公開日 2024.07.01
急速な技術進歩に伴い、自動運転システムが様々な場面で利用され始めている。タイでも近年、限定的な環境ではあるが、自動運転車両(AV)が見られるようになってきた。ADAS(先進運転支援システム)の進化により、「ハンズオフ(手放し走行)」が可能な「レベル2+」のAVが国道を走る使用事例も増加している。また、港湾などでは、貨物の荷降ろしに完全AVを使用しているケースもある。
米国や欧州諸国では、日進月歩の自動運転システムの技術発展に合わせて政策や法律の整備が進められている。タイではAVを規制するための法的枠組みはこれから整備される段階にある。ただし、関連政府当局は、確立されたAV規制に関する概念や国際基準等の採用について積極的に検討する兆しはある。
AVを規制する必要性は、主に安全性と消費者保護にある。本稿では、自動運転を可能にするハードウェアとソフトウェアの二つの要素に対するタイの規制枠組みの現状について見てみる。
AVのセンサー装置・機器(他の車両、道路標識、信号、障害物等の危険分析のための感知・識別に使用されるもの)、例えば、光検出および測距「LiDAR」やミリ波レーダーについては、無線機に該当する場合は規制され、無線機の技術規格や自動車用レーダーシステム無線機使用許可基準を満たす必要がある。車両に搭載済みのものも含め、これらを製造・輸入する場合は、目的に応じて国家放送通信委員会(NBTC)から個別の免許を取得する必要がある。規制内容はセンサー技術仕様の急速な発展に対応するため随時更新されるので注意が必要だ。
現在、タイ法上でAV運転システムに適用される特定の基準はない。ただ、2024年初頭から、都市部や郊外での運転をサポートするインテリジェント交通システムやインフラ設備のための低速自動運転システム(LSADS)サービスにつき、その役割と機能モデルに関する基本的な工業製品規格が定められている。自動運転システムの分類、LSADSサービスのためのインフラサポート、運用コンセプトなどが含まれる。運転監視、緊急対応、運行管理など、自動運転システムを支援するプラットフォームを含むLSADS搭載車両を利用したサービスのみが対象であり、車載制御システムは対象外だ。この規格は任意規格ではあるが、タイ法上のAV関連規格整備の一歩進展と見ることができるだろう。こうした動きから、タイにおけるAV導入は、物と人を運ぶ新たな公共交通手段としての低速AVから始まる可能性がある。
ソフトウェアの面では、自動運転システムは多数のセンサーからの信号入力を処理する専用タスクの人工知能(AI)システム上で動作し、AVの運転システムを制御することが一般的だ。タイのAI制度も現在、初期段階にある。AIについて、2022年に複数の法案が起案された。AV用AIが高リスク型AIに分類される可能性があるので注意が必要だ。政府の関連規制当局への事前登録や、リスク管理措置およびリスク管理措置の遵守など、一定の義務が課される。欧州連合(EU)のAI法が法案であった時点でのリスクベースのアプローチを踏襲している。タイの今後のAI法の枠組みがAV規制にどの程度影響するかは未知ではあるが、AI法がAVメーカーに直接影響しないとしても、AV向けAIのサプライヤーに影響を与える可能性は高い。また、AIやデジタル規制における域外適用が一般化されつつあることにも注意が必要だ。一方、タイではAIイノベーションの促進・支援に関する法案もあるが、AVに関する具体的な規定は含まれていない。
AIの規制枠組みが確立されたとしても、AVシステムの全側面をカバーするのは難しいかもしれない。しかし、分野横断的にAIに関する重要なルールが規定されることになるだろう。これらのルールには、データガバナンス、データの共有と取引、リスク評価と管理、技術的堅牢性、安全性、説明責任などが含まれる可能性がある。したがって、タイにおけるAVの導入にある程度の影響を与えると思われる。
言うまでもなく、サイバーセキュリティやデータプライバシー関連の規制も重要だ。これらの法律は近年施行され、法的枠組みの補完のために細則の策定が続いている。
タイでは現時点ではAVに関する特別法はなく、交通法、陸上運送法、自動車法、消費者保護法、製造物責任法、民商法典に基づく不法行為に関する条項、刑法など、一般法が適用される。
これらの一般法はAVを想定していないため、AVの使用から生じる賠償責任の判断は容易ではない。現行法上、歩行者などがAVの起こした事故で被害に遭った場合、当該被害が不可抗力によるものか被害者の過失によるものであることを運転者側が立証できない限り、運転者は賠償責任を負うと考えられる。ところが、レベル3以上の高度なAVの場合、運転者が常時運転を監視する必要がなく、また、AVを全く制御していないため、運転者が適切な注意を払っても損害を防ぐことができないことが予想される。その場合、これを不可抗力と取り扱うべきかという問題が生じる。また、AVメーカーやAVシステム開発者など他の関係者にも責任を課すことができるかという問題も生じる。さらに、自動運転モードのAVと非自動運転車両が事故を起こした場合、あるいは自動運転モードのAV同士の事故の場合、過失の立証に関する問題はより複雑となる。
他の現行法も、こうした課題に対処するために制定されたものではない。したがって、これらの問題に対処し、AV使用に関連する責任のより正確な判断・分析を可能とし、裁判所へ提出する証拠がより実用的で有益なものとなるようAVに特化した法枠組みを整備すべきだろう。その中で、例えば、自動運転システム使用時の運転制御記録の要求や自動運転使用中に人為的介入を必要とする危険が生じ得る場合の運転者への通知・警告の要求などを盛り込んでいくべきだろう。
米国など限定的な地域ではあるが、レベル4相当のAVを用いて無人タクシーのサービスが運用が始まっている今、数年後にはさらなるAVの技術発展と実用の多様化が見込まれる。新技術への受容性が比較的高いタイではAVに関する法整備は必須だ。
タイにおけるAV規制の整備においては、自動運転システムの作動可能な状況の把握と指定や、自動運転装置・システムの性能のセキュリティ基準への適合の確保など、すでに法整備が進んでいる国の法的枠組みを参考とすることもできるだろう。ただ、他国にはない歩行者の行動や車両の種類、特定の交通条件や場所、地域に適用される特別な法律や規制など、タイ特有の課題を考慮することも不可欠だ。さらに、AVが広く普及するようになれば、最終的には運転者のいない乗客だけの車両が増える可能性があるため、交通法の調整も必要になるだろう。
著者:スリヨン・タンスワン、ブリン・サーヌット、阪本法子、ワルット・キッティシュンチット
ベーカー&マッケンジー法律事務所Baker McKenzie
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