連載: 日タイ経済共創ビジョン
公開日 2024.09.23
「学問を発展させ、産業の振興に寄与し、経済・社会に貢献する」を理念として2007年6月に開学したのが泰日工業大学(TNI)だ。日本的「ものづくり」思想のもと、専門能力、英語・日本語力、ビジネス実務など社会人基礎力を重視し、実践的な技術と知識を兼ね備えた学生を育て、主に在タイ日系製造企業に送り出してきた。そして、タイの産業構造、タイ人学生の価値観が時代とともに変化する中で新たな取り組みも始めている。2023年1月に第4代学長に就任したランサン・ラートナイサット准教授にTNIの現状と課題などについて話を聞いた。
(インタビューは8月27日、聞き手:mediator ガンタトーンCEOとTHAIBIZ編集部)
目次
ランサン学長:泰日工業大学(TNI)は2007年に泰日経済技術振興協会(TPA)によって開設された。TPAは1973年に、元日本留学生、特に日本の国費留学生が中心となり、日本からタイへの最新技術と知識の移転、普及、人材育成を行うことを目的に創設された非営利団体だ。当時、タイでは反日運動があり、対日感情が悪化しつつあった時期で、日タイの架け橋となる機関を作ろうという認識が高まり、通商産業省(現経済産業省)の主導で日本側に日・タイ経済協力協会(JTECS)が1972年に設立され、社会教育家の穂積五一氏が理事長に就任した。そして、タイ側ではソムマーイ・フントラクーン氏(元大蔵大臣)などが尽力してTPAが設立されたが、設立当初から将来、大学を作ろうという構想があった。
TNIの開学にあたっては、在タイ日本大使館、日本貿易振興機構(ジェトロ)バンコク事務所、バンコク日本人商工会議所(JCC)、国際協力機構(JICA)、海外産業人材育成協会(AOTS)、タイ国日本人会などの団体に支援してもらった。そして、日本企業からはどのような教育方法が良いか、どのようなコースを設置すればよいかなどのアドバイスをいただき、設備や機械の寄付、スカラーシップ、インターンシップ、雇用機会を提供してもらった。
ランサン学長:泰日工業大学(TNI)は当初、工学部、情報技術学部、経営学部の3つの学部でスタートしたが、現在は、グローバル・コミュニケーション学部と泰日国際学院(Thai – Nichi International college 英語使用コース)が加わり5学部の体制になっている。現在、大学院を含め全部で25のカリキュラム(履修課程)がある。さらに、社会人向けには9つのプログラムがある。2025年には、「ビジネス産業向けデジタル技術学部」を開設予定だ。
「ものづくり」教育の方法は、「現場」「現物」「現実」「原理」「原則」の5つの「GEN」というコンセプトから始まっている。すべての学生は単に理論を学ぶだけではなく実践的なノウハウを学ばなければならない。そして、「3PBL+P」と呼んでいる学習方法がある。「Project-based learning」「Problem-based learning」「Practice-based learning」、そして、「Personalize learning」だ。学生は特に「5S=整理、整頓、清掃、清潔、躾(しつけ)」「カイゼン」「PDCA」「組織診断」などの日本の労働コンセプトを学ばなければならない。
そして全学生は1学期間の企業インターンシップへの参加が義務付けられている。TNIは約1000社の企業ネットワークを持っており、学生をインターンとして送り出している。この企業ネットワークの70%は日系企業だ。
また、現在約3500人いる全学生は少なくとも5つのコースの日本語を学習し、日本のコンセプトと精神を身につける必要がある。TNIには現在、約30人の日本語教師がいて、そのうち10人以上が日本人だ。タイと日本の企業の需要に合わせて日本語と日本人のことが分かるタイ人のエンジニアを育成することができる。
ランサン学長:研究開発では各学部が、Center of Research Excellent(CORE)を2~3つ設置しなければならないという方針を決めている。研究は企業や産業に貢献できるような「応用研究」を重視している。具体的には新素材、新エネルギー、そして工学部の「先端モビリティーと駆動力研究ラボ」で、このラボはトヨタ自動車の支援を受け、ディーゼル、ハイブリッド車(HEV)、電気自動車(EV)を研究・開発している。バッテリーEV(BEV)に関しては個人的には修理がどうなるかを懸念しており、また、重い荷物を運ぶピックアップトラックではBEVは耐えられず、現時点ではディーゼルの方が良いのではと考えている。
ランサン学長:最初に履修課程を作った時には産業界で構成される小委員会を設置し、どのような分野、語学や心構えも含めた知識やスキルが必要かなどについて助言してもらった。そして最近、大学進学を望む高校生に対し、日本企業や日本の組織で働きたいか、日本語をどの程度かについて調査したところ、日本語は依然人気があり、日本企業で働くことへの関心が高いことが分かった。
日本語コースがあり、英語とともに学んでいる高等学校は全国で約100校あり、1クラスは約40人なので、日本語を学んだ高校生は毎年4000人いる。新たに日本語コースを設置したい高校は多いが、日本語教師、特に日本人の先生が足りない。そして年2回の日本語検定試験があり、毎回5000人以上が受験しており、日本語はまだ人気がある。多くが日本のアニメから日本語を学ぶなどの影響が強い。
JCCは泰日工業大学(TNI)開校後にTNIを支援する小委員会を設置し、特に在タイ日系企業などの産業界ニーズを確認するために定期的な会合を行い、特に工学分野で新しいコースを開設すべきかどうかなど助言してもらっている。この結果、毎年、多くの卒業生が日本企業に就職しているが、それでもまだ日本企業のニーズを満たしていない。
ランサン学長:新型コロナウイルス流行前の卒業生の日系企業就職率は毎年、50~60%ぐらいだったが、コロナ期間中は、日本企業からの募集は少なかったので相当減って、欧米企業やタイ企業に就職した。最近はようやく40%ぐらいまで復活してきた。また日本企業以外に就職した卒業生で日本企業に転職したいという人も出てきている。また、日本企業以外の就職は欧米企業やタイ企業が中心で、まだ中国企業は5%、韓国企業は2%にとどまっている。
また、最近ではITに関心があるタイ人学生が増えているが、製造業に比べ、IT企業の進出は少ない。今後、日本のIT企業のタイ進出が増えてくれば、日系企業への就職は増えてくるだろう。泰日工業大学では近く工学やIT、経営学などの専門用語を日本語で学ぶ特別コースをスタートさせる計画だ。
TNIは2月と9月の年2回、さまざまな企業の雇用機会をさぐるためのジョブフェアを開催しており、毎回約70社が出展しているが、そのうち80%は日本企業で、日本から訪タイする企業も毎回5~6社ある。一方、学生は毎回700~800人が参加している。
ランサン学長:タイが人材資源を質・量ともに強化し、引き続き日本の安定的な生産ハブの座を維持することは重要だ。タイは、ベトナムやカンボジア、インドネシアなどの周辺国に比べて労働コストが高いため、ロボティクスや自動化、そして人工知能(AI)、IoTなど新技術も含め、高いスキルが求められており、リスキリング、アップスキリングが不可欠だ。泰日工業大学(TNI)は既に、「技術短大(Higher vocational certificate)」を卒業した人を対象にした2年間の社会人用の単位編入課程も開講しており、毎年200人が受講している。今後3年以内に受講者数を500人以上まで増やしたい。
タイの製造業のレベルを向上させるためには「日本スタイル」の技術大学も必要で、既に「タイKosen(高専)」がキングモンクット大学でスタートしている。ただ高専だと「学士」ではなく、「準学士」の資格しか取れず、大学へ行ってもっと勉強したい、大卒と同じ給与がほしいという学生も多い。現在は日本の円借款によって両高専に供与される援助金を財源に学費が免除されるというメリットがあるが、将来、学費を支払わなければならなくなった時、どうなるか。日本の高専と全く同じ仕組みではなく、タイ社会に合わせた「高専LIKE」「高専STYLE」にしたほうがという提案もある。また、既に文系を含め全国に約800(理工系が約530)ある職業訓練学校(Vocational School)を格上げするというアプローチもあるのではないか。TNIも数年後、高専スタイルの職業訓練学校の開校を計画している。
ランサン学長:東北大学、大阪大学、早稲田大学、芝浦工業大学など日本の77の教育機関と提携(MOU締結)している。この中には高等専門学校12校も含まれる。さらに他の国の16の大学、タイ国内の20の大学などともMOUを結んでいる。これらの提携内容は、学生や研究者の交流、短期・長期の交換留学などだ。また、タイのさまざまな公的機関、日系の団体と連携しているほか、約50社の日系企業から各種基金や教育設備等向けに寄付もいただいている。
THAIBIZ編集部
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