カテゴリー: バイオ・BCG・農業, 食品・小売・サービス
連載: 経済ジャーナリスト・増田の眼
公開日 2024.04.29
今週配信した「タイ味の素」の社長インタビューでは、同社創業以来の中核商品である、うま味調味料「味の素」の原料となるキャッサバの「農家が抱えている課題を解決することがわれわれの原料の安定供給につながる」との発言が印象的だった。実はこのインタビューで紹介されたタイ北部カンペンペット県にある味の素の工場近くで農家支援活動にも取り組む「(味の素)FDグリーン」を2年半近く前に現地取材をしたことがある。この時、在住日本人がほとんどいないカンペンペット県でキャッサバの収量に大きな影響を与えるキャッサバモザイク病(CMD)に苦しむ農家に真摯に向き合う味の素の日本人社員に感銘を受けた。
タイは農業大国であり、その主力はコメや果物だが、実は日本人にはなじみの薄いキャッサバや油やし(Oil Palm)、そしてサトウキビ、天然ゴムという商業作物も中核産品だ。日本の農業がコメという日本人の主食に対する政府の手厚い保護と農業協同組合という巨大組織に支えられてきた構図ばかりがクローズアップされるのとは違う姿だ。タイの農畜水産業は、コメや野菜、豚・鶏、そしてエビという国民の日常食だけでなく、米国のトウモロコシや大豆と同様の工業生産的な農業も大きい。そこでは大規模化は進んでいるが、他の産業と比べれば低収益だ。農家所得の向上というタイの政治的思惑からも農業の高度産業化が大きな課題となっている。
「農業ビジネスではリスクを減らし、食品と食品加工の価値を高めるために輸出市場の多様化が求められている。・・・農産物輸出の大半は汎用品かベーシックな加工のみの製品だ。タイは高付加価値農産物の輸出促進と、未来食品や有機農産物の加工食品、農業生産過程からの抽出物などの農工業製品(agro-industrial products)の拡大に取り組む必要がある」
3月6日付のバンコク・ポスト(ビジネス3面)はタイ商務省の最新調査結果に基づきこう説明した。ナピントーン商務副大臣によると、2023年の全輸出額は2850億ドルに達するが、このうち農産物や「農工業製品」の輸出額は492億ドルで、その全輸出額に占める比率は17.3%にとどまっている。ちなみに農産物は268億ドル、農工業製品は224億ドル。一方、工業製品の輸出額は2240億ドルで、比率は78.6%に達する。
そして農産物輸出上位5品目は、①果物が69億4000万ドル(シェア25.9%)②コメが51億4000万ドル(同19.2%)③鶏肉が40億8000万ドル(同15.2%)④キャッサバが37億ドル(同13.8%)⑤天然ゴムが36億5000万ドル(同13.6%)で、これら5品目で全農産物輸出額の87.7%を占めたという。また、輸出先国トップ5は、①中国が113億ドル(シェア42%)と断トツで、以下、②日本32億1000万ドル(同12%)③米国15億1000万ドル(同5.6%)④マレーシア11億9000万ドル(同4.4%)⑤インドネシア9億4000万ドル(同3.5%)と続き、これら5カ国で全農産物輸出額の67.5%を占めた。
これらの調査結果について、ナピントーン商務副大臣は、「輸出品目が上位5品目に過度に依存していることや、輸出先が中国などに集中している」ことがリスクだと指した上で、「農産物の品目と輸出先を多様化することが望ましい」と助言。そして農工業製品の高付加価値製品上位は「加工水産物缶詰(シェア15.5%)」「精糖(同15.4%)」「動物飼料(同11%)」「小麦粉や他の加工食品(同10.9%)」「飲料(同9.1%)」の順で、この5品目で全農工業製品の61.9%を占めると報告した。
その上で同副大臣は、「農産物および農工業製品はタイの所得を向上させ、人口の46%を占める農家に所得を分配することができる。さらに、国内で消費できない過剰生産物を吸収することにも役立つ」と指摘。一方で、「生産性向上とコスト削減に向け研究や技術を活用することで農業分野の持続的成長を支えていく必要があり、すべての関係分野が連携すべきだ」と訴えた。そしてこの取り組みには、農業製品輸出の高付加価値化、同製品の多様化、そして米国、中国、ASEANなどの既存市場だけでなく新たな輸出市場の開拓などを目的とした農業製品輸出の再編が含まれると説明。さらに、「輸出製品の品質と基準を強化し、新たな貿易ルールの順守、森林破壊の回避、温室効果ガス(GHG)の排出削減などの、貿易相手国の要求を満たすための環境に優しい取り組みにこだわることが不可欠だ」と締めくくった。
THAIBIZ(旧TJRI)ニュースレターでは2022年11月1日号で、経営コンサルティング会社リブ・コンサルティングのタイ現地法人LiB Consulting(Thailand)のタイ農業ビジネスの最新トレンドに関するリポート「Sharing agribusiness trend」を紹介した。担当のダーリン・ランジャコーンシリパン氏に改めて最近の農業ビジネスの可能性などについて話を聞いた。
ダーリン氏は農業関連ビジネスを展開する企業はまず「既存事業の強化」が不可欠だが、そのためには「機械化による生産性向上」や「デジタル化・先端技術活用による事業の合理化と最適化」、そして「サプライチェーン内でのデータなどの統合、高度化」など段階ごとの対応が必要だと指摘。例えば、農産物原料の供給変動が激しく生産計画の予測が困難な企業に対し、リブ・コンサルティングが生産量に影響を与える主要変数を特定し、供給予測モデルと調達戦略を策定した事例を報告した。
また、「スマート工場化」に向けたロードマップでは、タイの農業・食品会社の大半は「データ収集・保管」というステップ1の段階であり、ステップ2であるデータの分析までできているのはタイでは大手農産物企業にとどまっていると指摘。しかし、世界の先進企業では、企業全体、さらにはサプライチェーン全体でのデータ主導の制御・最適化が行われるようになっているとの見取り図を示した。その上で、ダーリン氏は、同社顧客向けコンサル事業として、在タイ日系(食品)企業が生産能力を大幅に増強し、5年後のスマート工場化を目指す企業に対し、5年間のロードマップを作成した事例や、「食品会社でも最も売れている製品の半分で採算が取れていない」という現実に対応したコスト削減策を提案したことなどを報告した。
ダーリン氏は、タイの農業・食品企業の事業拡大の方向性として、「製品ポートフォリオの拡大」「新地域への進出」「サプライチェーンを通じた事業拡大」という3つの方向性を提示する。製品ポートフォリオの拡大では、キャッサバ粉(タピオカスターチ)メーカーを例に上げ、キャッサバは「チップス」や「ペレット」などの直接製品化により、人の軽食用、飼料用としての利用が可能だと説明。さらに、さまざまな高付加価値製品への加工も可能だとし、「バイオプラスチック原料となるバイオレジン」は生分解性袋への製品化ができるほか、アルコール(エタノール)、甘味料、歯磨き粉などの原料を供給できると紹介した。また、パイナップル缶詰メーカーの場合には、シロップやジュースなどの加工食品だけでなく、酵素などの「未来食品」の原料への合成も可能だと強調した。
また、「新地域への進出」では、世界の砂糖大手による他国企業のM&A(合併・買収)事例のほか、日本の食品企業によるASEAN域内の他国市場への進出、日本の農業機械メーカーによる中古農機のタイへの輸出などのリブ・コンサルティングによる支援事例を報告した。さらに、サプライチェーンを通じた事業拡大では、「キャッサバのバリューチェーンをより長くする」取り組みとして、川上のキャッサバ農園での原材料供給と価格の保証、品質強化から、キャッサバ粉メーカーへの供給、さらには、スナック菓子などの消費者向け製品の開発と販路確保などの取り組みを説明した。
リブ・コンサルティングの農業ビジネスの提案は、冒頭で紹介したタイ商務省のリポートにも呼応している。農産物そのものは天候など需給要因に左右されて不安定であり、付加価値は基本的に低い。そこにいかに付加価値を付けていくかが、タイを含め各国の政策当局者、農業団体、そして農家自身の最大の課題だ。日本でも各地方での伝承野菜のような他の地域にはないユニークな食材を生かした付加価値の高い農業ビジネスは増えている。しかしタイではまだこうしたアプローチは少ない。ただタイ農業は食用であるコメの呪縛が大きい日本と異なり、サトウキビ、キャッサバなど大量生産が可能であり相対的に低コストで、食用以外でもさまざまな付加価値を高められ、新たな産業化につなげられる素材が豊かだ。そこにタイや日本の企業も気づき始めている。
THAIBIZ Chief News Editor
増田 篤
一橋大学卒業後、時事通信社に入社。証券部配、徳島支局を経て、英国金融雑誌に転職。時事通信社復職後、商況部、外国経済部、シカゴ特派員など務めるほか、編集長としてデジタル農業誌Agrioを創刊。2018年3月から2021年末まで泰国時事通信社社長兼編集長としてバンコク駐在。2022年5月にMediatorに加入。
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