
カテゴリー: 対談・インタビュー, 特集, カーボンニュートラル
公開日 2026.06.10
目次
環境対応は、もはや「コスト」ではない。それをいかに利益へと転換し、持続的な事業として拡大できるかが、いま素材メーカーに突きつけられている核心的な経営課題である。本特集では、三菱ケミカルタイランドの実践を通じて、環境配慮型素材を起点とした事業創出のリアルに迫ってきた。
本稿ではその総括として、「0→1」を生み出す現場の俊敏性から、「1→100」へとスケールさせる際に立ちはだかる構造的課題、そしてそれを乗り越えるためのデータ基盤と組織設計の要諦を整理する。タイで実証された成功モデルは、単なる一拠点の事例にとどまらず、グローバルで勝ち続けるための普遍的な示唆を投げかけている。

Senior Manager 伊藤 一磨 氏
DX推進ロードマップや新規事業策定、ERP等の経営基盤システム構想策定・導入など、デジタル×事業のコンサルティングを経験。GX・サーキュラーエコノミー領域の新規事業構想支援にも従事。タイを拠点に、事業変革とグローバル経営基盤の構築を支援。
Tel: 02-610-1100
E-mail: thabmarketing@abeam.com
環境配慮型素材の重要性は、もはや説明を要しない。いま経営に問われているのは、単に「作れるか」ではなく、「継続的に利益を生む事業としてスケールさせられるか」である。この問いに対し、三菱ケミカルタイランドの取り組みは極めて先駆的な示唆を与えてくれる。
彼らの成功の本質は、個別の製品開発手法そのものにとどまらない。特筆すべきは、環境対応を多くの企業が陥りがちな「コスト増や手間」としてではなく、顧客の「グローバルサプライチェーンからの脱落」を防ぐ防衛線であり、不可欠なパートナーとなるための「勝機」として捉え直した点にある。欧州の厳格な環境規制など、顧客が直面する課題を現場でいち早く察知し、規制適合素材を迅速に提供することで、新たな市場機会(0→1)を切り拓いたのだ。
そうなると次のチャレンジは、タイ市場で芽吹いたこれらの有望なイノベーションを、いかにしてグローバルな収益の柱(1→100)へとスケールさせるかだ。
初期の事業化を成功に導いた要因は、現場における徹底した試行錯誤と意思決定のスピードにある。
再生可能資源を活用する際などは特に、品質のばらつきや安定供給を見極めるために、単なる環境性だけでなく量産適合性を含めた総合力が問われる。
さらに、顧客やサプライヤーとの物理的な近さを活かし、調査から生産までを内製中心で回す体制や、多くの案件で本社を介さず現地決済を行う機動力は、正解が一つではない環境素材領域において、試行錯誤をそのまま競争力に変える強力な武器となっている。
タイという「現場」が持つアジリティ(俊敏性)が、0から1を生み出し、実ビジネスを立ち上げる大きな推進力となったことは疑いようがない。
ただし、この「一拠点の現場力」だけで、事業をグローバル規模へ拡大し、第2、第3のエコ素材を継続的にヒットさせることは容易ではない。本格的なスケールのフェーズでは、大きく三つの壁が立ちはだかるからだ(図表5)。

第一の壁は、ラボと量産現場の処方のギャップである。試験管レベルで成立した環境配慮型の配合が、いざ大規模な量産ラインに乗せられた際、想定外のコスト増や歩留まりの悪化を引き起こすケースは後を絶たない。
第二の壁は、環境価値・コスト・供給安定性が部門ごとに分断されて判断されるという弊害である。開発部門は環境性能を追求し、調達部門はコストと安定供給を重視し、営業部門は顧客仕様を優先する。これらが統合されないまま事業化が進むと、どこかで採算や品質の破綻を招く。
第三の壁は、一拠点で生まれた成功知見を他市場へ横展開する仕組みの不足である。現場のアジャイルな連携でカバーできていた範囲を超えたとき、属人的な努力に代わる「仕組み」が必要となる。
これらの壁を乗り越え、イノベーションを真の収益事業へと変えるために不可欠なのが、強固な経営インフラの構築である。
事業化の局面においては、どの処方が、どの試験・原料条件で顧客仕様に適合し、かつ複雑化する各国の規制適合証明をどう担保するのかを、開発・生産・調達・営業の全バリューチェーンが同じ情報でリアルタイムに把握できる状態が求められる。ここに、製品ライフサイクル管理(PLM)や基盤業務システム(ERP)といった基盤を、単なるITツールではなく「経営インフラ」として再設計する意味がある。
また、第三の壁を突破してタイ発のイノベーションを地域全体へ波及させるには、現場で得られた泥臭い知見やデータを属人的なものに留めず「資産化」し、拠点間で再利用・横展開できる情報基盤の整備が前提となる。同時に、日本本社との役割分担を再定義し、本社がグローバルなガバナンスとデータ標準を担保しつつ、現地拠点が自律的に事業をドライブする組織設計が求められる。
環境配慮型素材の競争は、単なる研究開発の枠を超え、それをいかに確実に収益化し、グローバルな地域展開へとつなぐ仕組みをつくり上げるかという、総合的な経営課題へとシフトしている。現場の創意工夫を最大限に活かしながら、開発から供給、そして経営判断までを一つの土俵で捉える「経営の設計力」こそが、いま素材・化学業界に最も求められている。
優れた技術や現場の熱意を、一過性のプロジェクトで終わらせるのではなく、持続的かつスケーラブルな収益事業へと昇華させること。そのための強靭なデータ基盤と組織的な仕組みづくりに向き合うことこそが、次代の化学業界を勝ち抜くための真の競争力の源泉となる。

THAIBIZ編集部
サラーウット・インタナサック / 白井恵里子


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