
カテゴリー: ビジネス・経済, ASEAN・中国・インド, バイオ・BCG・農業
公開日 2026.04.10
脱炭素を巡る議論では、太陽光や風力、電気自動車(EV)といったテーマが先に語られやすい。一方で、現実のエネルギー需要を見ると、発電だけでなく、産業用熱、既存のガスインフラ、輸送用途など、電化だけでは置き換えにくい領域もなお大きい。
そこで近年、改めて注目が高まっているのがバイオメタンである。本稿は前・後編の2回構成とし、前編では「そもそもバイオメタンとは何か」「なぜ東南アジアで事業機会として語られ始めているのか」を整理する。
後編では、こうした潮流を踏まえ、日系企業はこの領域のどこに関与し、どこで価値を取りうるのかを考えたい。
バイオメタンを理解するうえで重要なのは、これを単なる新しい環境燃料として見るのではなく、既存の天然ガス需要をどう低炭素化するかという文脈で捉えることである。発電、産業用熱、輸送用途など、天然ガスが使われている領域は依然として広い。
こうした分野では、電力の脱炭素だけでは十分ではなく、ガスそのものの低炭素化も重要な論点になる。その意味で、バイオメタンは、既にあるエネルギー需要の一部を低炭素化する現実的な手段として見るべきテーマである。
バイオメタンは、家畜ふん尿、農業残さ、下水汚泥、都市ごみ由来の有機物などを嫌気性消化して得られるバイオガスを、さらに精製して天然ガスに近い品質まで高めたものである。
処理過程では熱回収や肥料用途の副産物活用が可能な場合もあり、条件によっては二酸化炭素(CO2)分離の余地もある。つまりこれは、単なる燃料ではなく、廃棄物処理、資源循環、エネルギー供給をつなぐ仕組みとして理解するのが適切だ(図表1)。

加えて、実務上の大きな特徴は、既存インフラとの親和性が高い点にある。天然ガスに対する“drop-in”型の代替として、ガス導管網、発電設備、産業用途、輸送用途などで活用しやすい。
新エネルギーの普及を難しくするのは、しばしば設備改修や新たなインフラ整備の負担である。その意味で、既存の仕組みに比較的乗せやすいことは、バイオメタンの大きな強みと言える。
東南アジアでバイオメタンが事業テーマとして語られ始めている背景の一つは、原料の裾野が広いことである。代表的な原料としては、パーム油工場廃液(POME)、家畜ふん尿、農業残さ、都市ごみなどが挙げられる。農業、食品、畜産、都市生活から生じる多様な有機性廃棄物が、エネルギー源へと転換されうる点に、この地域の特徴がある(図表2)。

ここで重要なのは、事業性を左右するのは技術そのもの以上に、どこに原料があり、どれだけ安定的に集められるかという点である。インドネシアやマレーシアではPOME由来原料の厚みがあり、タイやベトナムでは農業残さや畜産由来原料、都市ごみなどの組み合わせが視野に入る。
したがって、この市場は一律の技術論ではなく、原料立地に根差した地域産業のテーマとして捉える必要がある。
では、東南アジア全体の中でタイはどう位置づけられるのか。フラットに見れば、タイが突出した本命というより、日系企業が注視すべき有力市場の一つと捉えるのが自然だろう。東南アジア全体の原料ポテンシャルを見ると、マレーシアやインドネシアの存在感も大きい。
一方でタイは、キャッサバ由来排水、POME、食品・農業系排水、都市ごみなど、複数の原料起点を持つ市場として見ることができる。
さらにタイを無視できない理由もある。第一に、バイオガス・バイオメタンが政策・制度面でも重要なエネルギー源として位置づけられ、事業化を後押しする土台が整い始めていること。第二に、天然ガス需要が大きく崩れていない一方、国内生産の減少を受けて輸入依存が高まっており、国産の低炭素ガスへの関心が高まりやすい構造にあることだ。
もう一つ見逃せないのは、バイオメタンが国内の廃棄物活用だけでは終わらず、域内のエネルギー市場としても語られ始めていることである。足元では、シンガポールがバイオメタンの活用に向けたサンドボックスを打ち出し、輸入、サプライチェーン、需要家の受容性などの検証を進めようとしている。
もちろん、現時点で東南アジアのバイオメタン市場が一気に立ち上がると断言するのは早い。ただ少なくとも、この分野は脱炭素、資源循環、エネルギー安全保障、域内取引をまたぐ事業テーマへと広がりつつある。ここに、バイオメタンを単なる環境対応ではなく、事業機会として見る意味がある。
東南アジアでバイオメタンが注目されるのは、技術の新しさそのものではなく、既存インフラとの親和性、豊富な原料、そして脱炭素と資源循環を同時に扱える点にある。タイもその中で、有力市場の一つとして見ておくべき国だが、議論の出発点はあくまで東南アジア全体の構造である。
後編では、この前提を踏まえ、日系企業はこの領域を単なるESG(環境・社会・ガバナンス)対応で終わらせず、どのレイヤーで関与し、どこで価値を取るべきかという論点に進みたい。

Roland Berger Co., Ltd.
Principal Head of Asia Japan Desk
下村 健一 氏
一橋大学卒業後、米国系コンサルティングファーム等を経て、現職。プリンシパル兼アジアジャパンデスク統括責任者として、アジア全域で消費財、小売・流通、自動車、商社、PEファンド等を中心にグローバル戦略、ポートフォリオ戦略、M&A、デジタライゼーション、事業再生等、幅広いテーマでのクライアント支援に従事している。
kenichi.shimomura@rolandberger.com

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Senior Project Manager, Asia Japan Desk
橋本 修平 氏
京都大学大学院工学研究科卒業後、ITベンチャーを経て、ローランド・ベルガーに参画。その後、米系コンサルティングファームを経て復職。自動車・モビリティ、消費財・小売を中心とする幅広いクライアントにおいて、グローバル戦略、新規事業、アライアンス、DX等の戦略立案・実行に関するプロジェクト経験を多数有する。
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