ArayZ No.129 2022年9月発行キーワードは「協創」日タイ関係新時代
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公開日 2022.09.10
2022年9月26日で修好135周年を迎える日本とタイ。今や日本企業にとってタイは海外進出の一大拠点であり、欠かせない存在となっている。タイにとっても日本は最大の投資国であり、親日という印象は強い。
しかし、中国を筆頭に外国企業の勢いが増している近年。タイ国内における日本企業の影が薄まっているという見方をする識者もいる。現在、立たされている状況と取り組むべき課題について、専門家の視点も含めて整理していく。
目次
タイはこれまでに、農水産業に重点を置いたタイランド1.0、軽工業を推進するタイランド2.0、重工業に注力したタイランド3.0を通じ、経済成長を遂げてきた。製造業を中心に多くの企業がタイ進出を果たしてきた日本企業は、その成長に貢献してきた国の一つである。しかし2015年、産業高度化に向けた長期的な国家戦略タイランド4.0が打ち出されて以降、特にここ数年で海外勢の進出が加速し、風向きが少々変わりつつあるとも言われている。
輸出入を含めた貿易総額で見ると、新型コロナウイルスの影響で全体的な落ち込みはあるものの、中国が他を圧倒しているのは図表1の通り。
一方、タイへの貢献度とも言える外国資本による直接投資額(認可ベース)を見ると日本が首位を維持している(図表3)。
しかし投資額全体の割合を見ると、17年は約4割を占めていた日本の投資額が21年には26.2%となり、その分中国の割合が増加。17年は日本の10分の1ほどの投資額だった中国が、19年には26.2%、20年には22.1%と日本に迫る勢いで投資を実施し、以降もその存在感を示している。
また近年はスタートアップを中心に力を入れ、19年から直接投資額(同)トップ5に名前を連ねている台湾の動きも気になるところ。タイ投資委員会(BOI)が8月17日に発表したデータによると、21年上半期における同投資額の国・地域別では台湾が前年比8.1倍の全体割合29.3%で首位。日本が22.2%、中国が16.5%と続いた。
なかでもタイランド4.0でターゲット産業とする12分野の投資状況を見ると、「タイを世界のEV生産ハブにする」と政府が力を入れる自動車・同部品が前年比(同)約2.5倍となる最も大きな伸びを見せていた他、デジタル分野も大幅に増加するなど、国内外問わず関心が高いことが分かる。
他方で、商務省によると22年6月末時点における東部経済回廊(EEC)域内での累積投資総額は1兆5440億9590万バーツで、そのうち外国資本の割合は全体の54.5%だった。国・地域別で見ると、日本が46.1%と2位の中国を大きく引き離しているが、中国は年々その割合を増やしている傾向にある(図表2)。
前述したタイ直接投資額について中国に焦点を当てて見ると、18年以降その割合が顕著に増加している。なかでも大型投資(投資額10億バーツ以上)が相次いでいるのが特徴で、19年には328億バーツから738億バーツへと、前年の2.25倍に急拡大。外資全体に占める割合は、前年の12.8%から26.2%に倍増したのは前述の通りだが、20、21年も日本に次ぐ第2位の投資国になっており、その動向に注目が集まっている。
その主な投資先分野を金額ベースで見てみると、金属・機械を中心に増加していることに加え、近年はやはり電気自動車(EV)の製造事業が目を引く。他方、日本を見てみると金属・機械、電気電子、化学分野がいずれの年も大半を占める反面、自動車関連事業においては中国と重なる点が見られ、今後の戦略が重要視されている。
とりわけEV分野に焦点を当てると、大手タイ企業との覚書(MOU)調印や事業提携、工場設立など中国と台湾企業に関する話題が絶えない。補助金に始まり、充電スタンドを中心とした関連インフラや、バッテリー電気自動車(BEV)などに対するBOIの振興策が加わった影響は大いにあるが、ローカル企業との関係性構築や露出の巧さも一因ではないだろうか。
22年で見ると、電子機器の受託製造サービス(EMS)世界最大手である台湾の鴻海精密工業(FOXCONN)と国営タイ石油会社(PTT)による合弁会社の設立や、中国自動車メーカー・長城汽車(GWM)とタイ発電公社(EGAT)らによるEV用充電ステーション開発でのMOU締結、中国の大手電気自動車メーカー・比亜迪汽車(BYD)による東部ラヨーン県での工場建設といった発表が続いている。
さらに8月には長城汽車タイランドが、タイで開催されるアジア太平洋経済協力会議(APEC)の移動と運輸を支援すると発表。世界の目が向けられるAPECは、自社製品を訴求するには絶好の機会であり、小型スポーツタイプ多目的車(SUV)「哈弗(ハーバル)」のハイブリッド車(HV)「ハーバルH6ハイブリッド」の新型が10台提供された。
こうした話題が目立つのも、そのスピード感と思い切り良く舵を切る国民性にもよるのだろうか。それに比べ、日本勢は慎重とも見てとれる。タイ電気自動車協会(EVAT)によると、22年6月時点で公表されているBEVの最新車種一覧では22車種中、日本車はトヨタの「レクサスUX 300e」と日産の「LEAF」のみといささか寂しいとも言える状況だ(図表4)。
EVに関しては充電スタンドといった環境が整っていない現状では時期尚早だと踏んでいるのか。はたまた水素自動車(FCV)などの台頭に備えているのか。虎視眈々と巻き返しの一手を狙っていることは間違いないが、売り方も含めてタイ市場にいかに訴求していくのか。業界を問わず、今一度見直すべき時期に来ているのかもしれない。
タイにおける日本企業はこれまで、モノを作ることを目的とした「生産のための組織」を築いてきた。しかし今、タイ企業や日系以外の外資系企業を顧客にするために、「売るための組織」に転換する必要に迫られている。それは、生産のための組織に営業やマーケティング部門を設置し、専任のタイ人スタッフを雇用するだけでは上手くいかない。組織全体の課題として取り組む必要がある。
では、この転換を成功させるためには具体的に何が必要なのだろうか。結論を言えば、それは市場志向(Market Orientation)である。これは「お客様第一」のような精神論と誤解されがちであるが、学問の世界では企業の活動や文化として定義され、情報収集・情報普及・情報へ反応の3つの要素から成っている(図表)。
市場志向は、組織の外部から情報を集め、それを組織内で共有し、迅速に対応するという一連のプロセスかつ、組織全体の活動である。
このプロセスの起点であり、日タイにおける関係性の再構築として重要になるのがタイ市場に関わる情報収集である。しかしながら、日本企業の多くが日本人駐在員のネットワークに依存し、タイ市場向けのビジネスを行うための有効な情報を得られていないのが実情だ。社内のタイ人スタッフに期待する企業も少なくないが、彼らがいくら優秀であっても、タイの富裕層や経営層といった自分で投資判断をする階層とは異なるため、次の一手を考える情報にはなり得ない。
かつて製造業に外資規制があった頃は、有力財閥や大手のオーナー企業と合弁を組み、それによってタイの有力者とのネットワークを確保していた。だが、当時はモノの品質や性能で明確な優位性があったため、その価値が十分理解されていなかったのだろう。その状況に慢心し、外資規制が緩和された後に独資化を進めた企業は、生産をコントロールできるようになった代わりに、現地で販売するための貴重な情報源を失ったのである。
現在、その関係性をすぐに復活させることは不可能である。だからこそ、それに代わる情報源として潜在顧客や商慣行、キーパーソンに関する情報を探索・収集する機能を組織内に埋め込むことが求められている。
こうした情報はフォーマルな組織間関係よりも、インフォーマルな個人間関係でやり取りされる場合が多いため、駐在員の役割を再考し、駐在期間を延長することも一案である。また、日本企業が持つ技術やノウハウを求めるタイ企業との接点を作るために、勤務時間外であってもタイの有力者が集まるイベントやコミュニティに参加することは有効だ。
ただし、これを駐在員の個人的な活動と捉えては長続きしないだろう。企業は「売るための組織」への転換に向け、情報収集活動を一つの業務として捉え、支援することが重要である。
上原 渉 一橋大学 大学院経営管理研究科 准教授/博士(商学)
-日本企業のマーケティング組織や、アジアにおけるマーケティング活動について研究を行っている。2016~18年にチュラロンコン大学ビジネススクール客員研究員として在タイ。代表的な業績として『日本企業のマーケティング力』(2012、有斐閣、共著)や『新興国市場と日本企業』(2018、同友館、分担執筆)等がある。
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THAIBIZ編集部
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