
カテゴリー: ビジネス・経済, 食品・小売・サービス
公開日 2026.09.10
前編では、タイの暮らしを支える屋台文化を紹介したが、その裏側では物価上昇やさまざまな費用負担により、経営はけっして楽ではないという現実もある。実際のところ、屋台や食堂を営む人々の懐事情はどうなっているのか。後編ではその実態と、屋台ビジネスの今後の可能性について探ってみたい。

前編で述べた中華街で食堂を営むニットさんは2018年に知り合いが保有する建物の1階を借りて開業している。近隣は学校、企業、役所があり、観光客も含めて人どおりが多く好立地だ。学校は彼女の息子が通った私立校で土地勘もあった。
「もともと別の食堂だったので、備品がついた状態で始められたのはラッキーです」
タイ屋台形態の原点は天秤担ぎだったとされる。今は多くが食材を置きつつショーケースにもなる台車を使う。見栄えがよく耐久性のあるステンレス加工だと、ちょっとしたサイズでも10万バーツ近くする。
また、材質はなんであれ、屋台の車はどれも同じに見えるものの、実は店主の身長やクセを考慮した設計、つまりオーダーメイドだ。だから、案外と高額になる。もちろんタイなので安価な中古や既製モデルもある。しかし、やはり本腰を入れてやるにはオーダーメイドは必須だ。
さらに、食堂や大規模屋台だとテーブルなども用意する必要がある。それらも物価高のタイでは費用がかさむ。今やタイでもそれなりに開業資金が必要というわけだ。ニットさんはそこをかなり低額で始められた。
ニットさんの食堂は朝6時~夕方4時の営業だ。ピークタイムは満席状態が続くほどの盛況ぶり。普通のタイ食堂なので、客もせいぜい15分程度の滞在となる。前編の麺屋台店主の話をもとに1品の利益が20バーツが妥当なら、ニットさんの食堂の座席数(約30席)で推測すると、ピーク時は1時間3,000バーツ(ドリンクなどサイドメニューも含めれば)がニットさん自身の儲けになる計算だ。
あくまでもフル回転した場合の単純計算なので、平均的に1日3,000バーツの利益が見込めるとすれば、30日で9万バーツ。2025年のタイ国家統計局による社会経済・世帯調査※1においてタイ全土の平均世帯収入が2万8,308バーツの中ではかなり大きな収入といえる。


近年は屋台営業可の公道が減少した一方で、商業施設やオフィスビル、コンドミニアムで屋台を誘致しているケースが増えてきている。駐車場や施設前の広場、イベントスペースで毎月なにかしらの募集がかかっているのだ。不定期のイベントのほか、常設も見かける。
こういった民間企業が新設した屋台エリアではキッチンカー(あるいはフードトラックとも呼ばれる)という形態も少なくない。
タイではスズキやトヨタなどがキッチンカーに改造できる低価格の商用トラックを販売している。ただ、タイは自動車価格がもともと高く、ノーマル状態でも50万バーツ程度はかかり、荷台をキッチンにするには凝った設備だとさらに新車と同じくらい改造費がかかる。中古車も今は高止まりで、設備つきとはいえ30万バーツから新車同等の価格帯になるので、初期費用は決して安くない。
キッチンカーは定位置に固定して出店するよりは、週末に各地のイベントなどに参加する営業スタイルになることが多い。一般的な集客力のイベントへの出店料なら1,000バーツから数千バーツといったところとされる。
キッチンカーであればちょっと変わった料理が期待される中でハンバーガーはよく見る例だ。バンコク郊外のデパートに出ていたハンバーガー・カーの店主によれば、1日5万バーツを売り上げた日もあったという。キッチンカーは軌道に乗るまで初期投資の回収はできないものの、売上はかなり大きい。
当然ながら、そういった開業資金が厳しいなら手押し車の小さい屋台からコツコツ始めるしかない。公道が難しい昨今とはいえ、裏技だが歩道などに屋台を出す方法がある。スペースは小さいものの、歩道に面したタウンハウス(タイ式長屋)などの軒下を利用するのだ。歩道上ではあるが突き出た軒の下までが私有地という、土地登記の穴をついた出店方法である。

屋台や食堂の商売がうまく回り始めると、さらにあらゆることが好転していく。
たとえば、市場に毎日仕入れに行っていたのが、懇意になった卸しが店まで配達してくれるようになる。仕込みの時間が取れるので、味にいい影響が出るのは間違いない。人気店になれば人間関係も広がるので、空き店舗やイベント情報が手に入りやすくなるという効果もある。
バンコク郊外のある商業施設はフードコート、イベントスペースには外部で実績がないと出店できないという厳しい条件を課すくらいで、ビジネスが軌道に乗ればいろいろな意味で余裕が生まれるのだ。時間もできるので、新たなメニューやサービスを考えたり、店舗拡大も視野に入ってくるだろう。
先述の食堂店主のニットさんの店の予想利益は、あくまでも一般的なタイ料理メニューのものだ。これらに付加価値をつけたなら、もっと魅力的な利益を期待することもできる。
近年では屋台もタイ料理だけでなく、ケバブやステーキ、スイーツ、韓国料理、寿司など世界各国の料理も目にするようになった。こういったものであればひとつ100バーツ以上の設定でも飛ぶように売れるだろう。


消費者の相場感覚が強固なタイ料理でもまだ道はある。昨今は世界的な潮流に押され、タイでも話題性で飲食店に挑むことも可能だからだ。一例としては、SNSなどで人気のインフルエンサーとなるなど、話題先行、自身の名前や顔を売ってから飲食店を始める方法がある。屋台を先に始め、調理や接客をパフォーマンス化して話題になることでも売上に影響していることが実際にある。
SNSなどで発信・宣伝が気軽にできる時代になったため、大通り沿いや駅前といった、かつては繁盛させるために必須だった立地条件も昔ほどは問われない。ほぼバンコク郊外ともいえるラムカムヘン通りでは地元民向けナイトマーケットがあり、1週間~1ヶ月の短期契約のほか、1日だけ利用できるスペースもあって、試しに挑戦する人もいる。
東北部の農村出身女性エムさんは、田舎で何年も屋台を経営してきたがその地域住民に購買力がなく、食事は自宅でする文化が残っていたので、試験的にバンコクに進出した。「屋台も結局はバンコクなど都市部が望ましい」と彼女はいう。ラムカムヘンは郊外とはいえ都会なので人も多いし、学生も少なくないので手軽でおいしいものへの欲求が強く、アイデア次第ではまだまだ期待できる。
老舗や実力派の場合、グルメガイド『ミシュラン』のビブグルマン部門に選ばれるとまた客足が変わってくる。『ミシュランガイド・バンコク2018』の初版より安価な料理店向けのビブグルマンが始まっており、中には屋台や食堂などのストリートフード系も多数選出される。
歩道など公共エリアでの屋台開業はすでに困難ではあるものの、屋台需要を見込んだ商業施設、ナイトマーケットなどが今はスペースを提供してくれるので、今後さらにおもしろいコンセプトの屋台街ができる余地もパワーもニーズもタイには十分ある。「なくなる」と20年もいわれてきてもなお生き残るタイ屋台だ。タイ国内外にタイ屋台を求める人はいまだ多く、なくなることはまずない。タイ屋台はまだまだおもしろいのである。

参考:

髙田 胤臣 氏
タイ在住ライター。初訪タイ98年、移住2002年9月~。著書に『だからタイはおもしろい』(光文社新書)、『亜細亜熱帯怪談』『タイ飯、沼』(ともに晶文社)、『裏の歩き方』シリーズ(彩図社)などのほか、電子書籍をAmazon kindleより自己出版。書籍、雑誌、ニュースサイトで東南アジア関連の記事を執筆する。YouTubeチャンネル「バンコク・シーンsince1998│髙田胤臣」でも動画を公開中。
