公開日 2022.12.22
TJRIでは、東洋大学と連携し、10月〜11月にかけて在タイ日系企業に勤めているタイ人従業員を対象にアンケートによる意識調査を行い、合計900名を超える方々から回答を得ることができました。ご協力をいただいた皆様、本当にありがとうございました。
本アンケート調査では、転職率を下げて定着率を上げるための糸口を探るためには「エンゲージメント」が重要なキーワードだと考え、従業員エンゲージメントを向上するために必要と思われる5つの要素のうち、在タイ日系企業ではどの要素が影響するのかを調査しました。今回は、そのアンケート結果をもとに在タイ日系企業におけるタイ人従業員の人材マネジメントの効果的な取り組みについて、これまで延べ12,000人以上の日本人とタイ人に研修を行ってきたmediator代表のガンタトーンが解説します。
なお、本解説は、以下研究の一部の情報を参考としています。
桶川理恵(2023)「タイ日系製造業の従業員エンゲージメント~ホワイトカラーとブルーカラーの比較~」2022年度 東洋大学修士学位論文
アンケート実施時期:2022年10月〜11月
対象:在タイ日系企業に勤めるタイ人従業員
設問数:属性に関する質問8問+エンゲージメントに関する質問39問
有効回答数:916件
分析方法:SPSSを使用して統計分析
アンケートを実施するにあたり、従業員エンゲージメントを高めるためには以下の5つの要因が影響するのではないかと仮説を立てました。各項目の概要は以下の通り。
1)組織への一体化
会社を自分ごととしてとらえ、会社に属しているという意識の強さをはかる項目
2)意思決定の関与
自分の判断で仕事ができ責任ややりがいを感じているか、自分の強みを生かせているか、どの程度仕事の意思決定に関与しているかをはかる項目
3)自己成長への取り組み
自分のキャリアの方向性を理解し、自己成長やキャリアの目標達成のためにすべきことを理解しているかをはかる項目
4)上司との適度なコミュニケーション
上司が目標をしっかり伝え、今後の育成の方向性を示し、メンバーの意見を吸い上げているかをはかる項目
5)ワークライフバランス
会社はワークライフバランスを促進し、プライベートな時間を十分に確保できているかをはかる項目
5つの要因を在タイ日系企業のホワイトカラーとブルーカラーに分けて調査したところ、ホワイトカラーの従業員のエンゲージメントを高める要因は、「組織への一体化」「意思決定への関与」「自己成長への取り組み」「ワークライフバランス」の4つで、「上司との適度のコミュニケーション」はあまり影響を与えないという結果になりました。
一方ブルーカラーでは、5つの要素のうち、「意思決定への関与」「自己成長への取り組み」「ワークライフバランス」の3つが重要で、「組織への一体化」と「上司との適度のコミュニケーション」はエンゲージメントにはあまり影響を与えないという結果でした。
ガンタトーン:タイの階級社会を反映した結果だと思います。ホワイトカラーは、基本的には中流層以上の学歴社会です。就職するにあたって親の影響が大きく、会社選びの基準は、その会社のイメージや認知度、勤務場所を重視します。そのような基準で選んだ会社で働くことは一種のステータスであるため、会社に属しているという認識が強く、「組織への一体化」がエンゲージメントに影響しているのだと思います。
一方ブルーカラーは、基本的に工場勤めであり、華やかな場所ではありません。もともと階級コンプレックスがあるため、会社の一員として自分が受け入れられるとは期待しておらず、エンゲージメントにはあまり影響しないのでしょう。
ガンタトーン:まず、日系企業の場合、日本人が上司でタイ人が部下であることがほとんどです。日本人とタイ人では言語の壁があるため、圧倒的に会話量が少なく、タイ人従業員も本当は日本人上司とコミュニケーションをとりたいと思っているもののうまくとれないため、あまり期待していないということの表れだと解釈しました。仮に今回の調査対象が、タイ企業(上司も部下もタイ人)だと別の結果になるのではないでしょうか。
今回はエンゲージメントには影響を与えないという結果でしたが、コミュニケーションはその他の要素(組織への一体化、意思決定の関与、自己成長への取り組み、ワークライフバランス)のアウトプットを行うためのプロセス(ツール)であるため、けっして疎かにしていいということではありません。
ガンタトーン:タイは日本の合意社会とは対極のトップダウン社会ですが、意思決定の段階で仕事の細分化と議論の時間を設けることが重要です。例えば、上司は業務のプロセスの方向性を部下に示し、部下の能力を見極めた上で、本人にできる範囲で判断を任せます。タイ人も自分で判断することで意思決定に関与していると感じることができ、徐々に自ら考えて動くことができるようになります。この時、注意が必要なのは、たとえ部下が失敗しても上司の自分が責任を取ること、失敗を責めないことです。もしここで責めてしまうと、部下は失敗を恐れ、次のチャレンジをしなくなるでしょう。
日系企業に勤めるタイ人からよく聞くのが、「日本人だけで意思決定をしないで欲しい、日本人はタイ人にホウレンソウ(報告・連絡・相談)を求めるのに、日本人はタイ人にホウレンソウをしてくれない」という声です。こうした思いを持っているタイ人は、意思決定に関われないので、相対的にエンゲージメントは低いです。もちろん、日本人もタイ人に隠したいと思っている訳ではありません。意識して共有できてない、あるいはそこまで目がいっていないことがほとんどですが、それがタイ人にとって、日本人は何を考えているかわからない、自分達は蚊帳の外だと感じさせてしまう一因となっています。
ガンタトーン:企業における上司と部下のコミュニケーションの目的は、従業員が自己成長できるかどうか、ワークライフバランスがとれているかどうかなどを確認する手段の一つ。日本企業は、長く勤めることを求める傾向にあり、勤務年数が評価基準のウエイトを占めているところがまだまだ多いのではないでしょうか。まずは、従業員がどうありたいかをお互いに認識する時間をもうけることが重要で、その上で半年や1年など短期スパンでの自己成長の話をして、少し先の未来の姿を見せてあげることが大切です。それがなければ、従業員は何も言わずに辞めてしまいます。
「能力で評価してしまうと長年勤めてくれている従業員が気分を害してやる気をなくすので、どうしたらいいかわからない」という質問も日本人から受けますが、そもそも長く勤めて欲しいのか、仕事ができる人が欲しいのか、会社として評価軸を定めることが重要です。仕事に対して意欲があり、能力のある人を評価する仕組みがあれば、優秀な人材が簡単に辞めることはないでしょう。
在タイ日系企業で「現地化」という言葉をよく聞きますが、これも実際にできている会社は少ないと感じています。日本企業も現地化していきたいという思いはあるものの具体的なプランに落とし込めておらず、現地化ができていないのではないでしょうか。よくあるのが、現地化といって、優秀なタイ人よりも現地にいる日本人を採用するケースです。こうなると、結局優秀なタイ人従業員は諦めて退職してしまいます。現地化がうまくいっている会社の特徴の一つは、国籍に関係なくアウトプットで評価していることです。
TJRIでは、タイ企業やタイ人と働く上で必要なポイントを押さえたビジネス・セミナー(基礎講座)を定期的に開催しています。例えば…
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TJRI編集部
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