
カテゴリー: 対談・インタビュー, 特集, カーボンニュートラル
公開日 2026.06.10
目次
鉛フリーの硬質塩ビやバイオベース軟質塩ビを開発したのは、日本人とタイ人から成るタイのR&Dチームだ。技術的な難しさをいかに乗り越えてきたのか。チーム内の協力体制をどのように築いているのか。同チームで開発を牽引するウィジットラ・サンマスーンナーン氏およびタナッター・ナークカム氏に話を聞いた。
三菱ケミカルタイランドのR&Dチームは、日本人1人とタイ人5人の計6人で構成されており、日本人がチームマネジメントを担っている。

特に鉛フリーの硬質塩ビの開発に携わったウィジットラ氏は、「タイ拠点では熱可塑性エラストマー(TPEs)や熱可塑性ポリオレフィン(TPO)といった素材も扱っているが、これらは日本本社で配合※が決定されるため、タイ側で独自に開発できる機会は限られている。一方、ポリ塩化ビニル(PVC)は、タイ側で環境に優しい素材を探索し、配合に応用しやすい。そのため、まずはPVCに注力し、環境対応を進めている」と説明する。
※目的の性能を持つ材料に仕上げるための、複数の原料の組み合わせと割合
鉛フリーの硬質塩ビの開発に至った経緯について、同氏は「当社のR&Dチームは、ラボ内での研究開発にとどまらず、顧客やサプライヤーと共に製造現場へ足を運び、現場がどのような課題に直面しているかを自ら汲み取ることを重視している」としたうえで、「欧州市場への進出を志向しながらも、厳格な環境基準という制約に直面しているタイの顧客の現状を把握したことが、製品開発の重要な起点となった」と語る。
鉛フリーの硬質塩ビの開発における最大の課題は、鉛の代替となる添加剤(安定剤)の選定だった。ウィジットラ氏は「欧州基準の厳格な試験や顧客承認をクリアするためには、従来の配合と同等、あるいはそれに限りなく近い性能を維持する処方開発が不可欠となる。この最適解を見出すため、2〜3年にわたり継続的な研究と多大な労力を費やした」と、その苦労を明かした。

一方、バイオベース軟質塩ビの開発を牽引したタナッター氏は、「自然由来の原料をPVCと適切に配合する点に難しさがあった」と振り返る。なかでも、コーヒー焙煎後の出し殻の粒径をマイクロメートル単位で制御することが最大の課題であり、成形品の表面に凹凸が生じないよう、均一で滑らかな質感を維持することが求められたという。
さらに「出し殻は調達先によって粒径にばらつきがあるため、最終的には4社の中から最も粒径の小さい原料を安定的に供給できる調達先を選定した。選定にあたっては、4社すべての原料で試作を行ったうえで、総合的に判断した」と、調達先の厳選プロセスについても語った。
こうして生み出された新素材の品質や価値について、ウィジットラ氏は「鉛を完全に排除することで従来の限界を突破し、グローバルな安全基準への適合を実現した。製品性能の維持と安全性の両立により、将来の規制強化への備えとして、顧客にとって極めて費用対効果の高い選択肢となりつつある」と自信をのぞかせる。
タナッター氏も「当初は木質系廃材の活用を検討していたが、これは比較的すでに再利用が進んでいる原料である。一方で、これまで廃棄されてきたコーヒー焙煎後の出し殻を活用することで、より価値の高いサーキュラーエコノミーの推進につながると考えた」と説明。さらに、「アップサイクルを通じて製品に新たな付加価値と独自性を付与することで、サステナビリティへの関心が高まる現代の消費者トレンドにも合致すると考えている」と胸を張る。
同社のR&Dにおける成功は、日タイ両国のエンジニアが持つ異なる強みを融合させた結果であるとも言える。ウィジットラ氏は日本人エンジニアの強みについて、「緻密さと戦略的な計画性にある。日本人は『PDCA(Plan:計画、Do:実行、Check:評価、Act:改善)』サイクルの中でも特に『Plan』を重視し、正確性や法的要件の遵守を徹底することで、チームの持続可能な基盤の構築を実現している」と見解を述べる。
一方で、同氏によれば、タイ人エンジニアは迅速性と機敏性に強みがある。『Do、Check、Act』に重きを置くことで、「変化する顧客ニーズに即座に対応し、スピード感のある成果を生み出せる」という。
こうした強みを相互に活かすことで、R&Dチームは強固な開発拠点としての機能を発揮している。さらに同氏は「異文化融合の鍵は、オープンなコミュニケーションと相互尊重にある」と述べ、チーム内では違いを障害ではなく、互いを補完し合う要素として捉えていることを明かした(図表4)。

チーム内で技術面の意見の相違が生じた場合、どのように対処しているのか。タナッター氏は「感情ではなく、実験結果や客観的なデータを判断基準とする“事実主義”を徹底することで、主観による不要な対立を防ぎ、相互の納得感を醸成している」と説明する。
さらに、タイ人が日本式の緻密な仕事術を吸収しようとする一方で、日本人もタイ側の柔軟性を積極的に学ぶなど、双方向の学習が定着している。三菱ケミカルグループが推進する「多様性の尊重」文化も相まって、これらが確固たるR&D体制を支える重要な基盤となっているようだ。
日本人との協働については、両氏とも前向きに捉えている。「日本人と働くことは自己成長の絶好の機会だと感じる。日本人特有の緻密な仕事術や時間厳守の姿勢を学べるだけでなく、サプライヤー訪問や海外視察、さらにはグローバルな知見共有の機会もあり、多角的な経験を積むことができている」という。
今後の目標についてウィジットラ氏は、「環境基準の厳格化が進む世界各国の市場において、タイで生まれたイノベーションを基盤に、世界の『グリーン・プラスチック』産業を力強く牽引していきたい」と語る。
タナッター氏も「バイオベース軟質塩ビの開発をさらに進め、コーヒーの出し殻にとどまらず、多様な再生可能資源の活用を目指したい」と目標を語ったうえで、「三菱ケミカルグループのR&Dグローバルネットワークを最大限に活用し、グループ全体の技術力・開発力の向上にも貢献していく」と意欲を示した。
日本人とタイ人が補完し合い、歩み寄ることで実現したサステナブル素材の開発というイノベーション。この動きは今後、国外へと広がり、グローバル全体のサステナビリティに寄与していくことが期待される。

THAIBIZ編集部
サラーウット・インタナサック / 白井恵里子


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