スマートシティ構想で日タイ協創なるか

THAIBIZ No.151 2024年7月発行

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スマートシティ構想で日タイ協創なるか

公開日 2024.07.10

貧困問題の解決を目指すコーンケーン県のスマートシティ構想

タイ全体でスマートシティ構想が謳われているものの、具体的に動き出している地域はまだ少ない。タイ東北部に位置するコーンケーン県ではユニークな取り組みがなされている。活動の中心となっているのは、民間企業によって設立され、スマートシティに向けたコーンケーン県の都市開発を推進する「Khon Kaen City Development(KKTT)」だ。KKTTの活動内容と目的などについて、KKTT共同設立者でありチョータウィー社のCEOでもあるスラデート・タウィーサーンサックルタイ氏に話を聞いた。

充実した設備や立地的優位性を持つコーンケーン県

コーンケーン県はバンコクから約449km、タイ東北部(イサーン地方)の中心に位置している。同県の面積は1都76県のうち15位、人口は177万人を超える※1。公共施設や設備が充実しており、コーンケーン空港や、東北部で初めて設立された大学であるコーンケーン大学がある。タイで最初に恐竜化石や足跡化石が発見されたことでも有名で、タイの重要な観光都市の一つだ。

最近ではラオスを経由しタイと中国を結ぶタイ中高速鉄道が計画され、また4年後には東西経済回廊が完成予定といった立地的な優位性も持つ。この地域で今、革新的なスマートシティ開発計画が動いている。

※1 出所:内務省地方行政局/2023年12月時点

税金に頼らない開発を計画、実行へ

DEPAによるスマートシティ・ロゴマークも取得済みのコーンケーン県だが、なぜ民間が立ち上がり都市開発を推進する必要があるのだろうか。「タイの都市発展における主要問題は、国家予算の配分にある」と、スラデート氏は指摘する。同氏によれば、2023年度の国家総予算3.1兆バーツのうち、投資予算は4,900億バーツだが、その多くの割合がバンコク都に充当された(図1)。

国家総予算の振り分け(2023年度)
出所:デジタル政府開発局(DGA)の資料をもとにTHAIBIZ編集部が作成

この状況では十分な地方開発ができないことは明白だ。さらに同氏は、「地方は、貧困問題も抱えている。2015年の人口賃金調査では、国民の4割以上が月給6,000バーツ以下で生活していることが分かった。経済を発展させるためには、全国の最低賃金を1万5,000バーツに引き上げる必要がある」と、タイの貧困問題について強い危機感を示した。

これらの問題が契機となって生まれたのが、KKTTだ。同氏は「中央政府からの資金に頼らずにコーンケーン県を発展させることを目的に、同県出身の起業家を15人集めて2015年にKKTTを設立した。一人当たり1,000万バーツの自己資金を出資し、見返りは求めず、プロジェクトへの協力を約束した」と、驚くべき設立の背景を語った。

KKTT の後押しにより県内の5つの自治体が株主となって設立した「Khon Kaen Transit System(KKTS)」の存在も欠かせないという。KKTTのプロジェクトの中でも目玉となる公共交通システムのプロジェクトでは、「KKTTが様々なプロジェクトの企画・立案を担当し、KKTSがそれらを実現する実施機関的な役割を担っている」そうだ。

コーンケーンスマートシティ20ヵ年開発計画

KKTTが掲げるコーンケーンスマートシティ20ヵ年開発計画は、①Smart Mobility、②Smart Living、③Smart Citizen、④Smart Economy、⑤Smart Environment、⑥Smart Governanceの、6分野を柱としている。スラデート氏は「この開発計画はコーンケーン県の都市開発戦略にも組み込まれている」と解説し、さらに「20ヵ年開発計画を推進するため、国と民間が共同で委員長を務める特別委員会を設立した。そのため、仮に知事が交代するなどの行政変化があったとしても、開発を計画通りに進められる」と、揺るぎない体制作りであることを強調した。

コーンケーン未来都市構想

同計画の中で最も重要なプロジェクトは、予算問題と貧困問題の解決に貢献する「ライト・レール・トランジット(LRT=軽量鉄道)」の開発だ。公共交通指向型開発(Transit-Oriented Development:TOD)とともに5路線のLRTを建設する計画で、まずは高架鉄道であるレッドラインの建設に着手する予定となっている。資金繰りについてスラデート氏は、「複数の投資家と協議中だが、その一つが世界銀行グループ傘下で民間部門支援を行う国際金融公社(IFC)だ。1年以内に建設資金を得られる見込みだ」と説明する。

写真左:広島県から譲渡を受けた路面電車 写真右:路面電車「リトルトラム(Tram Noi)」

LRTの前段階として、路面電車「リトルトラム(Tram Noi)」の実証実験が今まさに行われようとしている。同氏は「タイ国内で生産された部品から成るライト・レール・システムのプロトタイプを研究開発し、実証実験を行うプロジェクトがある。広島県から譲渡を受けた路面電車を原型として研究を進めていたが、ついにプロトタイプが完成した。公的部門の財政支援を受け、これから都市の中心にあるブン・ケンナコーン湖の周辺で試運転を行う予定だ。広島県にはスタッフが出向し、運営やメンテナンス方法も習得した」と、推進力の強さを見せた。

LRTプロジェクトは、貧困・教育問題を解決できる

LRT開発を計画通りに進めるためには、政府との連携も欠かせない。スラデート氏によれば、政府はコーンケーン県におけるLRT列車プロジェクトの実施を承認し、内務省はKKTSの設立を承認した。運輸省はLRT鉄道建設の実現可能性を調査し、農業・協同組合省がTOD用の土地を提供した。TODの利益は将来、LRTへの補助金に充当されるという。

KKTTが据える将来的な計画は、大胆かつシンプルだ。同氏は「近い将来、地元の住民や低所得者にKKTSの株を持たせた後、タイ証券取引所(SET)に上場する。株式市場のメカニズムにより、会社の価値と株価が上昇すれば、株保有者である住民は配当金が得られ、借金の返済や子どもの学費に充てることができる。つまり、LRTの開発が貧困問題や教育問題の解決にも貢献できる」と、画期的なアイデアとビジョンについて語った。ちなみに、2030年にはKKTSの上場が実現できる見通しだという。資本主義で成功した起業家らが、「誰も置き去りにしない」世界の実現のために、資本主義の仕組みそのものを活用して問題解決に挑んでいる、ということだ。

同氏はさらに、「得られた利益は他の開発プロジェクトにも使用することで、中央政府からの資金に頼らない持続可能な開発が実現できる」と、LRTが県の資金源になりうる可能性についても強調。「コーンケーンモデル」と呼ばれる類を見ない都市開発は、都市を商品に変える世界初のモデルと言えるだろう。

実際に行われた数々のプロジェクト

Khon Kaen International Convention And Exhibition Center(KICE)

スラデート氏によれば、コーンケーン県では既に、多くのプロジェクトが実現している。例えば、屋内外合わせて1万㎡以上の面積を有し、さまざまな展示会やイベントを開催できる「Khon Kaen International Convention And Exhibition Center(KICE)」を開設した。また、コーンケーン県は2024年2月に、「ユネスコ世界学習都市ネットワーク(Global Network of Learning Cities:GNLC)」に加盟した。タイからはバンコクとヤラー県、そしてコーンケーン県の3都県が選ばれた※2

GNLCは、地域社会全体で生涯学習を効果的に推進している都市で構成されるグローバルネットワークだ。今回の加盟は、スマートシティ20ヵ年開発計画の柱の一つである「Smart Citizen」の取り組みに関係しており、県民の教育環境の向上に対する同県の活動が評価されたことを意味する。

コーンケーン大学に設置された「Smart City Operation Center(SCOPC)」も大きな存在だ。同氏は「SCOPCは市内の各種デバイスとセンサーなどから、さまざまな方法でデータを収集するデータセンターだ。日本のような、データドリブンな都市開発の仕組みは重要だと考えている」と説明する。

※2 ユネスコのプレスリリース「UNESCO Global Network of Learning Cities: 64 new members from 35 countries」より引用

「これからは実行の段階」日本企業との参画にも前向き

この夢のある開発計画に、日本企業が参画できる余地はあるのだろうか。スラデート氏は「鉄道建設や都市・沿線開発などでは日本企業とぜひ協業し、技術や経験を活用したい。さらに原材料に高付加価値化を求める農業分野や、テクノロジー産業においても、日本企業と協力できる可能性は大いにある。

日本企業の具体的な協業相手としては、SCOPC、コーンケーン大学、リトルトラムの研究チームが在籍するラジャマンガラ工科大学イサン校(RMUTI)などが挙げられるだろう」と、日本企業の参画に対して前向きな姿勢を見せた。

インタビュー中に「ニュータウンや沿線開発で都市開発を数多く成功させた日本」についても複数回言及したスラデート氏は、コーンケーン県の可能性を最大限に引き出すための日本企業との協創に期待を寄せた。最後に同氏は「私たちは現時点で完全な開発計画を持ち、中央政府から正式な承認を得ている。これからは実行の段階だ。コーンケーン県の開発に関心を持つ民間企業からの投資を大歓迎している」と、積極的なメッセージで締め括った。

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THAIBIZ編集部

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