タイ企業が切り拓く、日本食の新時代

THAIBIZ No.176 2026年8月発行

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タイ企業が切り拓く、日本食の新時代

公開日 2026.08.10

本物を知った消費者たち ~訪日旅行が加速させる日本食市場~

日本食レストラン店舗数の推移について、ジェトロ・バンコク事務所の阿部一郎所長は、「これまでのように『日本食』という大きなくくりで市場が広がる時代から、日本食の解像度が上がるフェーズに入ってきた」と話す。専門店化の進展や訪日旅行による本物志向の高まり、そして外食から中食、地方市場への広がり。2025年の調査データと同所長への取材をもとに、日本食市場の新たな成長の可能性を探る。

日本貿易振興機構(ジェトロ)
バンコク事務所
阿部 一郎 所長

「量」から「質」の時代へ

ジェトロ・バンコク事務所が行った「2025年度タイ国日本食レストラン調査」によると、タイの日本食レストラン数は5,781店舗となり、2007年の調査開始以来初めて減少。業態別では「総合和食」が前年比2.8%減、「寿司」が2.3%減、「焼肉」が9.0%減となった一方、「ラーメン」は2.6%増、「喫茶」は6.4%増と新たな特徴も見られた(図表5、6)。

阿部所長は、こうした変化を専門店化が進んだ結果と見る。何でもそろう総合和食店に加え、寿司やラーメン、とんかつなど、それぞれの専門性を打ち出した業態の台頭も盛んになってきたと語る。日本食が日常の食事として定着したことで、消費者の選択肢も広がり、市場そのものが細分化されてきたという。

店に求められる価値も変わりつつある。SNSの普及により、食材へのこだわりや職人の技、料理ができるまでのストーリーなど、「体験価値」を伝えることが今後ますます重要になると話す。

訪日旅行が育てた「本物志向」

市場の成熟とともに、消費者が日本食に求めるものも変わってきた。同所長は、その背景の一つに訪日旅行の広がりを挙げる。「日本で本物の味を知った人が、帰国後もタイでその味を求めるようになっている」。2025年のタイ人訪日客数は123万人を超え、約7割がリピーターとなった※1。東京や大阪だけでなく地方都市を訪れる旅行者も増え、地域ごとの食文化や特産品に触れる機会も広がっているという。

こうした変化を背景に、店舗数が初めて減少した一方で、日本からタイへの農林水産物・食品の輸出額は2025年に735億円となり、前年比17.1%増と過去最高を更新した(図表7)。水産物に加え、牛肉や抹茶、さつまいも、いちごなどの輸出も大きく伸びている。同所長は、タイの消費者には新しいものを受け入れる土壌があると見る。最近では、納豆がインフルエンサーの発信をきっかけに健康食品として注目されるなど、新たな食文化が広がる動きも見られるという。

※1日本政府観光局(JNTO)発表資料(2026年1月21日)

「外食」だけではない、市場の可能性

さらに、同所長が特に注目するのが、中食市場だ。タイでは外食や中食の利用が日常的であり、家庭での調理は電子レンジで温める程度にとどまることも多いという。こうした食習慣を背景に、日本食もレストランだけでなく、惣菜や弁当として購入するスタイルが定着しつつある。同所長は、新たに進出した「ロピア」などの日系スーパーで、日本産のいちごや惣菜を買い求めるタイ人の姿を例に挙げる。バンコクの商業施設では外食ビジネスの競争が激しくなっている一方、スーパーや小売を通じた市場には、まだ成長の余地があると見ている。

地方市場も一つの可能性だ。日本食レストランはバンコク都内に2,609店舗が集中している一方、2020年以降はタイ全77県すべてに日本食レストランが存在するようになった。同所長は、今後はバンコクだけでなく、地方の人々にも日本食を届けていくことがチャンスになると話す。

加えて、電子商取引(EC)やデリバリーの拡大も市場を後押しする。タイの配送・デリバリー市場規模は2024年に約40億米ドル、EC市場も前年比19%増の約260億米ドルに達した※2。外食だけでなく、小売やデリバリーを通じた販売チャネルも拡大しており、日本食市場の裾野はさらに広がりつつある。

※2 Google, Temasek and Bain & Company, e-Conomy SEA 2024 Report

日本食市場はさらなる進化へ

消費者の選択肢が増えるなか、日本企業にもこれまでとは異なる向き合い方が求められている。現地の嗜好や利用シーンに合わせたメニュー開発、店舗運営を行うには、タイの感覚を持つローカルパートナーとの協業も欠かせない。

一方、新しいプレイヤーの動きも見られる。近年は飲食業だけでなく、不動産会社や宝飾関連企業など、異業種から日本食レストラン事業への参入相談がジェトロへ寄せられることも増えている。訪日旅行で日本食を体験した企業や個人が、自社の収益ポートフォリオの一つとして日本食ビジネスに関心を寄せているという。

こうして、次なるタイの日本食市場では、店舗数という数字では見えない変化が着実に進んでいる。

THAIBIZ編集部
サラーウット・インタナサック / 和島美緒

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