公開日 2022.09.20
タイの東部経済回廊(EEC)事務局と日本貿易振興機構(ジェトロ)バンコク事務所は8月31日、「EECにおけるビジネスチャンス」と題するセミナーをオンラインとオフラインのハイブリッド方式で開催した。特にEEC域内の大型プロジェクトの進ちょく状況や、先端技術の研究開発拠点「EECイノベーション(EECi)」の役割などについての報告があった。また、クルンテープトラキ紙は8月17日にEECに関するセミナーを実施。今号のFeatureでこの2つのセミナーを併せて紹介する。
目次
EEC事務局とジェトロ共催セミナーではまず、外務省次官や駐日タイ大使などの要職を歴任し、現在、EEC事務局の特別アドバイザーを務めるシハサック氏が「EEC域内での開発プロジェクトの進展状況と投資促進・支援スキーム」をテーマに講演。チャチュンサオ、チョンブリ、ラヨーンの東部3県にまたがるEECは、タイ経済の再構築と活性化を目指す「タイランド4.0」開発戦略の中核に位置し、ハイテク、イノベーション、ロジスティクス産業のハブとなる可能性を秘めていると強調。今後5年間はフェーズ2となり、2兆2000億バーツを目標に投資を促進していく方針を明らかにした。
その上で同氏は、EECの主要大型インフラプロジェクトの進展状況を報告。まず最も関心の高いバンコクのドンムアン、スワンナプーム(バンコク近郊サムットプラカン県)、ウタパオ(東部ラヨン県)の3空港を結ぶ高速鉄道計画(250キロメートル)は2026年に走行可能になる見込みとした。またウタパオ空港拡張計画は2025年完成予定で、年間利用客数を6000万人と予測。マプタプット工業港の第3期は環境健康影響評価が終了、2026年に供用開始の見通しで、レムチャバン港の第3期は2025年に供用可能になるとした。
さらに同氏は、「タイは2020年2月に東南アジア諸国連合(ASEAN)では初めて高速大容量規格(5G)免許の入札を実施した国だ」と指摘した上で、5GはEEC全域をカバーしているとアピール。EECでは「インダストリー4.0に向けた産業の転換を進めており、システムインテグレーターやデジタルソリューション開発などの新ビジネスが期待されている」などと訴えた。
続いてシハサック氏は、EEC内に設定した7つの特定産業投資奨励ゾーンを紹介。
具体的には「 EEC航空(EECa)」=ラヨーン県ウタパオ空港、「EECイノベーション(EECi)」=ラヨーン県ワンチャンバレー、「EECデジタル(EECd)」=チョンブリ県シラチャ、「EEC医療ハブ(EECmd)」=チョンブリ県バンラムン「EECゲノミックス(EECg)」=チョンブリ県ブラパー大学、「EEC高速鉄道(EECh)」、「EECテックパーク(EECtp)」=ラヨーン県バンチャン-の7カ所の概要を報告した。
EEC地域での投資恩典については、税制面とそれ以外の恩典とに整理した上で、①規制サンドボックス=対象産業への投資を促進するための最適な法規制や手続きの策定を目指すテストエリア ②EECワンストップサービス=デジタルチャネルを通じた44件の許認可申請プロセス ③土地の長期リース=リース期間を30年から50+49年に延長-について説明。さらにEECaを例に具体的な支援策を紹介した。
次に、ジェトロバンコク事務所の黒田淳一郎所長が「アジア未来投資イニシアチブと日本&タイの企業への支援スキーム」について講演した。同氏によると、ジェトロとEEC事務局は、2022年1月に日本企業のEECへの投資を促進するための協力の枠組みを確立するための覚書に調印。同氏は「この覚書に基づき、日系企業のEECへの進出を加速させたい」と述べた。
さらに、日本政府は2022年1月にポストコロナを見据えたアジアでの経済協力の方向性を示す新たな取り組みとして、アジア未来投資イニシアチブ(AJIF)を発表したと報告。そこでは、「デジタル化の推進、イノベーションの加速、気候変動問題や都市化に伴う交通インフラの問題を含め、都市と地方のサステナビリティーの重要性の高まりといったASEAN地域での変化を踏まえ、未来志向の新たな投資を積極的に推進する」と訴えた。
これらの目標に向けた対策としては、①グローバル・サプライチェーンのハブとしての地域の魅力向上 ②持続可能性を高め社会課題の解決に資するイノベーションの創出-など将来ビジョンの実現に向けて、サプライチェーン、連結性、デジタル・イノベーション、そして人材への投資を強化すると説明。これらの狙いに沿ったソニーグループや富士フイルムなどの日本企業のタイでの取り組みの具体例も紹介した。
その後、「特定産業投資奨励ゾーンにおけるビジネス機会について」をテーマにしたパネルディスカッションが行われ、①EECi ②EECh ③EECa-の3つの投資奨励ゾーンの担当機関の幹部がそれぞれの進ちょく状況を報告した。
まずEECiを担当するタイ国立科学技術開発庁(NSTDA)のジェーングリット副長官は、「EECi: BCG経済発展を支えるイノポリス」と題して、バイオ・循環型・グリーン(BCG)経済発展に向けたEEC内のエコシステムについて説明。同氏はEECiについて、ラヨーン県ワンチャンバレーの約5.5平方キロメートルの土地にNSTDAと国営タイ石油会社(PTT)が共同開発したもので、「科学技術やイノベーションが充実した都市である茨城県筑波市のコンパクト版を思い浮かべてほしい」と表現した。EECi本部内には科学者のコミュニティゾーンや、大学がある教育ゾーン、「シンクロトロン光(真空中で光速に近い速度で直進する電子が、その進行方向を変えられた際に発生する光)」発電機と無人搬送車の試験場を併設したイノベーションゾーンもあると述べた。
続いて、ウタパオ・インターナショナル・アビエーション(UTA)のウィーラワット最高経営責任者(CEO)が「EECa:ウタパオ国際空港と東部空港都市プロジェクト」のタイトルでウタパオ空港都市の計画を紹介。同氏は「ウタパオ空港都市の面積は6500ライ(1ライ=1600平方メートル)の広さがあり、陸、海、空すべてのチャンネルの旅行をシームレスに接続する。ターミナルビル、航空貨物・ロジスティクス、空港都市という3つの部分に分かれている。成田国際空港会社がナビゲーターとなり、ウタパオ空港をどのように発展させるかを提案してくれたことに感謝している」と語った。
最後に、EEChの運営会社であるアジア・エラ・ワンのサーラ社長が、3空港間高速鉄道について改めて説明。「この高速鉄道プロジェクトは、3つの主要空港を結ぶ官民連携(PPP)型のプロジェクトだ。駅周辺を発展させるための投資を誘致する。高速鉄道沿線の経済活性化を目的とした公共交通指向型開発(Transit-Oriented-Development)により10万人以上の雇用を創出し、50年契約で3兆7800億バーツの経済価値を創出すると期待されている」と述べた。
タイ紙クルンテープトラキは8月17日、「EEC: NEW Chapter NEW Economy」をテーマとするセミナーを開催した。タイ政府側からアーコム財務相が基調講演したほか、東部経済回廊(EEC)事務局のカニット事務局長、国家デジタル経済促進事務局(DEPA)のナタポン局長が講演した後、民間企業幹部がスピーチした。
アーコム財務相は、タイの国内総生産(GDP)について、「産業界によるEEC投資はタイ経済を動かす原動力になり、今後4年間(2023年~2026年)はタイの経済成長率は5~10%も可能だ」と予測。また、現在タイのGDPの50%はバンコク首都圏で、残りのうち10~20%はチャチュンサオ、チョンブリ、ラヨーンのEEC3県からだとした上で、タイ政府としては、成長地域を分散させるとともに、EECを自らで持続可能な都市にすることを目指しているとの認識を示した。
EECのカニット事務局長は、「EECへの投資額は当初、2022年までの5年間で1兆7000億バーツが目標だったが、2018~2021年の4年間だけで1兆8000億バーツの投資が承認された。また、2018年~2022年6月まででは政府が重点分野とする10の『Sカーブ』産業への投資承認額が全体の70%を占めた。このうち5つの『新Sカーブ』産業の比率は36%。特に2022年1~6月は新Sカーブ産業が49%増加しており、将来産業への投資が増えていることが分かる」との認識を示した。
同事務局長は今後について「EECへの年間投資額が4000億〜5000億バーツとした場合、EECの経済成長率は年率7〜9%になるだろう。今後5年間(2023~2027年)のEECへの合計投資額が約2兆2000億バーツとなった場合、タイ全体のGDPは年率4〜5%伸び、2029年までにタイは中所得国の罠から脱し、先進国になることも可能だ」との見通しを示した。
DEPAのナタポン局長は、タイ政府が重点分野とする「Sカーブ産業の1つがデジタルだ。デジタル技術はあらゆる産業と連動する。政府はすでにかなりのデジタルインフラを整備しており、今後は実際に活用することが重要だ」と強調。デジタルのキーテクノロジーは「ビッグデータ」「人工知能(AI)」「ブロックチェーン」であり、高速大容量規格「5G」についてはタイが先行したものの、海外の企業も例えば医療サービスや物流分野など5Gの新しい市場やソリューションを探していると述べた。
一方、民間企業からはまずタイの工業団地・倉庫業大手WHAコーポレーションのナタパット最高財務責任者(CFO)が「タイは地理的に世界の物流ネットワークにつながるポイントに位置している。レムチャバン深海港への鉄道輸送をはじめ、ウタパオ空港の開発、タイ湾とアンダマン海をつなぎ、物資の積み替えをサポートするランドブリッジ開発などだ」と強調。また、「地球温暖化への対応など世界的トレンドを背景に次のフェーズでは電気自動車(EV)、太陽光発電、蓄電システム、二酸化炭素貯蔵システムなど、クリーンエネルギー関連事業が盛んになり、タイは将来、世界生産拠点になる準備しつつある」と述べた。
このほか、不動産大手オリジン・プロパティ―傘下のオリジンEECカンパニーおよびワン・オリジン・カンパニーのピティー最高経営責任者(CEO)は、EECは官民双方からのメガプロジェクト投資が見込める場所であり、さまざまな分野のタイ国内外の起業家が集まり、絶えず投資資金が流れ込んでいると指摘。さらに、「EECは可能性のある雇用市場であり、従来型の製造業と新しい産業の両方が技術関連の新しい雇用を生んでいる。インフラと輸送に加え、住宅やホテル、商業ビジネスなどのサービス需要も増加しつつある」との認識を示した。
TJRI編集部
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