タイの気候変動対策の現在地 ~炭素税導入間近、再エネシフトの行方は~

タイの気候変動対策の現在地 ~炭素税導入間近、再エネシフトの行方は~

公開日 2024.10.07

過去数年、タイで気候変動対策、二酸化炭素(CO2)排出削減をテーマとするセミナー、各種イベントが頻繁に開催されている。毎年恒例となった東南アジア最大のサステナビリティー(持続可能性)展示会をうたう「サステナビリティー・エキスポ(SX)」もその1つで、今年(9月27日~10月6日)もタイの大手財閥企業が軒並み参加し、企業イメージのアップに努めた。日本政府も日本企業の脱炭素化技術を東南アジアに売り込もうと支援を強め、スタートアップ企業の進出も相次いでいる。

タイは2021年に英国で開催された国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)で、当時のプラユット首相が打ち出した2050年の「カーボンニュートラル」、2065年までの「ネットゼロ」達成という目標が1つの指針となり、具体的な制度づくりが進んでいる。今週、インタビュー記事を配信したタイ温室効果ガス管理機構(TGO)のローンペット副事務局長もその概略を説明しているが、一般市民にはなかなか実感がわかない。タイの気候変動対策の現在地についての地元メディア報道を紹介するとともに専門家に解説してもらった。

欧州CBAMと炭素税の導入

「タイは年間合計で3億7300万トンのCO2を排出しており、その70%がエネルギー・輸送部門だ。これに続いて農業部門が15.2%、工業部門は10.3%、廃棄物からが4.53%だ。また石油・同製品からは5360万トンのCO2が排出されており、エネルギー・輸送部門の排出量の37%を占めている。タイは国際公約に沿って、温室効果ガス(GHG)を2030年までに2019年(3億7200万トン)比で30~40%削減することを目指している」

10月5日付バンコク・ポストはビジネス2面の「炭素削減のタイの取り組みを探索する」と題する解説記事で、タイの二酸化炭素(CO2)排出の現状、気候変動法案の策定、炭素税導入などの最新動向を分かりやすく説明。例えば「タイはなぜCO2削減プロセスを加速させる必要があるのか」という問いに対してはまず、欧州連合(EU)による炭素国境調整メカニズム(CBAM)の本格導入を挙げている。当初のCBAM課税対象は「鉄鋼」「セメント」「電気」「肥料」「アルミニウム」「化学品(水素)」の6分野で、その後も石油製品などが順次加わるなどと説明。さらに、タイの輸出で環境に優しい輸出品目のシェアはたった7%、クリーンエネルギーの利用量は全エネルギー消費量の13~14%で、ベトナムの19%よりも低いと懸念を示している。

そして、こうしたタイのCO2排出の現状に対し、タイ政府はこれまでどう対応してきたかという設問ではまず、「EV3.0」「EV3.5」に代表される電気自動車(EV)普及促進策を挙げた上で、炭素税の導入の最新動向、気候変動法案の骨子などを説明している。

炭素税1トン200バーツ、閣議提案へ

10月1日付バンコク・ポスト(ビジネス2面)によると、タイ財務省間接税局のエクニティ局長は、石油製品への炭素税の税率をシンガポールの当初の税率と近い水準の炭素1トン当たり200バーツに設定する方針を明らかにした。同記事によると、アジアで初めて炭素税を導入したシンガポールは当初、炭素1トン当たり5シンガポールドル(約130バーツ)に設定したが、その後、同25シンガポールドルまで引き上げた。同局長はタイの現行の燃料税は1リットル当たり6.44バーツで、このうち同0. 45バーツが炭素税になると説明。炭素税を含むガソリンやディーゼルなどの燃料税の水準は現在と変わらず、一般市民には影響がないと強調した。一方で、企業は排出削減に取り組めば税負担は軽減されると力説した。炭素税は近く閣議提案される。

一方、気候変動法案について10月5日付の解説記事は、「2025年までには施行される見込み」とした上で、主な柱の1つは、現在、上場企業がアニュアルリポートで公表している自発的なGHG削減対策から、特定産業のカーボン・フットプリントを審査するためのGHG排出データの提出を求める権限を政府機関に付与する制度に移行することだと指摘。もう一つの柱が、GHG排出量削減を目的とするプロジェクトに資金支援するための「気候変動基金」の創設だという。 

気候変動法案はまだ「荒削り」

「タイの気候変動法案は基本法のようなもの。2020年に最初の法案が公表された後、今年2月に最新法案が公開され4年ぶりに意見募集が実施された。日本でも1998年に制定された地球温暖化対策推進法があり、企業は排出量を報告する義務が既にある。先進国の多くに同様の基本法はあるだろう。タイの気候変動法案は、今後2~3年内の成立・運用を目指しているが、まだ荒削りで、もう少し時間がかかるかもしれない」

タイの気候変動法案のポイントについてこう紹介するのは、タイを拠点にアジア諸国の環境・エネルギー・安全分野におけるリサーチ&コンサルティング事業を手掛けるグリーンアンドブループラネットソリューションズ(GBP)の梅山研一社長だ。

梅山氏は、タイの環境規制の最新動向として、2023年8月に天然資源環境省の環境保全推進局(DEQP)を気候変動環境局(DCCE)に改称し、タイの気候変動に対する公約達成に向けた中心的な役割を果たす担当部署に衣替えしたと紹介。そして気候変動法案の「カテゴリー6」で、このDCCEが、企業が計算・報告するGHGの排出・吸収量などのGHGのデータベース構築を担当すると規定されたと説明している。さらに、その他の主要カテゴリーでは、炭素税の導入、TGOが認証するカーボンクレジット制度の構築も盛り込まれていると報告した。

在タイ企業へのCBAM課税の影響は

欧州のCBAMと炭素税の関係について梅山氏は、「CBAMでは製造国で負担した炭素価格が考慮される。タイ政府は炭素税の導入によりCBAM課税の税額が差し引かれる。タイの事業者が国際マーケットで不利にならないように対応する狙いがある」と述べ、タイ政府が炭素税導入を急いでいる背景にCBAMがあると強調している。

GHG排出量の算定・可視化サービスを手掛けるゼロボードのタイ現地法人の鈴木慎太郎代表は、CBAMが在タイ企業に与える影響について、現在対象の6分野のEUへの輸出量は少ないので影響はまだ大きくないとする一方、「2024年末までに今回CBAM対象となっている製品の川下製品、例えば鋼材を用いる自動車、自動車部品などにも対象に加えることや、2025年末までに有機化合物やポリマーなどに適用拡大するかを検討することになっている。これらが決定した場合、タイからEUへの輸出品の多くがCBAM対象となる可能性があり、在タイ日系企業に影響が及ぶだろう」との認識を示している。

電力の脱炭素化と再生可能エネルギー

タイ政府にとってもう一つの大きな課題が電力の脱炭素化だ。今週のWeekly News pickupでも紹介したが、米グーグルなどハイテク大手が相次いでタイでのデータセンター開設計画を表明する中で、電力需要の急拡大が懸念されている。特に、脱炭素経営が必須となりつつある欧米企業は供給電力が再生可能エネルギー由来であることを条件としているため、タイでも企業が再生可能電力を発電事業者から直接購入できる電力購入契約(Direct-PPA)の導入が焦点となっている。

そして、再生可能電力の調達方法としてタイで増えているのが、「I-RECs」と呼ばれる再エネ証書取引だ。GBPの梅山社長は「I-RECsのタイ国内での登録は2017年から始まり、現在は404カ所の再エネ発電設備が登録され、I-RECsの発行数量は2022年には845万MWhに達した」と報告。「再エネ証書は、どこから来た電気なのかを分かるようにした電源トラッキング制度であり、どこの電気をどのぐらい使ったのかを見える化する。発電所の登録簿がないとダブルカウント(二重計上)になる可能性もあり、登録簿の管理が極めて重要だ」と訴える。

再エネ証書(I-RECs)
「再エネ証書(I-RECs)について」出所:GBP

企業のCO2削減、脱炭素化の取り組みの中で、TGOが開発したT-VERも含むカーボンクレジット取引や排出権取引といったバーチャルな取引ではなく、自社内で実行可能CO2排出削減対策を優先すべきだとの考え方もある。しかし、現実として物理的に再生可能エネルギーで100%の電力を調達できないケースも多く、自社以外でのCO2排出削減も活用せざるをえないとしたら、I-RECsのような証書取引の仕組みも役立つのだろう。タイがネットゼロを目標時期までに達成できるかは全く見通し難だが、CBAMや欧米大手企業の再エネ供給要請など外的要因により、タイ政府もようやく本気で脱炭素社会実現に向けた実効的な取り組みを急ぎ始めた印象だ。

THAIBIZ Chief News Editor

増田 篤

一橋大学卒業後、時事通信社に入社。証券部配、徳島支局を経て、英国金融雑誌に転職。時事通信社復職後、商況部、外国経済部、シカゴ特派員など務めるほか、編集長としてデジタル農業誌Agrioを創刊。2018年3月から2021年末まで泰国時事通信社社長兼編集長としてバンコク駐在。2022年5月にMediatorに加入。

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