連載: 日系スタートアップ
公開日 2022.12.07
11月16日に在タイ日本大使館、日本貿易振興機構(ジェトロ)バンコク事務所が主催、通信大手トゥルー・コーポレーション共催で行われたスタートアップイベント「ロック・タイランド#4」では、日本の医薬品、ヘルスケア、脱炭素、バイオテクノロジー、DX、都市開発などのスタートアップ企業9社がピッチに参加した。そこで今回から各社のプレゼンテーションを1社ずつ紹介していく。第1回はハイパースペクトラムカメラで撮影したがん細胞を独自の人工知能(AI)アプリで解析するサービスを手掛ける「Milk」で、中矢大輝CEOの企業紹介のプレゼンテーションを紹介する。
目次
まず現状のガン診断の課題についてお話させていただきます。実はがん細胞の最終診断である病理診断は専門医による目視検査によって行われています。さまざまな検査手法がありますが、最終的にはスライドガラスに乗せられた生体組織に対し病理診断が行われています。
しかし、この手法には大きく3つの課題があります。この病理診断は非常にアナログな検査手法であり、客観的な指標がありません。さらに、診断できる方は病理学が進んでいる日本でも2600人しかいません。カンボジアでは10人以下しかいないそうです。人手が不足しているので、診断時間も平均3週間以上かかってしまいます。
このような課題を解決するために私たちが開発しているのが、「ANSWER for Pathology」です。このシステムは非常にシンプルです。まず、ハイパースペクトルカメラという特殊なカメラでがん細胞を撮影し、それを独自の人工知能(AI)アプリで解析し、即座にレポートを出力するというものです。これにより、診断時間は短縮され、ガン細胞の見落としや誤診を防ぎ、診断の根拠となる客観的な指標を患者さんに提供することが可能です。
このシステムを可能にするのが、ハイパースペクトルカメラです。ハイパースペクトルカメラを一言で説明すると、人間の目では区別できない微細な色の変化を見ることができるカメラです。画像には2つの情報があります。1つは空間分解能。これは解像度とも呼ばれ、4K、8Kというように進化し、より細かな小さなものが見えるようになってきています。さらに画像には色彩分解能という情報があります。こちらは、これまでRGBの3原色のまま進化してきませんでした。なぜかというと、人間の目を模倣して作られているので、人が見たときに美しい色合いの画像をつくるためには3原色で十分だったからです。ハイパースペクトルカメラは、この色彩情報が141原色あります。実に47倍の情報量です。これにより、人間の見分けられないような色の違いを見分けることができます。
このハイパースペクトルカメラの廉価版をマルチスペクトルカメラと呼んでいます。実は、ハイパースペクトルカメラの開発者は私の大学時代の恩師である佐鳥新教授です。佐鳥教授はもともと宇宙航空研究開発機構(JAXA)で宇宙開発に従事され、とくに小惑星探査機のイオンエンジンの開発をされていました。その技術力を生かし、人工衛星に搭載するためのカメラとしてハイパースペクトルカメラをゼロから開発しました。
私は、佐鳥教授がつくられたこのカメラに出会い、そのポテンシャルに感動し、これをガン診断に応用する研究を行いました。私はもともとは物理学専攻の学生でしたが、独学でAIや機械学習を勉強し、ハイパースペクトルカメラでえられた画像の解析を行いました。
特にこだわって作ったのは、ハイパースペクトルカメラの141原色もある膨大な情報から、用途にあわせて特徴的な色(波長)を選択する技術です。うまく色を選択することで、ハイパースペクトルカメラより安価で小さく、軽量なカメラに落とし込むことができます。この解析技術について国際特許を取得しています。現在、アメリカをはじめとしてヨーロッパや中国でも特許を申請しています。
この技術を生かして、がん細胞の解析を行ったところ次のような結果が得られました。すい臓がんで98%、大腸のがん化の4段階を98.7%という精度で識別できました。これはがん細胞の核のみの色合いで識別した精度です。現在もその応用範囲を拡大して検証しています。さらに、卵巣がんの4種類において、デジタル画像によるAIの診断精度を大きく上回る95.2%の精度が得られました。これにより、デジタル画像に対するハイパースペクトルカメラの優位性を示しただけでなく、がん種の識別ができる可能性も示しました。
これまでずっと人が行っていた病理診断をデジタル化する試みには自動運転のように段階があります。最初の段階は、AIがスクリーニングやアラートを出すレベル1という段階です。ここでは診断の最終責任者は病理医です。レベル2では、AIが診断名をリコメンドします。ここでも診断の最終責任者は病理医です。レベル3になるとAIが診断を行い、病理医が補助をする形になります。レベル4はAIと病理医の役割が明確になり、特定の疾患はAIが担当し、病理医は介入しない形になります。レベル5では、AIが病理診断をすべて行います。
現在、存在する最高レベルのAIはレベル2ですが、私たちはレベル3以上のAIをつくっていけるポテンシャルがANSWERにはあると思っています。従来の診断をまったく変えていける技術であると確信しています。
このANSWERの開発に関して東京都より補助事業に採択いただきました。最大6億円と100名以上の専門家による医療機器開発のサポートが受けられることになりました。これによりさらに開発を加速していきます。これから日本におけるR&Dを加速し、2024年までに製品化して販売を開始することを目指しています。その後、米国の食品医薬品局(FDA)の承認を受けるとともに、ASEAN医療機器指令AMDDに準拠した形で開発を行い、世界中への展開を進めていきたいと考えています。そして2026年には米ナスダック市場への上場を目指しています。
現在、東南アジア諸国連合(ASEAN)での協業パートナー、出資者、そして販路開拓の協力者を募集しています。11月に上場企業の日本金銭機械株式会社との提携も発表し、開発も軌道に乗ってきました。私たちはこのシステムをいち早く完成させ、「光によって医療を、世界を変えていきたい」と考えています。ぜひ私たちの事業にご参加ください。
TJRI編集部
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