理に違反した』と解釈され、セター前首相と同じ結末を辿ることは想像に難くない」と指摘している。

チナワット家、父と娘のパワーバランス

セター前政権の課題は、タクシン元首相の影響力が強すぎたことだった。いわゆる「社長の上に会長がいる」状態で、意思決定が複雑化し、マネジメントが困難だったと指摘されている。一方、ペートンタン首相の発言は、「父であるタクシン元首相との合意に基づいている」ことが明確だ。これにより指示系統が明確になり、政権運営がスムーズになると予想されている。結局、「タクシン元首相が実権を握るなら、バランサー役として娘が最適」という見方もできるだろう。

実際に、ペートンタン新政権の誕生により政治体制が明確になったことで、経済界やビジネス界が反応し、長く低迷していた株価も上昇に転じている。

ペートンタン新政権、主要経済政策への影響は

タクシン元首相の影響力が強まる中、いわゆる「ばら撒き政策」の復活が予想され、一時的な景気の浮揚感が生まれる可能性がある。8月22日にタクシン元首相が発表した「景気刺激策」は、セター前政権の政策をほぼ踏襲している。産業政策では、EV、データセンター、半導体分野での外国直接投資(FDI)誘致が継続され、ランドブリッジやカジノ開発も引き続き検討課題となっている。

タイを代表する政治経済学者ソムチャイ・パカパーッウィワット氏は、「タイの政治の特徴は、政権が変わっても主要経済政策に変更はない」と指摘しており、日本企業の事業環境への直接的な影響はほとんどないと考えられる。つまり、タイの主要経済政策は、実質的には官僚が握っており、日本企業が今後もタイで安定した事業展開を続けるには、タイの官僚とのパイプ作りが重要となり、常に最新の情報を入手することで経営判断に活かすことが求められる。

タイの政治体制は1932年の立憲革命以来92年間続いており、今後も大きな変化は見込みにくい。しかし、全方位外交で海外とうまく調整し、進出企業と連携を図る姿勢はアユタヤ時代から変わっていない。最近では、政治的混乱の中でも家電メーカー4社(ハイアール、TCL、東芝ライフスタイル、シャープ)がタイに新工場を設立すると発表され、外資のタイ進出は今後も続くと予想される。

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Mediator Co., Ltd.
Chief Executive Officer

ガンタトーン・ワンナワス

在日経験通算10年。埼玉大学工学部卒業後、在京タイ王国大使館工業部へ入館。タイ帰国後の2009年にMediatorを設立。政府機関や日系企業などのプロジェクトを多数手掛けるほか、在タイ日系企業の日本人・タイ人向けに異文化をテーマとしたセミナーを実施(延べ12,000人以上)。2021年6月にタイ日プラットフォームTJRIを立ち上げた。

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