幹部の相次ぐ失脚で漂流し始めたベトナム政治 ~中国と類似するトップの独裁強化~

幹部の相次ぐ失脚で漂流し始めたベトナム政治 ~中国と類似するトップの独裁強化~

公開日 2024.05.07

4月26日、ベトナムのブオン・ディン・フエ国会議長が辞任した。3月にはボー・バン・トゥオン国家主席が解任されており、大物政治家の相次ぐ失脚にベトナム社会は大きな衝撃を受けている。最近失脚した政治家はこの二人だけではない。昨年トゥオンの前任者のグエン・スアン・フック国家主席も辞任しており、その他にも2名の政治局員が失脚、省書記、省長クラスの解任は枚挙にいとまがない。フエ議長、トゥオン前国家主席、フック元国家主席はそれぞれその支持基盤は異なるが、3人とも次期書記長の有力候補だった。ベトナム共産党は辞任の理由を公表しないことが多いが、5人の政治局員の解任は全て汚職が理由とされている。

中国とベトナムの政治の類似性

ベトナム共産党第13期政治局は2021年に発足した時点では18人だったが、これまでに5人が失脚し、欠員が補充されていないので現在は13人になってしまった。

グエン・フー・チョン書記長は2016年から汚職退治に力を注いでおり、その姿は中国の習近平総書記(国家主席)に重なる。ベトナムは1986年から中国の改革開放政策に似たドイモイ(ベトナム語で刷新)を始めたが、それは中国の改革開放政策と同様の効果をもたらした。両国とも経済が急成長するとともに汚職も蔓延した。2012年に発足した習近平政権は、このまま汚職が蔓延し続ければ共産党体制が崩壊しかねないとして汚職退治に乗り出した。彼が言ったとされる「虎もハエも叩く」は有名である。習近平は汚職退治を政敵排除に用いた。チョン書記長も同様の狙いだと思われる。

2022年に3期目に突入した習近平が絶対的な権力を手に入れていることはよく知られている。毛沢東の独裁によって文化大革命と言う災厄を経験した中国は、一人の人間が10年以上にわたって権力を握らないように制度を変えた。しかし習近平はそれを無視して3期目に突入した。

ベトナム共産党も書記長の任期を2期10年としていたが、チョン書記長はそれを破って3期目に入った。歴史において何度も戦火を交えたためにベトナムと中国は仲が悪いが、それでもベトナム共産党は中国共産党の影響を強く受けている。チョン書記長が3期目に突入したのは習近平が3期目に入る前年だから、習近平はベトナム共産党に予行演習をさせたようにも見える。

80歳のチョン書記長の死亡説も流れる

2021年に3期目に突入したチョン書記長は、その時点では習近平ほど絶対的な権力を保持していなかった。しかし3期目に入って、たて続けに5人の政治局員を解任したことから、現在、その権力は絶対的なものになった。ただ二人には大きな違いがある。それはチョン書記長が80歳と高齢であり、かつ2019年に脳梗塞を発症して現在も左半身に麻痺が残ることだ。左手が不自由であり長い距離の歩行も難しい。一方、習近平はまだ70歳であり健康に問題があるとの情報はない。

このような状況にあるために、ベトナムの政情は「一寸先は闇」と言った状況になっている。今年1月にはチョン書記長の死亡説が流れた。共産党中央委員会の開催が遅れるとともに、ベトナムを訪問したラオス共産党の書記長やインドネシアのジョコ・ウィドド大統領に書記長が面会しなかったためだ。そのチョン書記長は1月15日に国会の開会式に突然出席。その時はベトナム中が騒然となった。書記長は国会に15分ほどしか滞在しなかった。筆者が入手した情報によると、昨年12月末にインフルエンザに罹患し高熱が続いた。高齢で健康状態も優れないために、肺炎になって死亡するリスクがあったとのことだ。

その後、書記長が人前に現れることはほとんどなくなり、共産党機関誌ニャンザンも昔撮った写真を掲載することが多くなっている。書記長は免疫系の病気に罹患しており、医師団が感染を恐れて人と接触することを禁じているとの情報もある。

民主主義が未成熟、汚職が蔓延

有力政治家であるチョン書記長は政敵を思いのままに失脚させることが可能だ。その彼はほとんど人に会っていない。現在のベトナムほど最高指導者の病状に人々の関心が集まる国はないだろう。

付言すれば、ベトナムの政治家や官僚はそのほぼ全員が過去に汚職に関わった経験がある。社会主義国の政治家や公務員の給与は安く、正規の給与では生活できない。それが公務員を汚職に走らせている。汚職が蔓延し、かつ常態化したために、人々の感覚が麻痺してしまい汚職額は増大した。マスコミが弱く民主主義が未成熟な社会では汚職が蔓延しやすい。

ベトナムの今後を見通すことが極めて難しくなっている。2026年秋にベトナム共産党の第14期が発足する。その時にチョン書記長は退任すると考えられているが、絶対権力を握った書記長が退任しないと言い出す可能性もある。また2026年秋までに書記長が死亡する可能性もある。

どちらの可能性があるためにベトナムの政治家も官僚も身動きが取れない。また過去に行った汚職を指弾される可能性もあるから、ビクビクしながら暮らさざるを得なくなっている。

後継なきベトナムへの不安

ベトナムは2022年秋に不動産バブルが崩壊した。米国経済が好調を保っていることから、今年に入って輸出が増加し経済は回復基調にあると言われているが、その一方で金融機関の不良債権問題はかなり深刻とも噂されている。共産党の秘密主義によってその真相は藪の中だ。

最近になってチョン書記長の汚職退治は政敵だけでなく、身内にも向かっている。老齢かつ病身の書記長が、「老いの一徹」で汚職退治を行なっているとの感が強くなっている。汚職まみれの政治家を多く失脚させたことから、書記長は庶民から絶大な支持を得ている。そのために書記長の汚職退治にストップをかけることはできない。そして大半の政治家が汚職に関わっているので、今後もこのような汚職退治が続けば、政治家はいなくなってしまう。

もはやチョン書記長の汚職退治を終わらせるものは、チョン書記長の健康問題だけなのかもしれない。彼が書記長の座にいる限りベトナム政治の混乱は続く。そしてあまりにも多くの有力政治家を排除してしまったために、彼がいなくなった後にベトナムがどのような方向に進むのか、全く分からなくなっている。ベトナム政治は漂流し始めた。

ベトナム・ビングループ主席経済顧問
Martial Research & Management Co. Ltd.,
チーフ・エコノミック・アドバイザー

川島 博之 氏

1953年生まれ。77年東京水産大学卒業、83年東京大学大学院工学系研究科博士課程単位取得のうえ退学(工学博士)。東京大学生産技術研究所助手、農林水産省農業環境技術研究所主任研究官、ロンドン大学客員研究員、東京大学大学院農学生命科学研究科准教授などを経て、現職。
主な著書に『農民国家・中国の限界』『「食糧危機」をあおってはいけない』『「食糧自給率」の罠』『極東アジアの地政学』など。

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