成熟市場で求められる日本食の次の価値とは 〜日本亭の青木氏、日本食普及の親善大使に任命〜

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成熟市場で求められる日本食の次の価値とは 〜日本亭の青木氏、日本食普及の親善大使に任命〜

公開日 2026.04.02

日本亭の総料理長である青木健氏が「日本食普及の親善大使」に任命され、3月5日、大使公邸で任命状授与式が行われた。タイでは昨年日本食レストランが初めて減少に転じ、市場は“量の拡大”から“質の充実”へと転換期を迎えている。THAIBIZでは任命式での取材を通じて、このタイミングでの任命が意味するものと、日本食が持つ可能性について関係者に話を聞いた。

日本食普及の親善大使とは

タイで日本料理店「日本亭」の総料理長である青木健氏が、タイ2代目となる「日本食普及の親善大使」に任命された。農林水産省が設ける同制度は、日本食や食文化の発信を通じて、農林水産物・食品の輸出拡大につなげることを目的としている。

タイ2代目日本食普及の親善大使に任命された青木健氏

2015年に開始され、在外公館の推薦をもとに日本農林水産省が選定・任命。現在、世界に225名が存在し(2025年12月時点)、タイでは2021年に任命された日本食レストラン「花屋」の綿貫氏以来となる。

在タイ日本国大使館二等書記官農林水産業担当佐藤聡太氏は選定の理由について、「長期にわたり日本食の普及に携わっていることに加え、人材育成など本業を超えた波及効果のある取り組みが評価された」と説明。単なる料理人ではなく、日本食を現地に根付かせ、他の国々にも広げてきた存在であることを強調した。

タイで日本食を広めてきた33年

日本亭は現在、バンコク市内のラーチャプラソン地区プレジデントタワー、チョンブリー県のアマタシティ工業団地内に店舗を持つ、言わずと知れた和食の総合レストランだ。総料理長を務める青木氏は、1992年に来タイ。1996年までの5年間、在タイ日本大使館の大使公邸料理人として従事し、その後日本亭へ入職した。

当時は日本の食材や調味料を手に入れることすら難しく、日本料理を提供する基盤は整っていなかったという。その後もアジア通貨危機や政情不安による長期休業、洪水、そして新型コロナウイルスの流行と、幾度も事業の継続が揺らぐ局面を経験している。

それでも歩みを止めなかった背景について、青木氏は「どんなに苦しい時でも店に来て応援してくれたタイ人のお客様がいた」と振り返る。

「そのままでは通用しない」日本食

授与式では、現在の公邸料理人による料理が振舞われた

青木氏がタイで日本食を提供し続ける中で課題となったのが、味覚の違いだという。「本来の日本料理特有の薄味は、タイの方々には少し物足りなく映る。現地の嗜好に合わせ、塩分をやや濃いめに調整する必要があった」と語る。

寿司や天ぷらに加え、すき焼きやうなぎのような甘みのある料理が好まれる一方、「見た目が綺麗なだけの料理は好まれない」とも指摘する。日本人とタイ人の味覚の間でバランスを取る難しさについては「正解がなく困難な作業」と表現するほどだ。

在タイ日本国の大鷹大使も、日本食の普及には「タイ人が何を食べたいか、何を好まないかを理解することが重要」と加え、タイ人の味覚は訪日経験の増加とともに日本人に近づきつつあるが、それでも日本食は現地の気候や嗜好を踏まえて提供されることで受け入れられてきた。

市場が成熟する中、青木氏が任命された理由

記者団の質問に答える大鷹大使(左)、青木氏(右)

現在タイでは、77県すべての県に日本食レストランがあるほど日本食は広く浸透している。しかし、日本食レストラン数は2025年、5,781店舗と調査開始以来初めて減少に転じた。

背景には円安・バーツ高の影響で「日本で本場の味を楽しむ」動きが広がっていることがある。一方で、消費者の関心は「量」から「質」へと移り、「産地」や「ストーリー」を重視する傾向が強まっている。

こうした中、青木氏選定の際に重要視されたのが後進育成という点だ。同氏のもとで学んだタイ人料理人のうち、延べ21名が世界各地の在外公館で公邸料理人となり、アフリカ、オーストラリア、ミャンマーやネパールなどのアジア、そしてヨーロッパと世界各地の日本大使館・領事館で活躍してきた。また、「和食ワールドチャレンジ」では、タイ代表として2年連続で世界大会に出場するなど、国際的に活躍する人材も育っている。

同氏は、「スタッフから『車を買った』『家を建てた』『娘、息子が大学に入れた』といった報告を受けることが、この仕事を続けてきて良かったと思える大きな喜びだ」と述べる。

※外国人日本食料理人を対象に、2013年度から2023年度まで実施した農林水産省主催の日本料理コンテスト。

今、日本食が持つ意味とこれからの役割

タイで日本食が広く定着した今、日本食が持つ意味は「料理を提供すること」にとどまらない。佐藤氏は「日常的に口にできる日本食は、アニメや漫画といった日本文化に触れる入口になる。それが日本に興味を持つきっかけとなり、訪日や国際交流になり、日本の発展につながる」と話す。

在タイ日本国大使館二等書記官農林水産業担当佐藤聡太氏

また、日本食は外交の手段としても機能する。政府関係者や海外の要人と会談する際でも、食事を共にすることで心理的な距離が縮まり、より踏み込んだ対話につながるケースもあるという。

日本からタイへの農林水産物・食品の輸出額は2025年に735億円(前年比17.1%増)に達し、タイは重要な市場となっている。日本では近年、農業の活性化や関連産業の底上げといった観点から輸出拡大が進められており、こうした動きは、日本食が海外で受け入れられていることが欠かせない。

こうした背景を踏まえ、タイで今日本食に求められているのは、その価値を現地の中で継承し、持続的に発展させていくことである。これまでのように日本人が広げるだけでなく、現地の人材が担い、地域の中で日本食が育っていく状態をつくることが次の段階となる。

青木氏は任命に際し、「これからも日本食の魅力を広め、食を通じてタイと日本をつなぐ架け橋となりたい」と語った。同氏が長年取り組んできた人材育成は、日本食を現地で新たに生産できる基盤を築くものであり、今回の任命は、そうした役割の重要性を示している。

THAIBIZ編集部
和島美緒

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