カテゴリー: ビジネス・経済, ASEAN・中国・インド
公開日 2024.05.27
一般財団法人運輸総合研究所(JTTRI)のアセアン・インド地域事務所(AIRO)が昨年6月に開催した「タイにおける効率的な物流の構築を目指して」と題するシンポジウムは、TJRI(現THAIBIZ)ニュースレターで同年7月末から2回にわたり紹介した。その後、AIROは今年1月25日に、「東南アジア・南アジアにおける高速鉄道の整備スキームに関する分析」というテーマで運輸政策コロキウム(討論会)を行った。今回は同討論会のうちタイ絡みの3つのプロジェクトに関する議論と、分析を担当した南裕輔AIRO研究員(当時、現在はJRTT鉄道・運輸機構所属)が3月に公表した報告書の一部を紹介する。
目次
「2023年10月、東南アジア・南アジア初の高速鉄道としてジャカルタ・バンドン高速鉄道が開業した。また、タイやインドでも高速鉄道の整備事業が進められており、ベトナムやマレーシア、シンガポール等においても高速鉄道の整備に関する検討が進められている。このように同地域では高速鉄道への関心が高まっている。それらのうちすでに事業化されているものに着目すると、協力国との関係や整備スキームの観点でそれぞれの事業の特徴が浮かび上がってくる」
JTTRIは、今回の討論会の開催趣旨についてこう説明した上で、東南・南アジアでの高速鉄道事業について、計画の過程、資金調達手法、建設等、整備スキームの背景や実態を把握・比較し、議論したという。
この日の討論会では奥田哲也AIRO所長の開会挨拶の後、早速、南裕輔AIRO研究員の発表に移り、「東南・南アジアにおける都市鉄道や都市間鉄道の整備事業では、複数の案件に日本が関与しているが、高速鉄道は事業化されている案件が少なく、その中では現時点で日本の関与はインドの案件のみだ」と指摘。今回の調査対象は、(1)バンコク・ノンカイ高速鉄道、(2)ムンバイ・アーメダバード間高速鉄道、(3)ジャカルタ・バンドン高速鉄道、(4)ラオス中国鉄道(ただし準高速鉄道)、(5)3空港連絡高速鉄道―の5事業だとし、これら5事業の概要と事業スキームを説明した。このうち、タイ絡みの(1)、(4)、(5)についてこのリポートの後半で南氏の報告書から詳しく紹介する。
南氏はこの日の発表で、「貨物輸送の取扱い」「用地取得」「技術基準」「駅周辺開発」の観点からの特徴的な取り組みや課題を挙げた。例えば貨物輸送の取扱いについて、「バンコク・ノンカイ高速鉄道では、旅客と貨物の併用線は採用されず、旅客専用線として建設中」「ラオス中国鉄道は、旅客・貨物併用線として運営されている」と報告。また、用地取得については、ラオス中国鉄道では、ラオス政府や地方自治体が用地取得を行っているが、それ以外の4事業は、事業主体が用地取得を行っている点が特徴だとした。さらに、技術基準について、中国が支援するバンコク・ノンカイ高速鉄道、ジャカルタ・バンドン高速鉄道、ラオス中国鉄道では中国の技術基準が採用されているが、制度化支援といった取り組みは確認できなかったと報告した。
そして、特徴的な取り組みや課題に着目した場合、「日本が支援する案件では、設計段階における法制度や技術基準の制度化支援、建設段階における駅周辺開発支援のような取り組みが段階に応じて実施されている」と強調した。一方、中国が支援する案件では、「文献調査および関係者へのヒアリングの限りでは同様の取り組みは確認できなかった」とした上で、日本と中国それぞれが支援する案件の差として、実施国の状況やニーズに応じた計画的・段階的なソフト支援の有無が挙げられると報告。「高速鉄道に限らず、日本の鉄道分野の海外展開では多様なソフト支援が実施されており、それらの実績は今後の海外展開を推進する上でセールスポイントとなり得る」とアピールした。また個別案件ではバンコク・ノンカイ高速鉄道に関し、「並行する在来線で複線化工事が進められており、二重投資になるリスクを指摘している。
続いて、横浜市立大学国際教養学部の柿崎一郎教授が、バンコクの都市鉄道の建設・運営方式の変遷と、南氏の発表を踏まえた東南アジアの高速・中速鉄道への期待などを報告した。バンコク都市鉄道については、「1970年代から整備計画が浮上、1990年代に建設開始された。1999年末最初の都市鉄道が開業し、2010年代に入ってから整備が本格化した。現在の都市鉄道網は、8システム10線、総延長277㎞、1日平均約110万人が利用(2019年)している」とこれまでの進展を概観。そして、「普通鉄道、中速鉄道、新交通システム、モノレールといった多様なシステムがあり、また、バンコク(BMA)、都市鉄道公団(MRTA)、タイ国鉄(SRT)といった多くの機関が管轄している。このため、一元的な運営ができていないという問題を抱えている」と現状課題を指摘した。
そして、柿崎氏は「東南アジアにおける高速・中速鉄道への期待」について、まず「ラオス中国鉄道は2021年に開業し、累積輸送量(貨物、旅客とも)は順調に増えてきている」と評価。「ターナーレーンに内陸港(ドライポート)が整備され、タイのメートル軌の列車と中国の標準軌の列車の間でのコンテナ積み替えが可能になった。また、昆明~バンコク間の直通列車の運行、モスクワ~バンコク間の直通輸送の試験運行が行われており、タイ~中国間(あるいはその先のヨーロッパに向けた)の新たな貨物輸送のルートとして、ラオス中国鉄道を捉える動きが高まっている」などと最新の動向を紹介した。
さらに柿崎氏は、タイでは国際貨物輸送への期待が高まっているとした上で、「鉄道計画が中速鉄道から高速鉄道へ変更されたことにより、貨物は在来線で輸送されることになった。ラオス中国鉄道との接続が実現すれば標準軌の貨物列車の直通運行を求める声が高まるのは不可避だろう」と強調。また、「東南アジアでは、旅客輸送よりも貨物輸送が重視されているため、高速鉄道よりも中速鉄道の方が目的に適しており、旅客貨物共用の標準軌鉄道が現実的と考える。連結性、すなわち列車の直通が重要になるため、中国の鉄道システムを用いるのが現実的だ」との認識を示した。
柿崎氏の報告の後、屋井鉄雄JTTRI所長をコーディネーターとするパネルディスカッションが行われた。このうち、タイと中国間の旅客と貨物の輸送の将来についての屋井氏の質問に対し、柿崎氏は「現在は高速鉄道の規格で整備しており旅客専用線となっているが、もともとは貨物列車も走行するよう計画していたこともあり、将来は大きな改修をすることもなく、貨物列車も直通できるようになると推測している。一方、旅客の直通については、現在昆明とビエンチャンの間で国際旅客列車が走っているが、中国及びラオスの国境の駅でそれぞれ1時間半停車して入出国等の手続きをしている状況であり、ラオス~タイ間の旅客が直通した場合でも利用者はあまり多くならないことが想定され、メインの輸送手段としてのフィージビリティはないと考えている」と答えた。
また柿崎氏は沿線開発の考え方について、「土地の所有権の問題が出てくるが、事業者が土地の所有権を持っているのが一番良い。三空港連結鉄道の場合では、もともと国鉄の広大な用地があるので、事業者が開発して収益をあげて、鉄道の採算性を補っても良いことなっている。自由に使える用地があるかないかがポイントとなると思う。タイは、鉄道建設の際にはかなり幅広く沿線の土地を鉄道用地として使用して良いことになっており、大規模な土地を占有してきた歴史がある」との認識を示した。
南氏は今年3月19日付のAIROリポートで、改めて「東南アジア・南アジアにおける高速鉄道の整備スキームに関する分析」報告をしている。このうちまず、バンコク・ノンカイ高速鉄道の事業スキームについて、「タイ政府と中国政府が参画する事業管理委員会が意思決定機関の役割を担っている。資金調達では、協力国からの融資はなく、タイ政府が事業費の100%を出資し、タイ国鉄に予算として配分される。用地取得とEPC(設計、調達、建設の請負契約)はタイ国鉄(SRT)が実施しているものの、O&M(運用・保守)のスキームはタイ運輸省により検討されており、現時点で未定だ」とした上で、EPCでは、SRTが事業主体となり、タイ企業又はタイ企業と外国企業の共同事業体(JV)等がコントラクターとしてプロジェクトマネジメントや土木工事を実施している。一方、協力国の中国からは、国営企業の中国鉄路国際(CRIC)や中国鉄設(CRDC)がコントラクターとして参画しており、設計や軌道、電気・機械(E&M)、車両といった高速鉄道特有のパッケージを分担していると説明した。
また、ラオス中国鉄道については、「ラオス政府と中国政府の協力覚書に基づき事業化されている。資金調達では、ラオス国営企業のラオス国鉄(LNR)と中国の国営企業コンソーシアムのBoten-Vientiane Railway及び中国の投資企業2社からの出資によりラオス中国鉄道(LCR)の資本金が調達されている。なお、LCR は中国輸出入銀行から事業費の60%に相当する融資を受けている。用地取得では、事業主体のLCR ではなく、ラオス政府及び地方自治体により実施されている。EPC及びO&MはLCRが実施し、O&Mのコンセッション期間は50年となっている」と説明。主要な役務や工事は中国企業がコントラクターとして実施しており、CRIC、Sinohydro、中国中車青島四方機車車両(CRRC Qingdao Sifang)等は、出資者であるBoten-Vientiane Railwayの構成企業及びEPCにおけるコントラクターの両方の立場で本事業に参画しているという。ちなみに南氏のヒアリングによると、旅客運賃収入は約2~3割。貨物運賃収入は7~8割だ。
そして、3空港連絡高速鉄道の事業計画では、「タイ政府が進める東部経済回廊(EEC) 政策のもと、EEC事務局とSRTが主要な役割を担う。資金調達においては、タイ企業及び中国企業から成るコンソーシアムからの出資によりアジア・エラ・ワン(AERA1) の資本金が調達されており、公共セクターのSRTと民間セクターのAERA1が事業実施に関する契約を締結している」と指摘。また、「用地取得はSRTが実施し、EPCとO&MはAERA1が実施する。O&Mのコンセッション期間は建設期間を含めて50年となっており、鉄道輸送のほかにTOD(公共交通指向型都市開発)関連事業も実施することとなっている。本事業は官民連携(PPP)により実施されており、官民が事業リスクを分担して進めるスキームとなっている。AERA1の出資企業に建設会社や鉄道運営会社、財閥企業が含まれることから、それぞれがEPCやO&M、TOD関連事業に関与することが推察される」となどと報告した。各事業の基本情報やスキーム図については、ぜひ南氏の報告書自体を参照してほしい。
THAIBIZ編集部
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