タイ企業が切り拓く、日本食の新時代

THAIBIZ No.176 2026年8月発行

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タイ企業が切り拓く、日本食の新時代

公開日 2026.08.10

皿の裏側で起こっていること ~市場の成熟が変えた日本食サプライチェーン~

日本食市場の成熟は、店舗の競争だけでなく、食材の調達やメニュー作りにも変化をもたらしている。価格を維持するために採用される代替食材、広がるタイ産日本米、そして利益を生み出すメニュー設計。日本食レストランの「皿の裏側」では、いま何が起きているのか。卸業者として30年以上にわたりタイの日本食レストランを支えてきたフードプロジェクト(サイアム)のプラモード・プルアンアクソーン社長に話を聞いた。

フードプロジェクト(サイアム)
プラモード・プルアンアクソーン 社長
Mr. Pramote Pruang-aksorn

アサンプション大学でマーケティングを学び、1990年にサバの輸入事業に参画。購買責任者として世界中の食材調達を開拓し、同社の事業基盤を築く。2004年に社長就任。現在はプルアンアクソーン・グループ代表も務める。

「特別な食事」から日常食へ

タイの日本食市場は、この30年余りで大きく姿を変えた。その変化を食材流通の現場から見続けてきたのが、卸業者であるフードプロジェクト(サイアム)だ。現在は約1,000品目の商品を扱い、1万5,000ヵ所を超えるレストランやホテルへ食材を供給している。取り扱い商品の4〜5割を海産物などの日本食材が占め、和牛の販売実績でもタイ国内トップクラスを誇る。

プラモード社長によれば、1988年の創業当時、日本食は駐在員や一部富裕層が利用する「特別な食事」だった。しかしアジア通貨危機後、タイ・ビバレッジ傘下の「オイシ・グループ」をはじめとする日本食ビュッフェ業態の登場をきっかけに市場は大きく広がった。

現在では、寿司やラーメン、焼肉、しゃぶしゃぶ、とんかつなど幅広い業態が定着し、一貫10〜20バーツの寿司から数千バーツのおまかせまで、多様な価格帯が共存する市場へと成長している。同社長は、「今のタイ人にとって、日本食は日常的な食事の選択肢の一つだ」と話す。

レッドオーシャン市場で問われる原価管理力

日本食が日常食として定着したことで、日本食レストランを取り巻く環境にはどのような影響があったのだろうか。「以前は、どの業態にも成長余地があったが、ここ1〜2年で状況は大きく変わった」。同社長によると、特に寿司ビュッフェや焼肉、しゃぶしゃぶといった業態では新規参入が相次ぎ、市場はレッドオーシャン化している。消費者にとって選択肢が増えたが、店舗側は限られた顧客を奪い合う状況になっているという。

こうした環境で利益を左右するのが、店舗運営の精度だ。例えば寿司業態は、生鮮食材を多く扱うため廃棄ロスが発生しやすい。価格競争が激しくなれば利益率も下がるため、原価管理の難しさも抱える。同社長は、「今は品質によるスクリーニングの時代だ」と表現する。味やサービスだけでなく、セントラルキッチンの活用や仕入れ・在庫管理まで含めた総合力がなければ、生き残ることは難しい。一方で、ラーメンやとんかつなどの専門業態は比較的ロス管理がしやすく、地方を含めて成長余地も残されていると語る。

価格を守るために進む「代替食材」の活用

競争の激化と同時に、レストラン経営を取り巻くコストも上昇している。原材料費に加え、物流費やエネルギーコスト、人件費も上がり、価格を維持しながら利益を確保することは以前より難しくなった。そうしたなか広がっているのが、代替食材の活用だ。例えばイクラ。従来はチャムサーモン(白鮭)の卵が主流だったが、近年はピンクサーモン(カラフトマス)やトラウトサーモンの卵を採用するケースが増えている。また、高級寿司店などで使われるボタンエビも、価格高騰を背景にアルゼンチン赤エビへ切り替える動きが見られるという。

同社長は、「レストランにとって大切なのは、自店のターゲット・価格帯に合わせて食材を使い分けることだ。価格だけを優先するのではなく、消費者が求める品質とのバランスを見ながら、日本産と代替の食材を組み合わせることが必要になっている」と話す。近年はタイ国内で生産される日本米の品質も向上しているため、採用するレストランが増えている。また、ASEAN域内で製造・加工された日本食材の流通も進む。

これらの背景には供給リスクへの備えもある。中国による日本産海産物の輸入規制が行われた際には、日本産海産物の価格が大きく変動した。「価格が下がれば消費者には良い話だが、高値で仕入れたレストランには大きな損失になる。価格だけでなく、供給の安定性も含めて調達を考えなければならない」と振り返る。

食材は「どう使うか」が重要に

食材の選び方だけでなく、その活用方法も変わってきた。同社長によれば、「今は食材だけを提案しても採用されない。その食材でどんなメニューが作れ、どのくらい利益が出るのかまで求められる」という(図表4)。そのため同社では、新しい食材を提案する際、メニューアイデアや原価計算もあわせて提案している。また、人件費の上昇や人材不足を背景に、小分けや下処理を施した「ポーションコントロール」食材や、廃棄ロスを減らし、原価率を管理しやすくするため同じ食材を複数のメニューで使う「クロスユース」の需要も伸びているという。

さらに、中堅チェーンでは新規出店だけでなく、既存店のリブランディングや新ブランドの立ち上げによって、変化の早い消費者ニーズへ対応する動きも見られる。SNSで話題になるメニューの流行は長くても1〜2年ほど。「メニュー開発に半年もかけていては、ブームは終わってしまう。データも活用しながら、変化に合わせて素早く提案することが欠かせない」と、同社長は指摘する。

タイではまだ知られていない「季節限定」の価値

プラモード社長がもう一つ力を入れているのが、「季節限定(シーズナル)」の提案だ。タイには日本のような四季がなく、「暑い、とても暑い、最も暑いだけ」と笑う。そのため、消費者はおろかレストラン側でさえも「食材の旬」への理解が乏しいのが現状だという。

しかし、農水産物には必ず最も品質が良くなるピーク(旬)が存在する。同じ魚でも時期によって脂の乗り方や味は変わる。そのため同社では、単に在庫を一年中安定供給するだけでなく、「旬」の価値もあわせて伝えているという。レストランが旬を知り、その時期ならではの食材をメニューとして提案することは、店のストーリーづくりや他店との差別化にもつながるからだ。

多様化する市場、求められる新たなスキル

また、同社長は、「プレミアム・マス」市場には依然として成長余地があると話す。高級店のように特別な日に利用するのではなく、日常的に利用できることが重要となるが、この層を取り込むことで、市場の拡大や事業のスケール化が可能になると見る。この市場では、最高級の食材だけが答えではないためだ。例えば最近人気のカニ味噌も、配合比率やグレードを調整することで、より幅広い価格帯の商品として展開できる。和牛も、日本産の最高級品だけでなく、F1やオーストラリア産WAGYUなど、ターゲットに応じて提案を変えることが可能だという。

一方で同社長は、プレミアム・マス市場で長く生き残るためには、ブランド力とマネジメント力の両方が欠かせないという。また、小規模店であれば、大手と同じ土俵で競争するのではなく、ニッチ市場を狙うことも一つの方法だ。日本で成功した商品や業態も、そのままタイで受け入れられるとは限らない。タイ人の味覚や利用シーンに合わせてローカライズすることが成功への近道だと明かしてくれた。

THAIBIZ編集部
サラーウット・インタナサック / 和島美緒

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