カテゴリー: ビジネス・経済
公開日 2024.11.07
タイでは、今年8月中旬以降、全国各地で洪水が発生し、死傷者が出たほか、水位上昇や地滑りで住宅やインフラが損壊するなど、甚大な被害を受けた。特に大きな被害が出たチェンライ県メーサイ地区では、およそ2,000世帯に影響をもたらし、そのうち600世帯が床上浸水の深刻な被害を受け、水が引いた後も、多くの人が不自由な暮らしを余儀なくされている。
この危機的状況を救うために、同地区では被災者向けの無料物資提供マーケットが開催された。同マーケットは、タイ社会で絶大な影響力を持つEjanメディアの創設者ジャン氏と、飲料大手イチタンのタン社長が中心となって企画したプロジェクトである。THAIBIZ編集部は、同マーケット初日の10月25日に現地を取材した。
会場に到着すると、まず目に入ったのは整然と並ぶ支援物資の数々だ。これらの物資は、同プロジェクトに賛同した企業・団体から提供されたもので、クローゼットやベッドなどの大型家具から、扇風機、キッチン用品、掃除道具、保存食品、衣類に至るまで、生活の再建に必要なありとあらゆる物資が揃えられていた。マーケットの外ではボランティアスタッフによる炊き出しが行われ、温かい食事や冷たい飲み物が振る舞われていた。
運営は徹底した秩序のもとで行われていた。物資を受け取るには、IDや住居登録証、被害状況の写真、申請書等の書類の提出が必要で、床上浸水の被害が大きかった世帯を優先し、家の片付けが終わり物資の搬入が可能な世帯から順次進められた。初日は100世帯が訪れ、受付での書類確認に時間がかかり行列ができたものの、住民たちは落ち着いた様子で順番を待っていた。また、マーケット内に入る際も1組ずつの入場が管理されており、混み合うこともなく、整然とした運営が行われた。
会場で出会った被災者の一人はTHAIBIZの取材に対して、「水位が3.5メートルまで達し、家の入口が塞がった」と当時の恐怖を語り、「水が引いた後も家の中は泥だらけになった」と写真を見せながら被害状況を明かした。また別の被災者は、「軍の支援で家の中は片付けられたものの、家具や生活用品のほとんどが使えなくなり、このマーケットの支援で生活必需品が揃った」と安堵の笑みを浮かべながら喜びを語った。
注目すべきは、同プロジェクトの運営体制である。先述の通り、同プロジェクトは、Ejanメディアの創設者ジャン氏と飲料大手イチタンのタン社長が中心となって企画したものだ。
Ejanは、元犯罪報道記者のジャン氏により設立された、タイ社会で絶大な影響力を持つメディアの一つだ。Facebookのフォロワー数は1,400万人を超え、その他各種SNSも数百万人のフォロワーを持つ。また、社会的に意義のあるさまざまな支援活動をしていることでも知られ、災害や緊急事態が発生した際には被災地に赴き、迅速な支援を積極的に行っている。今回のメーサイ地区の支援活動でも、行政機関との調整やチームメンバー50人を現地に送り、見事なリーダーシップを発揮していた。
一方、イチタンのタン社長も今回の洪水被害が報じられた直後に、泥を片付ける重機やトラックを手配し、自らも現地入りして支援にあたってきた。さらに同プロジェクトのために、タン社長はメーサイで救護した犬のパオをモチーフにしたTシャツを作り、支援金を募るオークションを実施した。このオークションにより約1,000万バーツもの金額を集め、その全額がメーサイの被災者支援に充てられた。また、タン社長はプロジェクト運営にかかる費用の一部を自ら負担するなど、資金面でも貢献している。
実は同プロジェクトには、日系企業も参加している。岩谷産業(以下、イワタニ)のタイ法人である泰国岩谷は同社が製造販売するカセットコンロとガスボンベ480セットを寄付した。同マーケットに参加した同社の近藤氏は、今回の災害支援について、「9月に当社のタイ人スタッフがタイ北部の洪水の話題を持ち出し、日本でライフラインが止まった際にカセットコンロが役立つのなら、タイでも日本でイワタニが行っているような災害支援をしてはどうかとの提案がきっかけだった」と明かした。その後、近藤氏はランプーン支店の石井氏、タイ人スタッフ数名と共に、洪水被害を受けていたチェンマイを訪れ、カセットコンロとボンベを寄付した。チェンマイでは、まだ水が残る被災地を一軒一軒回り、合計40セットを手渡しで届けたという。
また、同社のランプーン支店のスタッフの中には、チェンマイでの洪水被害に遭った人もいたという。石井氏は、「家の前まで水が溢れ、家から出られない」というスタッフからの連絡を受け、救出に向かった経験を語った。そのスタッフは1週間ほどホテルに避難することになったという。「チェンマイやランプーンでも困っている人が多く、水に浸かりながら掃除をしている人を多く見た。一方で、街中に行くとみんな普通の生活をしていて、困っている人がいても気付きにくい」という災害現場の課題を目の当たりにした。こうした体験から同社では、「困っている人がいるなら、なんとか支援したい」という思いが募り、今回のメーサイ地区の支援プロジェクトに参加することになったのだ。
同社では、昨年からカセットコンロをタイで製造開始しており、今回の支援に対して近藤氏は、「タイで製造した製品でタイの人々を助けたい」と語り、石井氏は、「実際に困っている方と直接会えて物資をお渡しできる良い機会だった」と笑顔を見せた。
同プロジェクトを指揮してきたイチタンのタン社長は、11月3日に自身のFacebookで「災害発生当時の泥だらけの家や道路を目の当たりにし、希望を失った表情の被災者に出会った日」を振り返りながら、「本プロジェクトは終わりに近づいているが、今はメーサイの人々に笑顔が戻ってきている」というコメントと共に動画を公開。被災地へのエールと、同プロジェクトに協力した人々への感謝の意を示した。
実際に、THAIBIZが訪れたマーケットで出会った人々からは、暗い雰囲気は感じられなかった。むしろ、再建に向けて動き出そうとしている前向きな姿勢が印象的だった。支援物資が被災者の手元に直接届けられ、人々の生活に小さな光をもたらしている様子は、心温まる光景だった。今回の取材を通じて、お互いを思いやることが当たり前のように根付いているタイ社会の助け合いの精神を、改めて実感する機会となった。
THAIBIZ編集部
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