
カテゴリー: ビジネス・経済, ASEAN・中国・インド
連載: M&Aの基礎 - Deloitte Thailand
公開日 2026.07.10
前編では、東南アジアのコンテンツ市場が盛り上がりを見せるなか、日本のコンテンツ関連事業者による東南アジア進出が活発化している一方、中国・韓国・東南アジア企業との競争も激化している点に触れた。後編の本稿では、目まぐるしく事業環境が変化する同市場において、日本企業がどのように事業機会を捉え、勝ち筋を見出していくべきかを考えていきたい。

目次
コンテンツビジネスは非常に広範にわたるため、ここでは日本企業が取りうる事業展開シナリオ二つを例にとって検討していきたい。一つは日本発の既存知的財産(IP)を東南アジアに展開していくシナリオ、もう一つは特定IPにこだわらず、東南アジア現地エコシステム創成に参画・リードすることを目指すシナリオだ。
一つ目のシナリオの中でも、何を展開するか(デジタルコンテンツ、出版物、グッズ等)、どのように展開するか(直販、ライセンシング等)によって、さらにシナリオの細分化が可能だが、ここでは一例として「日本のIPホルダーが、自社IPの商品化ライセンス展開(商品へのIP利用)を目指すケース」を想定し検討していきたい。
新たに東南アジア市場で商品化ライセンス事業を展開、あるいは強化しようとする場合、よくある課題が現地市場に対する「土地勘」やリソースの不足である。そのため、進出に向けた第一歩として現地市場理解や現地企業ネットワーク面で信頼のおけるパートナーを見つけることが肝要となる。
例えば、IPのライセンシング業務(営業、条件交渉、契約等)やイベント開催などをサポート・代行する「ライセンシング・エージェンシー」と呼ばれる事業者には、東南アジアをカバーしているプレイヤーも多い。香港系の老舗グローバル大手数社のほか、東南アジア・中華圏の複数国に展開するシンガポール大手、タイに根差し商品化ライセンシングに加えコンテンツ・商品流通支援も行うタイ大手などがおり、そういった多様なライセンシング・エージェンシーが日本・グローバルIPを多く手掛けている。すでに一定の認知を獲得済のIPの場合、まずはそうした企業に相談するのも選択肢の一つだ。
昨今では、東南アジアに拠点・ネットワークを持つ一部日本企業や、日本貿易振興機構(ジェトロ)も現地でのIP展開支援を行っており、選択肢の幅が広がっている。
ただし、当然ながらパートナーを獲得さえすれば良いというものでもない。ライセンス事業成功に向け、IPホルダーが主に押さえるべき点を二点挙げたい。
第一に、IP軸での全体最適観点からライセンシング戦略を考えること。そのために、必要な体制を自社で構築する、またはその点に優れたパートナーを選ぶことだ。
具体的には、IPライセンシングを希望する現地企業からの引き合いベースで受動的に許諾可否判断をするだけでなく、IPホルダー側で能動的に全体舵取りを行えるようにする必要がある。そのためには、主要ターゲット消費者セグメントの購買動向や、各業界(日用消費財等)の現地市場シェア構造、競合IPの動き等を勘案した上で、営業先の選定や提案アプローチを、IPの成長戦略観点から検討する必要がある。
特に、ライセンス契約は対象となる地域・国、商品種別ごとに排他的な独占契約となることが主であるため、引き合いベースで契約をし、後からより良い案件が出てきても、1~2年の契約期間中は原則として切り替えが難しい。IPには「旬」があるなか、SNSでの「バズり」や新作コンテンツ公開時期等の商機を最大限活かすためにも、そうした機会損失は避けたいところだ。
第二に、IPをブランド棄損等から守る観点だけでなく、ライセンシー企業(IPの使用許諾を受けた企業)への価値発揮観点もバランス良く持つこと。
IPの価値・イメージ・世界観保護のためのガイドライン制定およびライセンス管理は重要だが、他方で、顧客であるライセンシー企業がIPライセンシングによって商品認知度や売上の向上といった効果をあげられるよう、IP側としてどのように貢献・支援ができるかという視点も持たないと、ライセンス事業に広がりが出ていかない恐れがある。実際に、東南アジアの現地プレイヤーからは、日本の一部IPホルダーについて「契約等事務手続きのリードタイムがかかりすぎるのでライセンス契約を見送った」「柔軟性に乏しく、限られたビジュアル素材から選ぶしか選択肢が無かった」という不満も漏れ聞こえる。
それと対照的な例が、昨今インドネシアで非常に勢いを持つ現地発WebコミックIP「Tahilalats(タヒララツ)」だ。タヒララツのIPホルダーは、ライセンシー企業がタヒララツキャラクターを使用する許諾を行うだけでなく、約616万人(2026年6月下旬現在)のフォロワーを持つ公式Instagramアカウント上で、ライセンシー企業商品を紹介するオリジナル漫画コンテンツ投稿等も行う。つまり、IPをKOL(Key Opinion Leader)※1として機能させ、ライセンス投資対効果(ROI)貢献に向けて積極的な取り組みをしているのだ。新興IPのため「守り」より「攻め」を重視しやすいという点は大きいものの、SNSの影響力が大きな東南アジア諸国においては、日本IPがこうした姿勢から学べるところもあるのではないか。
※1 SNSマーケティング文脈では、SNS上で高い発信力や影響力を持ち、フォロワーの認知・関心・購買行動に影響を与える存在を指す。
日本企業にとっての事業展開シナリオの二つ目は、特定IPにこだわらず、東南アジア現地エコシステム創成に参画・リードすることを目指すシナリオだ。
前編でも触れた通り、日本にとっての東南アジアの位置付けは「制作委託先」から「市場(消費地)」、さらには「新規IPのインキュベーション拠点」へと質的に転換しつつある。東南アジアのコンテンツ市場が自律的に成長していくためには、有望なクリエイターや事業者が継続的に生まれ、育ち、収益化できる環境が必要だ。そうした土壌づくりに日本企業が関与することは、現地市場の発展に資するだけでなく、日本発IPにとっても中長期的な恩恵をもたらしうる。
実際に、インドネシアで急成長中のあるエンタメ事業者に「日本企業に期待すること」を質問した際、「インドネシアには制作を担う人材は多くいるが、ビジネス視点で全体の事業設計をするプロデュース人材が欠けているため、現地エコシステム創成をサポートしてほしい」との答えが返ってきた。
また、タイ政府やインドネシア政府もソフトパワー政策の中核として自国のコンテンツ産業競争力強化を重視し、国をあげてIPが継続的に収益化される市場導線づくりを支援している。こうした現地ニーズ・政策的追い風を踏まえると、今後は「IPを売る企業」だけでなく、「現地エコシステムを支える企業」にも商機が広がる可能性が高い。
では、日本企業は具体的にどのような形で参画しうるのか。一つは、現地IPやクリエイターの事業化支援である。東南アジアでは、SNSや動画プラットフォーム起点で人気を獲得するIPが増えている一方、才能を見出し優れたコンテンツを持続的に生み続けるためのメカニズム(発掘・育成機能、試行錯誤を支える資金力等)や、IP収益化のための360度展開※2、会社組織化、体系だった資金調達の仕組みは発展途上の部分もある。この点、日本企業は蓄積してきた知見を活かすことで現地事業者・産業全体の成長パートナーとなりうる。さらに、日本企業としても有望IPへの出資・共同開発・独占パートナーシップといった機会の獲得につながりうる。
※2 一つのIPを、アニメ、ゲーム、グッズなどへ多角的に展開し、IP全体の魅力と収益性を高める考え方(参照:経済産業省 令和8年 コンテンツ産業成長投資支援事業資料)
二つ目は、流通・販促・権利管理といった「基盤機能」の担い手としての参画である。日本企業が自国で培ってきたノウハウを持ち込み、必要に応じて現地企業とも組みつつこうした基盤を補強できれば、特定の作品単体ではなく市場全体の成長にレバレッジをかけることができる。正規版コンテンツ・グッズにアクセスしやすい環境を整え、「推し」に公式に課金できる状態をつくることは、市場の健全化だけでなく、将来的なIP価値の最大化にも直結するだろう。
東南アジアのコンテンツブームを一過性のものに終わらせず、自律的に成長し続ける市場へと進化させるためには、現地ライセンシー企業やコンテンツ事業者が発展し、IPが継続的に収益化される仕組みづくりそのものに関与・貢献していく発想が重要になる。既存IPの海外展開と現地エコシステム創成を両輪で推し進めることが、日本企業にとっての中長期的な勝ち筋につながるのではないだろうか。

Deloitte SR&T (Thailand) Co., Ltd.
Senior Manager, TMT Industry
喜多 めぐみ 氏
2016年デロイトトーマツコンサルティング参画、2024年よりDeloitte Southeast Asiaに出向。東南アジア主要国を対象に、メディア・エンターテインメント領域を中心とした市場調査・新規市場参入戦略策定、事業戦略策定案件等に参画・リード。
E-mail: mkita@deloitte.com

Director, Strategy / M&A, TMT Industry
渡辺 敏弘 氏
新卒でデロイトトーマツコンサルティングに入社し、ハイテク・TMT業界中心に戦略策定やM&A支援を担当。2020年よりDeloitte Thailand事務所へ出向し、東南アジアの日系TMT業界をリード。
E-mail:toswatanabe@deloitte.com
Deloitte SR&T (Thailand) Co., Ltd.
デロイトタイの日系企業サービスグループ(JSG)では、多数の日本人専門家を抱え、タイ人専門家と共に、タイにおけるあらゆるフェーズでの事業活動に対して、監査、税務・法務、リスクアドバイザリー、フィナンシャルアドバイザリー、コンサルティングサービス等を日系企業のマネジメントの皆様に提供しています。
Website : https://www2.deloitte.com/th/en.html

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