カテゴリー: ビジネス・経済
連載: 経済ジャーナリスト・増田の眼
公開日 2024.07.30
プラユット前政権が2022年6月に大麻(カンナビス)を麻薬リストから外し、個人の栽培・使用などを自由化したことでバンコクなどの都市部では大麻ショップが氾濫、大麻自由化反対の動きも強まった。そして昨年9月にタイ貢献党首班の新政権で首相に就任したセター氏は大麻の使用を医療用のみに厳しく限定する意向を表明。その後さらに、大麻を再び麻薬リストに再掲載し、娯楽用の使用を禁止する方針を打ち出し、前政権の大麻自由化路線を「Uターン」させた。このため、今年5月頃から大麻自由化賛成派の抗議活動が活発化していた。
そうした中、7月24日付バンコク・ポスト(1面)は、前政権で大麻自由化を推進したタイ誇り党の党首のアヌティン副首相兼内務相とセター首相が、大麻の麻薬リスト再掲載を取りやめ、大麻の医療・研究開発目的の法律を策定することで合意したと報じた。この背景にはタイの今後の政府をどの政党がリードしていくかなどの政治的駆け引きもあるようだ。しかし、大麻を政争の具にする前に、大麻が人間にとってどのようなデメリットがあり、医薬品としての効果があるかをきっちり科学的に分析、立証することが先だろう。
「こうした有力政治家の参集は混乱する大麻政策をめぐる連立政権内の対立の噂を打ち消すのが狙いだ。タイ貢献党とタイ誇り党はこの問題で両党が連帯していると印象づけることを望んでいる。貢献党はソムサック保健相に対し、大麻を麻薬リストに再掲載するよう強く指示した。誇り党のアヌティン党首はこの動きに不満を隠さず、反対する意志を表明。誇り党は上院での勝利で、大麻政策で貢献党に対峙することに自信を深め、貢献党は大麻政策を転換せざるを得なかった」
7月27日付バンコクポストは9面の「アヌティン氏と誇り党のチェスゲームは続く」というオピニオン記事で大麻政策をめぐる連立与党内の駆け引きをこう解説している。この記事は7月20日の週末に、タイの人気避暑地であるカオヤイで、貢献党の実質リーダーとされるタクシン元首相とその次女で貢献党のペートンタン党首、そしてアヌティン副首相兼内相が一緒にゴルフやカラオケを楽しんだと地元メディアが報じたことを受けたものだ。7月24付バンコクポスト(1面)は、アヌティン氏はこのイベントについて、両家とも別のホテルに宿泊し、政治の話はしなかったとし、タクシン氏に大麻政策をめぐる両党の対立を解消するよう要請したとの憶測を否定。「この(大麻政策の)問題はタクシン氏とは何の関係もない。麻薬管理委員会(NCB)が決めることだ」と強調したという。
27日付のオピニオン記事は、先日議席が決まったタイ上院(定数200人)の多数をタイ誇り党系が占め、7月23日には同党系とされるモンコン元ブリラム県知事が上院議長に就任することになった背景と今後の見通しなどを解説したものだ。同記事によると、タイの上下両院を合わせた全750議席のうち、下院では72議席に過ぎなかった誇り党系が上下両院合計では220~230議席と最大政党となり、前進党系が168議席で続き、貢献党系は150議席と第3党にとどまる形となり、次期総選挙でも誇り党がトップになる可能性があるという。アヌティン氏と誇り党の躍進が大麻政策にも大きな影響を与えつつある。既にセター首相は、大麻を麻薬リストに再掲載する方針を撤回する一方、大麻の使用を医療用と研究開発用に限定する法律策定することで、アヌティン氏と妥協したと報じられているが、このセター首相の決断とカオヤイでの大物政治家の密談の時期はほぼ一致している。
「2014年の初頭では、米国内どこでも大麻は合法的に購入できなかった。今や、全米50州のうち24州で娯楽用大麻は合法となり、医療用大麻が合法になったのは38州に達する。今年11月にはフロリダ州でも大麻解禁の是非を問う投票が行われる」
英エコノミスト誌5月18日号は、米国面の「マリファナは既に米国人の大半にとって合法になった」と題する記事で、米国での大麻自由化の最新動向を報告している。同記事は、米中西部ミシガン州での米国最大規模の大麻の屋内生産設備での先端的取り組みなどを紹介した上で、「1980年にレーガン大統領がカンナビスは米国内で最も危険な薬物だと宣言した。しかし、大麻合法化は明らかな市民の健康危機をもたらしてはいない」と強調。また、医療保険に関するあるデータでは、大麻を合法化した州で精神病での保険請求が増えているかどうかとの調査では両者の関係は見いだせなかったという。
さらに、米世論調査機関ピュー・リサーチ・センターの調査では、米国民の5分の3が娯楽用大麻を合法化すべきだと答え、医療用大麻の合法化には88%が賛成しているという。そして上院の民主党が全米での大麻合法化の法案を再提出しているが、共和党との妥協は当面、難しそうだとした上で、大麻の未来は、禁酒法の時代からアルコール飲料業界が復活するのに数十年かかったのと同様であり、当面は州ごとに合法、非合法が混在し、まだ「未来は霞んでいる」と結論付けている。
タイ開発調査研究所(TDRI)は「カンナビスと関連製品の健康、そして経済的、社会的影響に関する調査計画」と題するリポートに基づき、今年5月~7月にかけてバンコク・ポスト紙のオピニオン欄に数回に分けて分析記事を寄稿している。このうち、7月17日付の同紙に掲載された分析記事「カンナビスは健康にとって妥当な選択肢なのか」を紹介することで、タイの大麻政策の課題を概観する。同記事はまず、「カンナビスは何千年もの間、精神活性効果のあるハーブ植物として知られていた。大麻は医療用と娯楽用の両方で使われてきた。その依存性ゆえに多くの国で麻薬に分類されてきた」と指摘。さらに、「タイは90年前の1934年に大麻を禁止した。一部のタイ人は、1970年代のベトナム戦争の時代に、米軍兵士による娯楽用での大麻使用を懸念していた。しかし、大麻の依存性は他の麻薬に比べ相対的に穏やかなため、10年以上前から数十カ国が禁止措置を緩和し始め、医療用大麻、そして娯楽用も一定水準まで使用を認めるようになった」と概観した上で、タイでの過去5年ほどの大麻規制緩和の動きを振り返った。
さらに、大麻成分は化学療法を受けているがん患者の吐き気防止や、終末期の緩和ケアにおける生活の質の向上などの医薬的メリットがあると強調。しかし、現時点では、アルツハイマー病やパーキンソン病、てんかん、糖尿病などの患者への利用を推奨できる研究結果が不足しているとの見方も示す。そしてタイ政府は大麻政策を導入する際には市民の健康への影響を重視する必要があり、大麻政策変更の影響を評価し、現在の治療法よりも大麻治療を推奨する場合の効果と安全性を証明する臨床実験を支援するシステムを構築すべきだと提言。その上で、「医薬的なメリットを証明する具体的な研究成果がない限り、大麻や他のハーブ、中毒成分のある植物の広告は禁止すべきだ」と主張している。
6月27日付バンコク・ポスト(3面)によると、ソムサック保健相は、同省食品医薬品局が6月11~25日に約10万人を対象に実施した世論調査で、回答者の約80%が大麻の麻薬リスト再掲載に賛成していると訴えた。今や特に都市部で大麻ショップが乱立する中でも大麻を使用したことで大きな社会問題が発生したという話をほとんど聞かない中で、この調査結果の公表は何を意味するのか。タイ貢献党のソムサック保健相、セター首相がこれまで大麻再禁止に突き進んできた背景は何か。自らの政権時代に2000人以上の死者を出したとされる麻薬撲滅作戦を展開したタクシン元首相の何らかの意向があったのか。大麻を政争の具にするのではなく、タバコやアルコール飲料と同様に、そのメリット、デメリットを十分に調査・研究した上で、適切な利用の枠組みや制度を検討すべきだろう。
THAIBIZ Chief News Editor
増田 篤
一橋大学卒業後、時事通信社に入社。証券部配、徳島支局を経て、英国金融雑誌に転職。時事通信社復職後、商況部、外国経済部、シカゴ特派員など務めるほか、編集長としてデジタル農業誌Agrioを創刊。2018年3月から2021年末まで泰国時事通信社社長兼編集長としてバンコク駐在。2022年5月にMediatorに加入。
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