中国EV産業のタイへの浸透ぶりは ~NETAが語るリアル、そしてミスミ~

中国EV産業のタイへの浸透ぶりは ~NETAが語るリアル、そしてミスミ~

公開日 2024.05.13

先週から2週連続で紹介した日本貿易振興機構(ジェトロ)上海事務所開催の「中国新エネルギー車市場動向セミナー」は、東南アジアの自動車産業のハブであるタイでもなかなか知りえない、今や世界最先端の中国の電気自動車(EV)と自動運転の最前線を伝えてくれた。過去2年ほどの中国EVメーカーのタイへの進出ラッシュは在タイ日系自動車関連産業を翻弄し続けている。それはタイへの輸出攻勢だけでなく、次々に始まりつつあるタイ国内での工場建設、国内生産開始の現実に驚く。緻密な技術の塊である自動車製造への新規参入はそんな簡単ではないといった固定観念を吹き飛ばす勢いだ。

世界の大半の地域が依然、電気のエネルギー源を化石燃料に頼る中で、そもそもなぜ内燃機関(ICE)車をEVにすれば環境対策になるのか、ずっと疑問だった。ただ、EVシフトが環境対策というのは欧州の建前でしかなかったことが徐々に明らかになる一方で、2月12日付の筆者コラムでも紹介したように、自動車メーカーとしては、将来的により利益を稼げるのは自動運転や「コネクテッド」などであり、「CASE(Connected、Autonomous、Shared、Electric)と電動化は相性がいい」ことが、EVシフト推進の真の理由だとの認識も広がりつつある。こうした背景を踏まえ今回はタイでの中国系の攻勢の現状と見通しを考えてみたい。

BYD販売台数は3月に急減、BEVも減少へ

トヨタ・モーター・タイランドは4月30日、3月の全新車販売台数が前年同月比29.8%減の5万6099台だったと発表した。車種別では、乗用車が同25.1%減の2万2342台、1トン・ピックアップトラックは1万9648台で、同45.5%の大幅減だった。全自動車のメーカー別では、トップのトヨタが同16.1%減(シェア38.5%)だった一方、2位のいすゞは同48.3%減(シェア15.8%)と落ち込みが大きかった。3位はホンダで同19.3%減(シェア14.7%)で、日系の4位以下は軒並み20~50%台の大幅減だ。一方、中国系はBYDが同53.5%の急減になったのが目立つ。BYDは昨年来、今年1月の同650.6%増までまさに飛ぶ鳥を落とす勢いだったが、2月に同46.4%減と急ブレーキがかり、3月はさらに減少幅が広がった。その他の中国系の3月の販売台数は、MGが同11.0%減、GWMが同16.9%増、NETAは同55.9%減だった。このほかでは、韓国の現代自動車が同136.4%増となったことも目を引く。

3月の販売台数の全般的落ち込みは、景気減速と金融機関の融資厳格化の継続が理由に挙げられているが、ピックアップトラックと同車種が主力のいすゞの不振ぶりを見ると、理由はそれだけなのかとも思う。また「xEV」の3月の販売台数の伸び率は前年同月比19.5%増で、タイプ別ではハイブリッド車(HEV)が同68.9%と大幅増の1万2689台、バッテリーEV(BEV)は25.6%減の5167台、プラグインハイブリッド車(PHEV)が27.1%減の897台だった。

昨年末ごろから、欧米市場でBEVの成長減速、HEVの人気復活が顕著となる一方、タイ市場はこうしたトレンドに逆行してBEV人気が続いていたが、3月になってようやく世界のトレンドに追随し始めている。ただ、こうしたBEV普及の減速というトレンドが世界的に今後も持続し、新エネルギー車のシェアが既に30%を超えている中国を除いて、欧米のEV先進国でもイノベーター理論に基づく普及加速期から普及拡大期に移る間にある「キャズム」と呼ばれる溝(シェア16%)を超えられない可能性もあるかどうかは未知数だ。

NETAブランド幹部の本音

「2014年の立ち上げから10年が経った。2018年に初めてのNEVを発表した。その後、海外進出を図り、2023年には海外で40以上のディーラーと連携して、10数か国への販売を始めた。今年は中国国内では20万台、海外では8万~10万台、合計30万台の販売を目指している。タイでは販売開始して1年しかたっていないのに過去1年間で1万5000台販売、タイ市場のトップ10に入った」

「NETA(哪吒)」ブランドのEVを製造する中国の「合衆新能源汽車(Hozon Auto)」の調達担当総経理の方暁鯤氏は日本貿易振興機構(ジェトロ)上海事務所が3月7日に開催した「中国新エネルギー車市場動向セミナー」でこう胸を張った。同氏はこの講演で中国市場は過当競争により大半のEVメーカーが赤字であり、その脱出先としてタイを選んだと本音を吐露したことは3月11日付のコラムで紹介したが、同氏はこのほかにも率直な表現で中国の新興EVメーカーの現実を語っている。

方氏は、自動運転の最新動向について、「自動運転では過去2年間、ハイエンドの半導体チップを使ってレベル3、レベル4を目指してきたが、昨年ごろからレベル4までは短期間には無理だろうと冷静になってきた。各メーカーともスマート運転、インテリジェント運転の目標を下方修正している。今は販売台数も伸び悩んでいることから、低価格の半導体チップを使うことでコスト構造を改善、レベル2を実現するだけでも結構売れることが分かってきた」と説明している。

中国と日本の意思決定スピードの相違

方氏は中国自動車メーカーが、タイなど海外への進出を積極的に進める理由について、「完成車の輸送コストが大幅に削減できる。また、欧州連合(EU)やエジプトなどへ中国から直接輸出すると関税が40~50%と高い。一方、タイで組み立てて、メイドインタイランドとして、タイからEUやエジプトに輸出する場合は関税が10%と非常に低い」とそのメリットを強調する。

その上で、タイ工場開設に向けたサプライヤー選定について、「昨年3月から選定を始めて、2か月後の5月には12のサプライヤーを選んで契約を結んだ。うち8社は長城汽車のサプライヤーなど中国のサプライヤーのタイ工場、2社はタイ地場のサプライヤー、そして2社はグローバルのサプライヤーだった」と説明した。(最終的には70社を審査し、15社を選定)

一方、日本企業とも交渉したが、「レスポンスが遅い。タイ工場が自分で意思決定を下すことができず、日本の本社に報告して承認をもらわなければいけないので時間がかかる。また、中国企業のプロジェクトに懸念を抱いており、意欲は強くはない。さらに、日本のサプライヤーの見積もりはかなり高い」ことで取引には至らなかったと本音を明かす。ちなみに「NETA自体は意思決定が非常に早く、従来の完成車メーカーだと1カ月ぐらいかかる決定が、同社では2、3日でも意思決定が下される。海外進出関連でも1~2週間で意思決定が下された」と中国企業のスピード感を表現している。

中国企業のサプライヤー探しとミスミ

「日系ブランドメーカーやそのサプライヤーは中国系に食い込むことに苦戦している印象だ。EVが今後どうなるか分からないからと。結局、ミスミが間に入ってくれるならその方が早いかもしれないという声も徐々に出てきている」と語るのは、ミスミ(タイランド)の齊藤三延社長だ。ミスミはFA・金型部品など工場で利用されるさまざまな生産間接材をEC販売し、自動車・電機・食品・医薬品・化粧品業界など海外でも広範囲な顧客基盤を持っている。同社はタイでもそのネットワークを活用、中国自動車メーカーとの取引をいち早く開始した。

齋藤氏は製造業部品の新たなトレンドについて、「2年前に始めたエコノミーシリーズが今、急激に伸びている。1カ月で約1300社程度の注文ペースだ。今まで日系サプライヤーは高精度を重視し比較的高価なものを買ってきたが、今や中国や韓国などアジアの安い部品も選択できるようになり、顧客のニーズも多様化してきている。中国系サプライヤーも徐々に増えてきている。こうした安価な製品の採用を増やしているので、コスト圧力も厳しくなっている」と指摘する。

着実に始まる中国企業のサプライチェーン構築

齊藤氏は中国自動車メーカーのタイ参入ラッシュに関連し、「工場建設・立ち上げ準備中の有力EVメーカーからの注文が一部開始され、それに合わせてアマタシティ・チョンブリ工業団地内の中国系が集まるエリア近くに営業所を作っているところだ。深く中国系に入り込んでいくために中国人の営業も強化、在庫サービスも拡充している。中国系企業はサプライヤーが近くにいることや、中国語でのやりとりを好む傾向がある」と中国企業への営業推進に余念がない。

そして、「中国系EVメーカーからのコンタクトが始まったのは一昨年末頃だ。彼らは中国でミスミのことを知っており、サプライヤー候補として検討しているという話からスタートした。われわれのサプライチェーンや在庫の状況やサービスを実際に見ていただいた。たとえば手袋など工場を立ち上げる時に使う商品はたくさんあるので、そういった商品が手に入るのかなどに関心が高かった。特にMRO(メンテナンス、リペア、オペレーションに必要な備品や消耗品)の調達の検討をサポートしている」と説明した。

バンコクモーターショーでのAIONの展示

昨年半ばごろまでは、中国EVメーカーの輸出攻勢、そして工場建設計画の発表にまだリアリティーが乏しかったが、ミスミの事例を見るように着実にリアルになりつつある。そして2年ほど前までは中国製EVがバンコク市内を走る姿に驚いていたが、今やごく普通の光景になり、最近では長安汽車の「DEEPAL」や広州汽車の「AION」などの中国の最新EVブランドを見かけると「おや、もう走っているのか」と感じる程度になってきた。筆者自身も過去2年ほどのタイでの中国製EV進出ラッシュに対する見方も揺らぐこともあり、最後は「自分で中国製EVを運転してみないと分からないだろう」と思うようになった。ただそれでも自動車の駆動方式の未来は、世界と各地域のエネルギー構成と輸送手段別のエネルギー利用効率がどうなるか次第だろうという思いは変わっていない。

THAIBIZ Chief News Editor

増田 篤

一橋大学卒業後、時事通信社に入社。証券部配、徳島支局を経て、英国金融雑誌に転職。時事通信社復職後、商況部、外国経済部、シカゴ特派員など務めるほか、編集長としてデジタル農業誌Agrioを創刊。2018年3月から2021年末まで泰国時事通信社社長兼編集長としてバンコク駐在。2022年5月にMediatorに加入。

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