【人・組織編 第1回】タイ拠点をどう作り変えるか 〜AI時代、問われるのは「変革リーダーの覚悟」

THAIBIZ No.173 2026年5月発行

THAIBIZ No.173 2026年5月発行いま、日本のスタートアップがタイに向かう理由

この記事の掲載号をPDFでダウンロード

最新記事やイベント情報はメールマガジンで毎日配信中

【人・組織編 第1回】タイ拠点をどう作り変えるか 〜AI時代、問われるのは「変革リーダーの覚悟」

公開日 2026.05.11

市場環境の悪化と生成AIの登場により、在タイ日系企業はこれまでにないスピードで変革を迫られています。本連載【人・組織編】では、変革を“組織論”ではなく、“人とリーダーシップ”の視点から捉え直します。人・組織編第1回は、なぜ今変革が不可避なのか(Why)を整理し、次回以降、誰をどう巻き込み、何をどう進めるのか(What/How)を具体化していきます。

変革を迫られるタイ拠点、その現実

「本社からは『タイ拠点を変えろ』『新しい成長機会をつくれ』と言われる。しかし現実には、品質問題への対応、顧客対応、社内調整、本社向け報告で一日が終わる」。在タイ日系企業の経営層や駐在員の方々と話していると、こうした声を耳にする機会が確実に増えています。

背景にあるのは、タイ市場の構造変化です。タイはもはや「安価な生産拠点」でも「黙っていても日本製品が売れる市場」でもありません。タイ投資委員会(BOI)認可ベースで見るとデジタル産業への投資額は2024年の952億バーツから2025年に5,529億バーツへと約5.8倍に拡大しており、競争の前提そのものが動いています。

この環境で求められる変革は、単なる改善活動ではありません。新規価値の創出、あるいは従来の延長線では到達できないレベルのオペレーション改革です(図表1)。

出所:アビームコンサルティング(タイランド)が作成

そして、その変革を「やるべき」から「やらねばならない」に変えたのが、生成AIの登場でした。AIは文章作成を速くするだけでなく、ツールやデータと連携しながら仕事を前に進める存在へと進化しつつあります。変化のスピードは、これまでとは比べものになりません。

では、なぜ多くのタイ拠点は変革の実現に苦戦するのでしょうか。理由は、戦略や組織図の前にあります。

変革は、“ひとりの視座が高い経営者”だけでは実現しない

変革は一人では進みません。どれだけ正しい構想があっても、共に動く仲間がいなければ組織は変わらないからです。仲間を増やすには、日頃からの関係性、分かりやすいメッセージの発信、挑戦を許容する心理的安全性が欠かせません。前号(THAIBIZ 2026年4月号)でも、変革の中心は技術ではなく「ヒト」であり、全メンバーの自分事化・超主体性が推進力になると整理しました。

しかし在タイ日系企業には、日本人とタイ人が共に働く難しさがあります。言語や文化の違いが、「伝える」「説明する」「対話する」ことのハードルを知らず知らずのうちに引き上げてきました。

「英語にしてから送らなければならない」「誤解されるくらいなら、今回は言わない方がよい」—こうした判断が積み重なると、変革の構想は一部の人の頭の中に留まり、仲間が増えないまま時間だけが過ぎていく。変革が止まる理由の多くは、ここにあります。

生成AIが壊した「巻き込みの壁」—コミュニケーションコストの破壊

ここで、生成AIの意味は大きく変わります。生成AIは、単なる業務効率化ツールではありません。たとえば、

・日本語で書いたメモを、その場で自然な英語・タイ語に整える

・会議の要点を自動で整理し、誰が読んでも分かる形で共有する

・口頭の説明をそのまま文章化し、翻訳まで済ませる

こうしたことが、特別なITスキルなしに、ほぼリアルタイムでできるようになりました。つまり、これまで巻き込みを止めていた「伝える手間」「翻訳の負担」「説明資料づくり」の前提が崩れ始めています。生成AIは、変革における最大のボトルネックだった“伝えること”の負担を一気に下げる—言い換えれば、コミュニケーションコストの破壊を起こしました(図表2)。

出所:アビームコンサルティング(タイランド)が作成

だからこそ今、変革リーダーに問われているのは「できない理由」ではありません。考えを言語化し、短いサイクルで発信し、対話を増やし、仲間を増やし続ける覚悟があるかどうかです。

最初の一歩は、「仲間を増やす時間」をつくること

最初の一歩は、気合や根性ではありません。仲間づくりに使う時間を、意図的に生み出すことです。

そのためにまず、日常業務のうち判断基準が明確で再現性の高い作業—集計、報告資料の下準備、論点整理、翻訳などを、適切な統制のもとでAIや標準化に委ねる。そこで生まれた時間を、「自社はタイでどう勝つのか」「誰を仲間にするのか」「何をどう伝えるのか」という変革の設計とコミュニケーションに投資します。

企業やメッセージを伝えたいターゲットとなる従業員のレイヤーによって、伝わりやすい単語・表現は大きく変わってくるはずです。そういった繊細な部分まで掘り下げて思考とメッセージを整理することが非常に重要です。

そして、生成AIの活用により、こういったトライアルをこれまで以上に“超高速で実施する”ことができるようになりました。「時間がない」「伝えるコストがかかる」と嘆いて諦める時代は終わりを告げようとしています。そして、仲間づくりに費やす時間を増やせるからこそ、より一層、伝える内容にどう意志を組み込むかが重要となります。

いまより少しでも速く、少しでも多くの人を巻き込める状態をつくる。その積み重ねが、タイ拠点の競争力を変えていきます。

次回は、どのように仲間を増やし、メンバーを動かしていくのか。タイ特有の「結局、日本人に判断を仰いでしまう」壁を、AIと組織設計でどう越えるのかを、具体的に掘り下げていきます。

ABeam Consulting (Thailand) Ltd.
Director

木口 郷 氏

商社、金融、製造業等、業界問わず、IT/DX戦略・企画領域から大規模システム導入プロジェクトに至るまで、ITライフサイクル全般に対するプロジェクトマネジメントを中心に15年以上のコンサルティング経験を持つ。グローバル企業に対するIT/DXガバナンス強化、システムリスク管理態勢強化、人材育成、IT-PMI等に関するアドバイザリー経験多数。
2024年9月よりABeam Consulting (Thailand) に赴任し、組織変革等のコーポレートストラテジーに携わりつつ、AI Initiativeを立ち上げ、AI人材の育成やAIプロジェクトの獲得に向けたアクション、社内でのAI利活用等をリード。

ABeam Consulting (Thailand) Ltd.
Senior Manager

伊藤 一磨 氏

DX推進支援ロードマップや新規事業策定、BPRシステム構想策定・導入など、デジタル×事業のコンサルティングを経験。人的資本経営サービスの東南アジア地域リードとして、在東南アジアの日系企業に対する人事制度策定・人材要件定義・人事部強化を中心に支援。

ABeam Consulting (Thailand) Ltd.

日本発、アジア発のNo.1グローバルコンサルティングファームを目指し、専門知識と豊富な経験を持つ約8,300名のプロフェッショナルと世界各地のアライアンスパートナーの「総合力」でクライアントの変革実現への挑戦を支援。タイ法人は2005年に設立。500名超のコンサルタントを抱え、東南アジア最大規模の拠点。

Website : https://www.abeam.com/th/

THAIBIZ No.173 2026年5月発行

THAIBIZ No.173 2026年5月発行いま、日本のスタートアップがタイに向かう理由

この記事の掲載号をPDFでダウンロード

最新記事やイベント情報はメールマガジンで毎日配信中

Recommend オススメ記事

Recent 新着記事

Ranking ランキング

TOP

SHARE