タイ企業が切り拓く、日本食の新時代

THAIBIZ No.176 2026年8月発行

THAIBIZ No.176 2026年8月発行タイ企業が切り拓く、日本食の新時代

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タイ企業が切り拓く、日本食の新時代

公開日 2026.08.10

日本貿易振興機構(ジェトロ)によると、2025年、タイの日本食レストラン数が調査開始以来初めて減少に転じた。このニュースは、日本食市場の転換点を象徴する出来事として大きな注目を集めた。

一方で、タイ発の日本食レストラングループ「MAGURO Group(まぐろグループ)」が躍進している。2025年には純利益が前年比53.7%増となり、7月下旬にはさらに新ブランド「廻転鮨 銀座おのでら」がオープンした。本特集では、チャクリット・サイソムブーン最高経営責任者(CEO)への取材を通して、その成長理由を探り、今、タイ企業が「日本」の価値をどう捉え、事業として形にしているのかを紐解く。さらに、食材流通の現場やジェトロの分析も交えながら、タイの日本食市場における次の成長機会を考える。

MAGURO Group Public Company Limited
最高経営責任者(CEO)
チャクリット・サイソムブーン 氏
Mr. Jakkrit Saisomboon

1980年生まれ。米パシフィック・ステイツ大学で経営学を学ぶ。自動車関連企業などを経て、2015年に友人3人と同グループを共同創業。日本文化への共感を原点に、タイ有数の日本食レストラングループへと成長させた。

日本食ブームは終わったのか

1980年代の日本企業進出ラッシュとともに拡大してきたタイの日本食市場は今、大きな転換点を迎えている。「以前と今では競争の質が大きく変わった」と話すのは、まぐろグループのチャクリットCEOだ。かつては市場そのものが成長を続けていたため、新規出店にも追い風が吹き、店を出せば売り上げを伸ばしやすい環境だった。しかし現在は、日本食がタイ社会に定着したことで、市場は拡大競争の時代から選別の時代へと移りつつあるという。

その結果、評価されるポイントも変化した。単に料理がおいしいだけでは十分ではなく、品質や価格に加え、日本らしさやブランドのストーリー、店舗で過ごす体験まで含めた総合的な価値が求められるようになった。特にZ世代を中心とした若い消費者は、美しい盛り付けや季節限定メニュー、ブランドの背景にも敏感だ。

さらに近年は、経済環境の変化によって消費者の節約志向も強まった。高品質な食事への需要は根強いものの、価格とのバランスをより重視する傾向が顕著になり、かつて急成長したおまかせやファインダイニングなど高価格帯市場は縮小傾向にある。競争が激化するなかで、各店には価格帯を問わず、より明確な価値を打ち出すことが求められている。

成熟市場で存在感を高めるMAGURO

こうした厳しい市場環境のなか、顕著に成長しているのが、「MAGURO」「とんかつ檍」などを展開するまぐろグループだ。2024年にはタイ新興企業向け市場「MAI」へ上場。2025年の売上高は前年比44.2%増の19億8,083万バーツ、純利益が同53.7%増の1億4,850万バーツとなるなど成長投資を加速させている(図表1)。

2015年、バンコク郊外のバンナー地区にある小さな日本食レストランからスタートした同グループは、約10年でタイを代表する日本食レストラングループの一つへ成長した。現在は10を超えるブランドを展開し、2026年第2四半期末時点の店舗数は58店舗。さらに年末までに73店舗体制を目指しており、この1〜2年だけを見ても、新ブランドの立ち上げと新規出店を次々と進めている※1。MAI上場後は日本の人気ブランドとの提携や新業態の開発にも積極的だ。成熟市場のなかで事業を拡大し続ける同グループの動きは、いまのタイ日本食市場を語るうえで欠かせない存在となっている。

では、同グループが成長する理由とは一体何か。そのスタートは、創業時に見いだした「市場の空白」にある。

※1 ターンセタキ(2026年2月19日)

MAGUROの成長理由1

プレミアム・マス市場という答え

チャクリットCEOによると、創業当時、タイの日本食市場は大きく二極化していた。価格重視の大衆向け(マス)市場と、高級ホテルなど高価格帯(プレミアム)市場だ。しかし、その中間には十分な選択肢がなかったという。「高品質な食材やサービスを求める人はいる。しかし、毎回高級店に行きたいわけではない。手が届く価格で、少し特別な体験を求める人たちがいた」。同CEOら創業メンバーが着目したのは、そうした層だった。後に「プレミアム・マス」と呼ばれる市場である。高級店ほど敷居は高くない一方、大衆店よりも品質や体験価値を重視する。安さではなく、品質や体験に対して「納得できる価格」で、少しだけ特別感を味わえる市場だ。

同グループは創業当初から、この市場に照準を合わせた。日本食を単なる食事として提供するのではなく、食材やサービス、店舗づくりを通じて期待以上の価値を届ける。その考え方は、現在も同グループの理念である「Give More Culture(顧客の期待以上の価値を提供する)」へと受け継がれている。結果的に、この市場は大きく成長した。近年は多くの競合企業も同じ市場を狙うようになり、プレミアム・マスはタイの日本食市場における主要な戦場の一つになっている。しかし、同グループが成長を続けているのは、市場を見つけたことだけが理由ではない。

MAGUROの成長理由2

品質と収益を両立する経営の仕組み

同CEOはグループの特徴について「職人(Shokunin)の気質を重んじつつ、経営・財務・マーケティングとの高度なバランスを維持していること」だと話す。高品質な日本食を提供するだけでなく、それを事業として持続的に成長させるため、次の仕組みづくりにも力を入れている。

①リピート来店を促す商品開発:タイでは日本と比べて商業施設内の店舗が多く、リピート率が高い。そのため消費者が飽きるスピードも速いという。同CEOは、「日本以上に頻繁な季節限定(シーズナル)メニューの投入が必要になる」と話す。日本の旬や季節感を取り入れながら、常に新鮮さと驚きを提供することで、リピート率の低下を回避している。

②グループ調達によるスケールメリット:和牛をはじめとする高品質な食材は、グループ内の複数ブランドで一括調達。ブランドの垣根を越えて食材を共有することで発注量を増やし、仕入れコストの最適化につなげているという。品質を維持しながら収益性も確保するための工夫の一つだ。

③データを活用した発注管理:同グループでは過去の販売実績などのデータを活用し、発注量を予測する仕組みも導入している。食品廃棄や在庫ロスを抑えつつ、食材の安定供給にもつながる。こうした取り組みはコスト管理だけでなく、環境負荷の低減にも貢献しているという。

MAGUROの成長理由3

成長機会を広げるハイブリッド戦略

まぐろグループの成長を支えているもう一つの要素が、ブランド開発のスピードと幅広さだ。現在、同グループは10を超えるブランドを展開する。これは単なる店舗拡大ではなく、市場トレンドの変化によって特定ブランドが影響を受けても、他ブランドが補完できるようにするための戦略だ。成長機会を広げながらリスクも分散する。そうした考え方のもと、同グループは自社ブランドの育成と日本ブランドの導入を組み合わせる「ハイブリッド・エコシステム戦略」を展開している(図表2)。

例えば、「MAGURO」や「HITORI SHABU」といった自社ブランドを育成してきた一方、近年は「とんかつ檍」「極味や」「廻転鮨 銀座おのでら」など、日本ブランドとの提携を進めている。

チャクリットCEOは、「ゼロからブランドを立ち上げ、認知を獲得するには時間がかかる」と話す。そのため同グループは、自社ブランドを育てながら、同時に日本ブランドとも提携することで、変化の早い市場に対応してきた。消費者に常に選択肢と新しい話題を提供し続けることができるのも、この戦略の強みだ。

MAGUROの成長理由4

日本食の価値を再設計する力

市場の空白を見つけ、利益を生み出す仕組みを整え、成長戦略を展開する。まぐろグループの強さは、そうした経営手法だけでは説明できない。同グループの競争力の本質は、日本食の価値を「美味しい料理」や「品質の高い食事」だけでなく、日本という文化に触れる「体験」として捉えている点にある。そのため同グループは、料理の背景にあるブランドの哲学や職人のこだわり、生産者の思いも含めてタイの消費者に伝わる形を目指している。

再設計の手法①:オリジナルを尊重したローカライズ

その考え方は、日本ブランドとの向き合い方にも表れている。近年進めている日本ブランドとの提携において同グループが重視するのは、オリジナルの味や哲学、品質基準を徹底的に守りながら、タイ市場に合わせて調整することだ。具体的には、価格設定や1皿あたりのボリューム、盛り付け、スペシャルメニューの追加など。本質的な価値を損なわないよう、日本側のパートナーとは密にコミュニケーションを重ねている。タイと日本では消費者の味覚や購買行動、レストランの利用シーンも異なる。だからこそ、市場特性やマーケティング戦略を共有しながら、双方で明確な方向性を描くことが重要になるという。

また、日本ブランドとの協業は店舗展開だけが目的ではない。サプライチェーンや商品調達、日本企業の綿密な仕事の進め方などからも多くを学んできた。同CEOは、そうした知見を自社ブランドの開発や運営にも生かしていると明かす。

再設計の手法②:食材の背景まで価値に変える

同グループでは、マグロ、ハマチ、ホタテ、和牛など、多くの日本産食材を使用している(図表3)。乾物や日本米、冷凍食材なども日本のパートナー企業を通じて調達しており、こうしたパートナーとの関係についてチャクリットCEOは、「単なる買い手と売り手の関係を超えている」と話す。同グループでは、パートナーとともに養殖場や牧場、ワサビ農園など生産の現場を訪れ、食材がどのような環境で育てられ、どのような工程を経てタイへ届くのかを学んでいるという。

近年は料理のおいしさだけでなく、その背景に関心を持つ消費者も増えているという。だからこそ同グループは、単に高品質な食材を仕入れるだけではなく、その管理体制や生産者の考え方といった、食材が持つ価値を理解し、それを店舗での体験やメニューづくりにも反映させている。

同CEOは、「今後も新たなパートナーとの出会いを歓迎したい」としたうえで、「タイ市場への理解とこれまでの経験を活かし、日本の優れたブランドや高品質な食材がタイの消費者へ届くためのプラットフォームになりたい」と今後の展望を語った。

新時代に選ばれる日本食の条件とは

日本食市場が成熟した今、これからどのような日本食が選ばれていくのだろうか。チャクリットCEOは、タイにおける日本食の可能性はすべてのジャンルで成長可能性があるとの見解を示す。ただし、これからの日本食レストランには、価格の納得感や利便性だけではなく、日本食ならではの価値をどう伝えるかが求められるという。「単なる日本食風のメニューや内装だけにとどまり、文化の本質を欠く店舗は市場から淘汰されていくだろう」。

現代の消費者はタイムパフォーマンスを重視し、待ち時間や移動時間の無駄を嫌う。一方で、料理には工場生産的な品質ではなく、厳選食材やストーリー性のある「職人技」も求められる。効率性と価値体験。その両方を実現できるかどうかが、今後の競争力を左右する。

「日本」の価値をどう届けるか

最後に同CEOは、自身の原体験について明かした。「私が初めて日本食に触れたのは、10歳の頃に家族と訪れたデパートのレストランだ。当時の日本食は特別な存在だった。その後、15歳で初めて『8番らーめん』を食べ、クイッティアオ(米粉麺)とは異なる、日本食のスープや麺の奥深さと繊細さにさらに魅了された」。

同CEOはかつて自身が感じた驚きや喜びを出発点に、日本食の価値を再設計し、ブランドを導入し、食材の背景を伝え、店舗体験として形にしてきた。これらの一つ一つの取り組みは、日本食を売るだけでなく、「日本」という価値をタイ市場の中で見つめ直す作業でもある。まぐろグループの成長は、成熟するタイ市場において、日本の価値をどう見出し、どう伝えるかという問いに一つの方向性を示している。

THAIBIZ編集部
サラーウット・インタナサック / 和島美緒

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