「ドクターヘリの普及」を目指し、業界特有の営業スタイルで信頼を築く

THAIBIZ No.175 2026年7月発行

THAIBIZ No.175 2026年7月発行打倒・競合!カルビーの大構造改革

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「ドクターヘリの普及」を目指し、業界特有の営業スタイルで信頼を築く

公開日 2026.07.10

救急医療や防災などの最前線で活躍する、川崎重工業のヘリコプター「H145//BK117 D-3」。名機として名高いこの機体を、東南アジアやオセアニア地域で広げるべく、日々奔走する川崎重工業(タイランド)の佐野健紀氏。現在の市場と業界特有の営業の形、そして営業ヘッドとして描く夢とは。赴任から1年が過ぎた同氏に、タイ駐在の経験と自身のこれからについて聞いた。

佐野 健紀 氏
Kawasaki Heavy Industries(Thailand)Co., Ltd.
Head of Sales For Southeast Asia and Oceania, KHI Helicopters


2009年に川崎重工業株式会社に新卒入社。国内官公庁向けの航空機関連事業でキャリアを積み、2025年5月より川崎重工業(タイランド)に赴任。営業ヘッドとして「ヘリコプター・航空」部門の東南アジアとオセアニア地域での営業を担当。タイ人部下の育成にも力を注ぐ。

ものづくりの根幹を支える重工業の技術力

Q. 川崎重工業(タイランド)の事業内容について教えてください

当社の設立は1970年です。2005年に一度閉鎖し、2014年に再開して2019年に現地法人化しました。東南アジアやオセアニア地域の市場調査や営業活動の拠点となっています。川崎重工はモーターサイクルのイメージが強いかもしれませんが、ラヨーン県にモーターサイクルの生産工場を持つカワサキモータースとは異なる役割を担います。当社のバンコク事務所では、モーターサイクル以外の「へリコプター・航空」「ガスエンジン・ガスタービンなどのエネルギー」「破砕機」「ボイラー」の4部門を担当。駐在員7名とタイ人スタッフ8名の計15名体制で、私はヘリコプターをメインに、航空機全般も担当しています。

Q. ご自身の経歴についてお聞かせください

重工業のキャリアを選んだのは、日本のものづくりの根幹となる技術力に魅力を感じたからです。2009年当時、「メイド・イン・ジャパン」が世界を席巻するなか、海外で活躍できる点にも惹かれました。入社以来、官公庁向けの航空機関連の業務を担当し、昨年5月にタイへ赴任しました。国内の官公庁から海外の民間ビジネスへと、働く環境も業務内容も大きく変わりました。所属する「ヘリコプター・航空」部門は、駐在員2名とタイ人スタッフの3名体制で全員が営業を担当し、顧客の9割以上は非日系企業が占めています。

スモールワールドな業界で信頼関係を築く

Q. ヘリコプターの営業の進め方とは

ヘリコプターはBtoBでも非常に顧客層が限られた製品です。そのため、公開データから保有する会社や機関、使用目的などを調べるという、通常のマーケティングに近い手法から始めます。そこからアプローチ先を絞り込みますが、直接の連絡が難しいケースも多く、知人やコネクションを通じて関係を深めるのが特徴。要望をヒアリングして提案し、契約までには年単位の時間がかかります。

主力機はエアバス・ヘリコプターズ社と共同開発した「H145//BK117 D-3」という中型双発機です。軽量から大型の機体まで数多くあるなか、中間のサイズに位置し、警察、消防、人員輸送など幅広い用途で使われています。日本のドクターヘリの約半数がこのBK117シリーズで、国内で高い評価をいただいていますが、海外展開はこれからの段階です。現在、川崎重工製として運行している機体数は143機(2025年12月時点)。国内77機、東南アジア・オセアニア地域54機が稼働しており、この地域の数字を伸ばすのが目標です。

Q. 顧客の大半が現地企業であるなか、心がけていることは

オセアニアは価格と品質のバランスが重視される一方で、東南アジアやタイでは「まず人として認められるか」「信用できる人間か」が先にあります。製品を売る前に自分自身を信頼してもらうことが重要で、家族ぐるみの付き合いもあり、30〜40年前の日本の営業スタイルに似ているかもしれません。

そのため、タイではタイ語、ベトナムではベトナム語という風に、相手の母国語をできるだけ使うよう心がけています。英語は広いつながりをつくる言語、現地語は顧客との関係を深める言語と捉えていて、心の開き方がまったく違ってくると感じています。

Q. 業界特有の営業スタイルについて

ヘリコプターを購入する層は限られているため横のつながりが強く、「スモールワールド」と表現される業界です。こちらの対応がほかの顧客に伝わってしまうことも少なくありません。長期にわたる関係性は百貨店の外商に近いイメージでしょうか。深く密接に付き合いながら希望を汲み取り、よりよい提案へとつなげていきます。

一方で、決裁権を持つトップだけでなく、実際に機体を運用するパイロットや整備士とも仕様について細かく話し合う必要があります。ドクターヘリでは日本本社の医療分野とも連携し、医療全体のソリューションとして課題解決を提案することも意識しています。

Q. タイ人とのコミュニケーションで戸惑ったことは

赴任して間もない頃に気づかされたのは「先入観を持って接してはいけない」ということでした。当社のタイ人スタッフは活発に意見を交わして結論を導く、いわゆる欧米スタイルを大切にしているのですが、私は当初「タイ人はあまり自己主張しない」と思い込んでいました。「彼はそうではない」と気づいてからは、国籍や属性で固定観念を持たず、その人の個性を見て向き合うよう努めています。関わるすべての方に謙虚に接する大切さを、タイに来てより強く意識するようになりました。

川崎重工製のドクターヘリをタイに普及させたい

Q. 現在のヘリコプター市場とご自身のやりがいについて

ヘリコプターは非常に高価で、購入後は20〜30年と長く使っていただけるうえ、ドクターヘリであれば人命救助に貢献できる点も大きなやりがいを感じます。航空・宇宙産業は高市政権が掲げる重要分野のひとつに位置付けられ、重量あたりの製品価値は乗用車の100倍ともいわれる。単に売るだけでなく、新しい産業につながる可能性も魅力です。最大の目標はタイや東南アジア地域に当社の「BK117」をドクターヘリとして導入、普及させることです。

タイにもドクターヘリは存在していますが、数は多くありません。また多くは欧米製の機体で、東南アジア市場への日本製の導入は発展途上です。まずは同市場への「普及」を、そして欧米製からの「切り替え」の両軸で進めており、すでに普及が進むオセアニアでは、欧米製からの「切り替え」を重点にしています。航空機の世界に根強く残る「欧米製が主流」という認識を変えていくのが、私にとっての大きな挑戦です。

Q. 「普及」と「切り替え」の取り組みとは

タイでのドクターヘリ普及には補助金制度の整備が課題のひとつです。そこで競合のエアバス・ヘリコプターズ社、レオナルド社、ベル社とは、企業の枠を越えて連携し、業界全体でタイの官公庁に制度の導入を働きかけています。巨大グローバル企業と協働する機会は学びの連続で、赴任したからこその経験でもあります。切り替えを進めるうえでは、「自社で独自開発した機体を多く持つ」という川崎重工の技術力を最大の強みとして訴求。品質や価格、納期などのハード面はもちろん、定期的な顧客訪問など日本らしいきめ細かなアフターサポートも評価され、手応えを感じています。

Q. 今後の展望は

赴任後は大企業の一部門というより、別の中小企業で働くような気持ちでいます。日本的な指示命令に縛られず、現地スタッフの長所を活かしチームを動かす。この視点はいずれ帰任後も活かしたいです。長期的には日本の優れた航空宇宙分野の技術や製品を世界へ広めることに関わり続けたい。日本にいる頃から「負けて勝つ」という言葉を心に留めていますが、これは目先の不利益にこだわらず、最終的に何につながったかを大事にする考え方です。“点”で見れば負けたとしても、長期的な“線”で捉えれば、意味を成すことがある。タイでの経験も、“線”となり今後につなげるべく、日々の業務に真摯に取り組んでいます。

>> 連載「在タイ日本人駐在員の挑戦」の記事一覧

THAIBIZ編集部
杉浦亜希子

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