ASEAN現地法人のAI活用(前編)〜なぜ本社主導では進まないのか

THAIBIZ No.176 2026年8月発行

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ASEAN現地法人のAI活用(前編)〜なぜ本社主導では進まないのか

公開日 2026.08.10

全社で導入した人工知能(AI)ツールの利用率が、ASEAN現地法人だけ伸びない。そんな声を、本社と現地の双方から聞く機会が増えた。生成AI活用は多くの日系企業で全社テーマとなったが、海を越えた先では止まりがちだ。こうした課題について、前編では本社主導のAI活用がASEAN現地法人で止まる構造を診断し、後編でAIを前提とした運営モデルの設計を論じたい。

本社主導のAI活用が止まる構造

2025年度日本貿易振興機構(ジェトロ)の調査によれば、在ASEAN日系企業でデジタル技術を活用している割合は52.1%と、6割を超えるオーストラリア、韓国、インドに比べて低い。注目すべきはその水準より、取り組む際の課題として「国・地域別に異なる規制対応」と並び「本社主導と現場対応の両立が困難」という声が挙がっている点である※1。これはAIに限定した話ではないが、AIは単体ツールではなく業務・データ・権限の設計に依存するため、こうした課題はAI導入でいっそう強く表れる。

参考:※1 ジェトロ「2025年度 海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」(2025年11月)

この「両立の困難」には2つの原因がある。第1に、標準化と現地適合の衝突だ。本社は統制の観点から全社標準を志向するが、現地業務は言語、商慣行、規制運用が国ごとに異なるため、標準のフォーマットに収まらない。第2に、意思決定権と現場理解の分断である。ツール選定や投資は本社が決める一方、どの業務にAIが効果を発揮するかを最も理解しているのは現地法人である。決める側が現場を知らず、知る側が決められない。こうした構造的な原因が、現場では次の3つの壁として表れる(図表1)。

壁①:ユースケースの壁

第1の壁は、本社が定義するユースケースと現地法人における業務のズレである。本社標準は社内文書検索や議事録作成など、日本本社の業務を前提にしがちだが、現地法人の競争力の源泉は販売、調達、与信、規制対応など現地固有の業務にある。典型的な例は、全社展開されたツールが日本語文書と本社の手順を前提としており、現地語の商談記録や現地特有の取り引き条件に歯が立たず、数週間後には現場が元の手作業に静かに戻ってしまうという場面だ。本社から見ると現地業務の解像度が高くなく、現地法人側には業務をAIの要件に翻訳できる人材が薄い。結果、「使えるが、刺さらない」まま、ツールの利用率だけが管理される。

壁②:データと現場知の壁

第2の壁は、AIに読ませるべき「現場知」が、渡せる形になっていないことである。汎用AIの出力は公開情報に基づく一般論になりやすい。しかし、現地法人の競争力の源泉は、現地の規制運用や取引先対応の勘所という暗黙知であり、「この代理店は伸びるが回収が遅い」「この当局は書面より事前相談を重視する」といった、企業資源計画(ERP)にも顧客関係管理(CRM)ソフトにも記録されない判断にある。

長年調達を仕切った駐在員の帰任を思い浮かべてほしい。サプライヤーごとの与信の見方や交渉の勘所は、口伝や現場指導(OJT)である程度は後任に引き継がれる。だが、それらは体系化されず、どこまで伝わるかは属人的で、AIに渡せる構造化データとしては残らない。自社固有のデータと判断基準を組み込めて初めて、AIは「業務で使える」出力を返してくれる。同じ汎用ツールは競合も使える以上、導入だけでは差別化にならない。

壁③:役割・ガバナンスの壁

第3の壁は、AIを誰が設計し、改善し続けるのかという役割分担が曖昧なことである。これが実は、最も見過ごされやすい。AI活用の本質はツール導入ではなく、業務・役割・意思決定の再設計である。だが本社主導の取り組みは、ツール配布とルール整備で止まりがちだ。より深刻なのは、汎用ツールの先にある専用システム、すなわち与信審査や異常検知のような業務の判断ロジックを組み込んで構築する際で、「外部に任せる領域」と「自社で持つ中核」の切り分けを設計しないまま進めることだ。構築を外部ベンダーに一括委託した結果、判定根拠を現地法人の誰も説明できず、現場がツールを信用せず使わなくなり、形骸化してしまう。

基盤モデルや実装は外部活用でよい。しかし現地の独自データ、判断基準、改善のループまで委ねれば仕組みはブラックボックス化し、現地法人に知見が蓄積されない。「導入したが使いこなせない」というIT導入の失敗を、AIで再現することになる。

AI活用の第一歩は、 業務の仕分けから

これらの3つの壁を乗り越える起点になるのは、ツール選定ではなく現地法人の業務の棚卸しである。図表2は、業務を「定型度」と「自社の現場知への依存度」の二軸で仕分けたマップだ。多くの現地法人の着手点は、翻訳や議事録など汎用ツールをそのまま使うだけでよい定型領域にとどまる。一方、効果が最も大きいのは、販売代理店の与信管理や需要予測など、定型的でありながら現場知に依存する判断領域である。これがデータと現場知を組み込んで初めてAIが機能する「本丸」と言える。自社のAI適用余地を診断するうえで、この象限が空白であれば、壁②③が未解消のシグナルである。

おわりに

3つの壁に共通するのは、技術の不足ではなく「設計の不在」である。読者にはまず、自社の現地法人業務をこのマップに置いてみることを勧めたい。仕分けの過程で、本社と現地法人の認識のズレが浮き彫りになるはずだ。後編では、AIを前提とした現地法人の運営モデルをどう組むかを論じる。鍵は、現地法人の判断の型が「誰の手にあるのか」を見極めることにある。

>>本連載「Roland Berger ASEAN経営戦略」の記事一覧はこちら

Roland Berger Co., Ltd.
Principal Head of Asia Japan Desk

下村 健一 氏

一橋大学卒業後、米国系コンサルティングファーム等を経て、現職。プリンシパル兼アジアジャパンデスク統括責任者として、アジア全域で消費財、小売・流通、自動車、商社、PEファンド等を中心にグローバル戦略、ポートフォリオ戦略、M&A、デジタライゼーション、事業再生等、幅広いテーマでのクライアント支援に従事している。
kenichi.shimomura@rolandberger.com

Roland Berger Co., Ltd.
Senior Project Manager, Asia Japan Desk

橋本 修平 氏

京都大学大学院工学研究科卒業後、ITベンチャーを経て、ローランド・ベルガーに参画。その後、米系コンサルティングファームを経て復職。自動車・モビリティ、消費財・小売を中心とする幅広いクライアントにおいて、グローバル戦略、新規事業、アライアンス、DX等の戦略立案・実行に関するプロジェクト経験を多数有する。

Roland Berger Co., Ltd.

ローランド・ベルガーは戦略コンサルティング・ファームの中で唯一の欧州出自。
□ 自動車、消費財、小売等の業界に強み
□ 日系企業支援を専門とする「ジャパンデスク」も有
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Website : https://www.rolandberger.com/

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