「アミノサイエンス」でタイの食と健康に貢献 ~タイ味の素・坂倉一郎社長インタビュー~

「アミノサイエンス」でタイの食と健康に貢献 ~タイ味の素・坂倉一郎社長インタビュー~

公開日 2024.04.29

湯豆腐の昆布だしのうま味成分がグルタミン酸というアミノ酸であることを発見した池田菊苗博士。「うま味を通じて粗食をおいしくし、日本人の栄養状態を改善したい」という池田博士の思いに共感した実業家の鈴木三郎助氏が1909年に創業した味の素は、食品分野ではまぎれもなく日本トップのグローバル企業だ。

タイには64年前に進出し、うま味調味料「AJI-NO-MOTO」とともにタイ社会に深く根差している。タイの豊かな農産物資源を利用して、さまざまな新規事業に取り組むタイ味の素の坂倉一郎社長(味の素アセアン地域統括社長)に、味の素のタイ事業の歴史と現状、そして未来に向けた戦略を聞いた。

(インタビューは4月2日、聞き手:mediator ガンタトーンCEOとTHAIBIZ編集部)

タイ味の素・坂倉一郎社長インタビュー
タイ味の素・坂倉一郎社長(左)、mediator ガンタトーンCEO(右)

味の素グループでは最大の売上高と利益

Q. タイ味の素の歴史と現在の事業概要を教えてください

坂倉社長:1960年の設立で、現在、タイ国内に7つの工場、12の法人があり、B2CだけでなくB2Bの事業も展開している。販売部門を含め、約4000人の従業員とともに、味の素グループの中では最大の売上高、最高の利益を上げている。また、私自身は東南アジア諸国連合(ASEAN)の責任者も務めている。ASEAN地域では、現在、10カ国で33の法人が事業を行っている。

タイ国内で「AJI-NO-MOTO」グルタミン酸ナトリウム(MSG)を生産しているのは、カンペンペット県、アユタヤ県、パトゥムタニ県の3工場だ。カンペンペット工場は、イノシン酸、グアニル酸というMSG以外のうま味成分をグループ内で唯一生産する拠点でもあり、世界に輸出している。食品工場はサラブリ県ノンケーにあり、風味調味料「RosDee」、主に日本向けの「Cook Do」などを生産し、そして隣接地には、缶コーヒー「Birdy」の工場もある。また、タイ味の素創業の地であるバンコク・プラプラデーンの工場は当初MSGを生産していたが、現在は、「Ajinomoto Plus」というMSGに核酸を加えた、うま味成分の強い商品などを作っている。

タイ味の素・カンペンペット工場
「カンペンペット工場」出所:タイ味の素

「RosDee」や「Ajinomoto Plus」のほかにも、1971年に「ワンタイフーズ」に経営参画し、即席めん市場に参入した。そして1993年に「Birdy」、最近では2019年にアミノ酸を主成分とした製品「aminoVITAL」、2023年には高齢者向けサプリメントとして、ロイシンというアミノ酸を多く含有した「AminoMOF」を発売した。

「アミノサイエンス」を通じて健康に貢献

Q. 味の素の企業理念、タイでの事業戦略は

坂倉社長:味の素グループは、100年以上にわたるアミノ酸の研究から得た、さまざまな素材・機能・技術・サービスの総称を「アミノサイエンス」とし、その科学的アプローチを用いて、人類、社会、地球のWell-Being(ウェルビーイング)に貢献することを「パーパス(志)」としている。グルタミン酸ナトリウムというアミノ酸を中心に美味しさを追求した調味料事業を展開し、健康、栄養などの分野、例えばアスリート向けを含め、いろいろな機能のアミノ酸の技術を磨いてきた。2030年のアウトカムとして、10億人の健康寿命の延伸、環境負荷を50%削減するという目標も掲げている。

タイ味の素としてのビジョンは従来、「To be the most reliable food company」だったが、2030年に向けて新たに打ち出したビジョンは「Leading in creation of Well-Being」だ。タイ社会においてウェルビーイングを創出する会社になりたいということだ。ウェルビーイングを実現する対象として「Consumer(消費者)」「Social(社会)」「Employee(従業員)」の3つを規定している。消費者向けウェルビーイングで重視していることは健康栄養。低糖、低塩を実現する商品、高齢者向けの健康サプリメントなどの商品がある。

タイ味の素におけるWell-beingの3本柱
「味の素が掲げる3つのWell-being」出所:タイ味の素

また、サービスとして「栄養プロファイリングシステム」を開発した。日本の味の素が日本の食文化をベースに開発した「Ajinomoto Nutrition Profiling System」をタイの食文化に応用する取り組みで、タイ栄養士学会(Thai Dietetics Association)とマヒドン大学と覚書(MOU)を締結しており、タイ料理でも「おいしく減塩」、「バランスの良い食事」などを推進していく。また、「勝ち飯」などに代表されるアスリート支援プログラム「ビクトリープロジェクト」を、タイにも“Thailand Victory Project”として導入しており、タイのバトミントン協会とスポンサーシップを結び、支援プログラムを運営している。

社会に向けたウェルビーイングでは、温室効果ガス(GHG)やプラスティックの削減、フードロス削減、水資源対策に取り組んでいる。GHG削減では、スコープ1、スコープ2は既にほぼ排出量ゼロを実現、現在スコープ3に取り組んでおり、2030年までにトータルでゼロにする方針だ。プラスティック廃棄物については使用量の低減、リサイクルに適した素材への転換を進めており、2030年にはプラスティック廃棄物ゼロを実現する方針だ。またフードロス削減では、日本で実行している「捨てたもんじゃない!(TOO GOOD TO WASTE)」というキャンペーンをタイでも始めた。例えば、タイ料理に欠かせないエビの「頭」を捨てずに出汁に使ったり、熟度が進んだバナナを甘いデザートに変化させたり、また冷蔵庫の残り物を美味しい料理に生まれ変わらせたりするレシピをオンラインで積極的に提案している。

従業員向けのウェルビーイングでは、本社ビル内のキャンティーンを刷新し、開放的なスペースで、よりヘルシーな食事を楽しむことができるようになった。また、本社ビル内に最新式の器具を揃えたジムも新設し、従業員の“Eat Well, Live Well”をサポートしている。さらに、人事評価では今年7月から、日本式ではなく、タイ人の価値観により即した人事・給与体系を導入する予定だ。こうしたウェルビーイング、そしてダイバーシティー、サーキュラーエコノミーを実現してタイ社会に貢献していきたいと考えている。

タイ味の素・坂倉一郎社長インタビューの様子

農家が抱える課題を解決し、安定供給を

Q. カンペンペット工場では農家支援に取り組んでいると聞いているが

坂倉社長:タイで生産される「AJI-NO-MOTO」は現在、キャッサバから得られるタピオカスターチを主原料としている。「AJI-NO-MOTO」の製造工程では副産物が発生するが、ここにはアミノ酸などの栄養が豊富に含まれている。これを土壌改良剤としてキャッサバ畑で用いることでキャッサバの成長を促進し、収量の増大を実現している。また、工場のバイオマス発電では、コメのもみ殻を燃料として利用し、もみ殻の灰も土壌改良剤等に再利用している。こうしたグリーンのサイクルをどんどん回していく。

そして、カンペンペットで肥料開発事業を行っている「味の素FDグリーン」では、「タイファーマー・ベターライフパートナー・プロジェクト」を推進している。タイでは年間500万トンのタピオカスターチが生産されており、そのうち400万トンは輸出で、残り100万トンがタイ国内で消費される。味の素はそのうちの20%相当を原料として購入している国内最大のキャッサバユーザーだ。タピオカの原料であるキャッサバ農家が抱えている課題を解決することがわれわれの原料の安定供給につながる。

特にキャッサバモザイク病(CMD)が収量の低下につながっていることから、この撲滅が大きな課題だ。まず農家の皆さんがCMDについて正確な知識を得られるよう講習会を開催、またキャッサバを無料で診断し、CMDに感染したステム(茎)を早期に除去するシステムを構築するとともに、感染されていないクリーンな茎を農家に供給するというサイクルを作っている。また、土壌分析を行い、土壌改良剤や肥料を提供し、耕作方法などの教育も行う。このプロジェクト参加農家は当初180軒ぐらいだったが、明らかな収量向上に伴い、現在では1500軒まで増えている。さらに次のステップとして、われわれが支援した農家のキャッサバ収穫後、タピオカスターチとして当社の工場に入荷されるよう、トレーサビリティー構築を目指している。

タイ味の素・坂倉一郎社長インタビューの様子02

ローカルの食文化に妥協しない

Q. そのほかで新しい取り組みやトレンドはあるか

坂倉社長:最近、日本で「Smart Salt(スマ塩)」というネーミングで「うま味を使っておいしく減塩」というプロモーションを行っているが、これをタイやインド、フィリピンなどでも展開している。タイでは目玉焼きにプリックナンプラーなどの調味料をかけるが、「AJI-NO-MOTO」を数回振って、うま味を足すことで、調味料の量を減らし、減塩を実現できる。味の素と調味料の併用により、うま味がぎゅっと凝縮され、相乗効果も高まる。また、「RosDee」や「YumYum」ヌードルでも減塩タイプの商品を出している。一方、缶コーヒーの「Birdy」では、昨年、全く砂糖を入れない商品を発売した。また、タイ産のコーヒー豆のみを使ったテトラパックのアイスコーヒーなど、サステナビリティを追求した商品を発売している。

味の素グループには「妥協なき栄養」というポリシーがあり、3つの柱を有している。1つ目の柱は「おいしさに妥協しない」だ。もう1つは「食へのアクセスに妥協しない」で、世界のあらゆる地域の方に食を通じて健康と栄養を届ける。最後の柱は「地域や個人の食生活に妥協しない」で、ローカルの食文化に妥協しない。日本人にとっておいしいものとローカルの人が美味しいものはかなり違う。このためタイ味の素の研究開発(R&D)部門には約100人のスタッフがいるが、日本人は3~4人だけで、調味料や飲料の開発、パッケージの開発もほぼ現地スタッフが担っている。 私自身、海外駐在は通算24年目で、過去メキシコ、ブラジル、フィリピン、インドネシアに赴任した経験を持つ。その経験を踏まえて、タイ味の素では、人事、経営企画、マーケティングなど各部門を、タイ人が中心となって運営し、タイ人が自分たちで作り上げていく組織に変革した。タイ味の素の新しいビジョンである「Leading in creation of Well-Being」も若い世代を含め、タイ人スタッフたちの議論によって決まったもので、「自分たちが作ったビジョンを自分たちの手で実現しよう」という意欲が高まっている。

THAIBIZ編集部

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